『アイアンクロー』 シェルターであり足枷であるもの

外国映画

“鉄の爪=アイアンクロー”という技でプロレス界で一時代を築いたフリッツ・フォン・エリック。本作はそんな実在したプロレスラーの息子たちの物語ということになる。

監督・脚本は『マーサー、あるいはマーシー・メイ』などのショーン・ダーキン

主演は『テッド・バンディ』などのザック・エフロン

物語

1980年初頭、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック家。父フリッツ(ホルト・マッキャラニー)は元AWA世界ヘビー級王者。そんな父親に育てられた息子の次男ケビン(ザック・エフロン)、三男デビッド(ハリス・ディキンソン)、四男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、五男マイク(スタンリー・シモンズ)ら兄弟は、父の教えに従いレスラーとしてデビュー、“プロレス界の頂点”を目指す。しかし、デビッドが日本でのプロレスツアー中に急死する。さらにフォン・エリック家はここから悲劇に見舞われる。すでに幼い頃に長男ジャックJr.を亡くしており、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになったその真実と、ケビンの数奇な運命とは――

(公式サイトより抜粋)

事実は小説より奇なり?

タイトルとなっている“アイアンクロー”はプロレスの技の名前だ。技のかけ方はシンプルで、顔面をわしづかみにして握力で締め上げるというもの。この技の使い手がフリッツ・フォン・エリックというプロレスラーで、この人は日本でもジャイアント馬場なんかと戦いを繰り広げたスターレスラーということになる。さすがにその時代のことは知らないけれど、マンガの『プロレススーパースター列伝』でその技のインパクトを知った気がする。

『プロレススーパースター列伝』はかなり脚色されているのだろうけど、フリッツ・フォン・エリックが試合中にアイアンクローを繰り出すと、相手が頭から血を噴き出してぶっ倒れるという描写が記憶に残っている。調べてみると、これはフリッツ・フォン・エリックが間違ってレフェリーに対してアイアンクローを仕掛けてしまったという場面だったようだが、子供心にはなかなか強烈な印象だったのだ。

『アイアンクロー』の主人公は、そんなフリッツ・フォン・エリックの息子たちということになる。彼らはアメリカでは「呪われた一家」と呼ばれて有名な一家だったようだ。私はこの悲劇に関しては知らなかったのだが、あまりの悲劇の連続にフィクションだとすれば「リアリティに欠ける」と言われそうなほどなのだが、これでも実際に起こったことよりはマイルドになっているというのだから余計に驚きだ(実際には六男もいて、彼も若くして自殺してしまったらしい)。「事実は小説より奇なり」というヤツだろう。

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世間知らずな男たち

筋骨隆々でスポーツ万能な息子たち。長男は幼い頃に亡くなったため、一番年長なのは次男のケビン(ザック・エフロン)で、彼はいつも素足で闘うスタイルだ。三男のデビッド(ハリス・ディキンソン)は長身で、マイクパフォーマンスがうまく、観客を沸かせることに長けている。この二人は父親の跡を継いでプロレスラーとして活躍している。

四男のケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)はオリンピック選手に選ばれていたものの、アメリカのモスクワ五輪へのボイコットがきっかけとなりプロレスラーとなる。そして、変わり種の五男マイク(スタンリー・シモンズ)は音楽活動をしていたものの、彼も父親の想いを汲んでプロレスラーとなる。

四人の息子と父親フリッツ(ホルト・マッキャラニー)がアメフトに興じながら過ごす場面なんかを見ていると、この一家はどう見ても「勝ち組」だと思わせるものがある。軽快な音楽(トム・ペティだったような気がする)に合わせたそんな一家の姿は、どこかで理想的な父と息子たちの姿とも思え、たとえば『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』のように、スクールカーストで言えばその頂点にいる若者たちの姿に見えなくもないのだ。

ただ、物語が進むうちにわかってくるのは、フォン・エリック家の息子たちは父親フリッツの強い影響下にある世間知らずな男たちだということだ。ケビンは後に結婚することになるパム(リリー・ジェームズ)と知り合うことになるものの、女の子への声のかけ方すら知らない奥手な若者であることがわかってくる。彼らは父親フリッツの願いを実現するために、自分たちの牧場の中でレスラーになるために純粋培養されて育ってきたような男たちなのだ。

父親フリッツは自分には叶わなかった夢を息子たちに託すことになる。そのために彼らは強い男になることを要求される。兄弟間でも父親による期待度のランキングがあり、それが常に更新されていくことになり、さらなる競争を煽っていくことになる。親が子供に期待をかけることは当たり前のことではあるけれど、それが過剰なものになると呪いのように作用することになる。その結果が息子たちを襲う悲劇につながっていくのだ。

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シェルターであり足枷

本作は実在するプロレスラー一家の悲劇を描いた作品であり、実話に基づいている。とは言うものの、本作は監督・脚本のショーン・ダーキンの解釈に基づくものでもあり、ショーン・ダーキンが過去の作品でテーマにしてきたことと同じことを描いているとも言える。

ショーン・ダーキンは『マーサ、あるいはマーシー・メイ』でデビューし、2020年には『不都合な理想の夫婦』という作品を撮っている。そして、『アイアンクロー』は監督作品としては第3作ということになる。

これらの作品には強い権力を持つ支配者が登場し、周囲を振り回すことになる。『マーサ』の場合はカルト教団の教祖がそれであり、『不都合な』の場合は父親がそうだろう。ここでは教団や家族というものは、その成員を守るためのシェルターであると同時に、その成員を苦しめる足かせにもなっている。

『アイアンクロー』もそれは同様だ。冒頭あたりでケビンは、父親フリッツはプロレスの力で息子たちを守ろうとし、母親(モーラ・ティアニー)は信仰の力で息子たちを守ろうとしたと語る。ケビンにとっての願いは家族と一緒にいることだ。ケビンは年長者でありながらも弟たちにプロレスの成績では先を越されたりしながらも、常に弟たちのことを大事に思っており、彼にとって家族はすべてなのだ。

ところが同時に家族は足枷にもなっている。なぜ足枷になるのかと言えば、父親の願いが呪いのようになっているからということになる。父親はプロレス界でそれなりの成功を収めたものの、それだけでは満足できなかった。そして、世界一の強い家族になることを望んだのだ。

『不都合な』の父親はアメリカで成功を勝ち取り家族を養っていたにも関わらず、「それだけじゃ足りない」と言い出してイギリスに移住し家族を路頭に迷わせることになる。『マーサ』の主人公も、世間一般の幸せには満足できずに、そうしたものとは別の価値観を求めてカルト教団にのめり込むことになっていった。

不都合な理想の夫婦(字幕版)
1986年。NYで貿易商を営む英国人のローリー(ジュード・ロウ)は、米国人の妻アリソン(キャリー・クーン)と、息子と娘の四人で幸せに暮らしていた。ところが大金を稼ぐ夢を追って、好景気に沸くロンドンへの移住を妻に提案する。それはまるで、アメリ...

本作の呪いの元凶となっているフリッツは、ごく普通の家族では満足できなかったのだろう。男とはこうあるべき、男は涙を見せるものではないといった偏った考えを息子たちに押し付けることによって、「世界一強い家族」を目指すことになる。そうした価値観に染まり、それを否定してくれるような人もいなかった息子たちはその縛りの中で死んでいくことになり、唯一、パムという真っ当な助言者を持っていたケビンだけが父親の足枷から逃れることができたのだ。

息子たちはプロレスラーとして様々な敵と闘うことになったけれど、本当に闘うべき相手は家族の内部にいたということなのだろう。それでいて家族は彼らにとってはすべてだったわけで、だからこそ父親のことを誰も否定することができなかったということになる。

ラストで不器用なケビンが息子たちの前で涙を見せる場面は泣かせるものがあった。父親の呪縛から解き放たれた瞬間だったからだろう。

ケビンを演じたザック・エフロンはその肉体の作り込み具合はとんでもないものがあった。実際のレスラー以上にはち切れんばかりの筋肉なのだ。しかしながらそんな肉体もさることながら、無骨ながらもケビンの繊細な感情を表現していたところが良かったと思う。

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