『VORTEX ヴォルテックス』 これまでとは違うギャスパー・ノエ

外国映画

『アレックス』『CLIMAX クライマックス』などのギャスパー・ノエの最新作。

主演は『サスペリア』などの監督として知られるダリオ・アルジェント。もうひとりの主演は『ママと娼婦』などのフランソワーズ・ルブラン

タイトルの「VORTEX」とは、「渦巻き」のこと。

物語

映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子は2人を心配しながらも、家を訪れ金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期の時が近づいていた…。

(公式サイトより抜粋)

意外なギャスパー・ノエ

暴力やドラッグなどをどぎつい映像でセンセーショナルに描いてきたギャスパー・ノエ。ところが本作はちょっと様子が異なるようだ。ギャスパー・ノエは2019年に脳出血で倒れ、生死を彷徨った末に生還したらしい。そうした経験がギャスパー・ノエの意識を変えたのか、本作は至極真っ当に「老い」と「死」に向き合った作品なっている。

特徴的なのがスプリット画面だ。『ルクス・エテルナ 永遠の光』などでもこの手法を使っていたけれど、『VORTEX ヴォルテックス』ではほとんど全編に渡ってスプリット画面で進んでいくことになる。『ルクス・エテルナ』の時は、同時進行で展開する二画面でそれぞれの話が進むことになり、それを追うことはかなり難しかったのだが、本作ではうまくそれをコントロールしている。

冒頭あたりでは画面はひとつのままだ。そのシーンでは夫と妻が同じベッドで寝ていたはずが、いつの間にかにスプリット画面に変わっていて、それぞれが別室で寝ていることが明らかになる。スプリット画面によって、二人の間に「溝」ができたことが示されるわけだ。その要因は妻の認知症ということになる。その病は二人のそれまでの関係を変えることになる。

それ以降は、ひとつの画面では映画評論家である夫(ダリオ・アルジェント)の姿が追われ、もうひとつの画面では元精神科医であり今では認知症を患っている妻(フランソワーズ・ルブラン)の姿が追われる。

両方同時に話が展開してしまうと混乱するので、本作ではたとえば妻の側が突如街を徘徊するような場面では、夫の側はしばし執筆に熱中したりしてあまり動きがない状態になっている。逆に夫が電話で誰かと話をしたりする場面では、妻の側は買ってもらった花を愛でていたりして大人しく過ごすことになる。両方の画面をうまくコントロールし、両方の画面を合わせて物語が展開する形になっているのだ。

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS
– GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS –
SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

地獄巡りの要因は?

描かれるのは老いた夫婦の日常だ。だからいつもの煌びやかで、光が瞬くような映像もなく、ドキュメンタリータッチで展開する(ところどころでなぜか映像が途切れる瞬間があるけれど)。

夫の側は「映画と夢」についての文章を執筆していたりもするけれど、妻の側は認知症もあって部屋の中をうろつきまわったりもする。妻はコーヒーを火にかけたままにしてしまったり、夫としては何かと目を離せない部分もある。

そういうことが重なって息子(アレックス・ルッツ)も心配することになるのだが、息子が来ると妻のおかしな部分も余計に明らかになったりもする。夫には言えないことでも、息子には言えるらしいのだ。そして、妻は夫のことがわからずに「あの人」呼ばわりすることになるし、自宅にいるにも関わらず「家に帰りたい」などと訴えることになる。

ギャスパー・ノエの作品ではいつも“地獄巡り”のような場面が出てくるわけだが、本作では酒やドラッグなんかの酩酊状態ではなくともそんな地獄が露わになることになる。それはもちろん認知症が要因となっている。

妻は今までは理性で抑えていたことができなくなり、孫の立てる音に突然泣き出してみたり、夫の書いた大事な原稿をわざわざトイレに流してしまったりとトラブルを引き起こすことになる。これは彼女と長年連れ添ってきた夫にとっては地獄だろう。二人が暮らす普通のアパルトマンが“地獄巡り”の現場となってしまうというわけだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

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スプリット画面の理由

ところがこんな状態では先が思いやられると思っていた矢先に、夫のほうが先立つことになってしまう。『VORTEX ヴォルテックス』はスプリット画面で二人の視点から物語が紡がれてきたわけだが、夫が亡くなってしまうと夫の視点は消えてしまうことになり、ラスト近くではスプリット画面の右側には何も映し出されない状態になってしまう。ここが本作の奇抜なところで、左側半分だけの画面で妻側の話が続いていくことになる。

スプリット画面になって二人の間には「溝」ができたと書いたけれど、それでもスプリット画面は隣り合っていて、時に二人はその枠組みを越えてつながることもあった。「溝」を描きつつも、それを乗り越える「つながり」も意識させているのだ。

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二人が一緒にアパルトマンに健在の時には、それぞれが好き勝手に自分の部屋で過ごしていたりもしたけれど、どこかで互いの存在を感じていたはずだ。部屋を出てキッチンやリビングに行けば、連れ合いはそこにいることになるし、音などで互いの存在を確認していたはずだからだ。

ところが夫が亡くなってしまうと、スプリット画面の右側半分には暗闇が映し出されるだけだ。妻がここで感じているものは誰にでも明らかだろう。夫がいないということがその暗闇に示されているというわけだ。ギャスパー・ノエには『エンター・ザ・ボイド』という作品があったけれど、その暗闇はまさにボイド(空虚)ということなのだろう。空虚を描くためのスプリット画面だったというわけだ。

アイディアといい、題材といい、本作はとても真っ当な作品になっていて、センセーショナルな部分ばかりが目立っていたギャスパー・ノエだけに意外でもあった。ただ、正直に言えば、老夫婦の日常場面が長くて退屈な部分もある(上映時間は2時間半もある)。自分も意識が何度か飛びかけたのだけれど、ほかの席からは鼾が響いていたりもしたので、体調万全で望んだほうがよさそうだ。

とはいえ、映画評論家の夫は、「映画と夢」について語っていて、映画館の暗闇は夢を見るのに適しているなどとも言っていたわけで、そんな映画の見方もアリということなのかもしれない。ちなみに本作では冒頭で「人生は、夢の中の夢だ」と語らせているのにも関わらず、描かれていることはすべて現実以外の何物でもなかったのもおもしろい。

主演のダリオ・アルジェントはもう80歳を越えているということだけれど、まだまだ元気そうだった。最新監督作の『ダークグラス』はお世辞にもいい出来とは言えない感じで残念だったけれど、もしかしたら次の作品だってあり得るのかもしれないとも思えた。

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