原作・脚本はペヤンヌマキ。舞台「お母さんが一緒」は岸田國士戯曲賞最終候補に選出されるほど評価されたらしい。映画監督としてドキュメンタリー『映画 〇月〇日、区長になる女。』という作品もあるとのこと。
監督・脚色は『恋人たち』などの橋口亮輔。
主演は『戦争と一人の女』などの江口のりこと、『ぐるりのこと。』などの内田慈と、『言えない秘密』などの古川琴音の3人。
物語
親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。長女・弥生(江口のりこ)は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、次女・愛美(内田慈)は優等生の長女と比べられてきたせいで自分の能力を発揮できなかったと心の底で恨んでいる。そんな二人を冷めた目で観察する三女・清美(古川琴音)。三姉妹に共通しているのは、「母親みたいな人生を送りたくない」ということ。
母親の誕生日をお祝いしようと、三姉妹は夕食の席で花やケーキを準備していた。母親へのプレゼントとして長女の弥生は高価なストールを、次女の愛美は得意の歌を用意し、三女・清美は姉たちにも内緒にしていた彼氏・タカヒロ(青山フォール勝ち)との結婚をサプライズで発表すべくタカヒロ本人を紹介するつもりだったが――。
(公式サイトより抜粋)
橋口亮輔の9年ぶりの長編
ずっと自分の脚本で映画を撮ってきた橋口亮輔監督にとって、『お母さんが一緒』という作品は自分で脚本を書いていない初めての長編ということだろう。本作はもともとは松竹系のCSチャンネル「ホームドラマチャンネル」のオリジナルドラマとして製作されたものらしい。とはいえ、「同時に映画版も」という話もあったようで、ドラマ版は全5話とアナザーストーリーという形だったらしいけれど、それを違う形で編集したものが映画版の『お母さんが一緒』ということになる。
原作の舞台を書いたペヤンヌマキという人のことはまったく知らないけれど、実体験に基づいた脚本なのかもしれない。三姉妹のやり取りはかなり誇張されているところはあるけれど、遠慮のない感じはリアルなものに思えたからだ。身近な話をすれば、うちの母親は三姉妹の真ん中で、女同士の関係を傍から見ていると、女ばかりだからこその遠慮のなさみたいなものがあるような気がするのだ。
ちなみに本作ではタイトルにもあるお母さんの姿は一度も登場しない。それでもお母さんがどんな人物なのかは何となくわかることになる。というのは、長女の弥生(江口のりこ)は妹二人からすると、お母さんそっくりということになるからだ。
その弥生はどんな女性なのかと言えば、登場した時から愚痴ばかりだ。お母さんの話題で最初に出てくるのもそれで、朝からネガティブ発言ばかりだったらしい。お母さんが劇中に登場しないのは、三姉妹もずっとお母さんと一緒なのはキツいので、泊まりに来た温泉宿にお母さんとは別の部屋を用意しているからだ。三姉妹はお母さんからの退避場所である、別部屋で喧々諤々やり合うことになるのだ。

©2024 松竹ブロードキャスティング
母と娘たちの複雑な関係性
長い時間一緒にいるのは無理だけれど、かといって無視もできないというのがこの三姉妹の家族ということになる。お母さんは愚痴ばかりでうんざりするけれど、それでも喜んでもらいたい気持ちもあるから複雑だ。
「母親みたいな人生を送りたくない」というのが三姉妹の総意なのだけれど、それと同時に男性と一度も付き合ったこともないままお見合いで結婚したお母さんの「女としての人生というのは一体?」という気持ちにもなるのだ。だからこそせめて温泉旅行のプレゼントで喜んでもらいたいというわけだ。
弥生は三姉妹の中で自分だけが一重まぶたなのをコンプレックスにしている。そして、そのことは次女で幼い頃から可愛いと評判だった愛美(内田慈)に対する攻撃につながっていく。弥生の愚痴の矛先は愛美に向かうのだ(三女の清美はどちらからも可愛がられている)。
この旅行でも、それを企画した愛美の温泉宿の選び方など、何かにつけて弥生は愛美を攻撃したくなるらしい。それというのも愛美に対する嫉妬がそうさせているのだ。それに対する愛美としては、優等生の弥生に敵わなかったという恨みもあり、姉の攻撃に応酬していくことになりケンカに発展することに。
妹二人としては、お母さんと一緒なのも疲れるけれど、長女の弥生と一緒なのもまた疲れるということになる。弥生が部屋から姿を消すと、妹二人の間には穏やかな空気が流れる。急にトゲトゲしさが消えたことを、本作はわざとらしいソフトフォーカスで示すことになるのだ。

©2024 松竹ブロードキャスティング
言ってはいけないこと
「親しき仲にも礼儀あり」と言うし、家族の間でも言ってはいけないこともある。ところがお母さんはそうした礼儀に欠けているのか、「言ってはいけないこと」や「言わなくてもいいこと」を言ってしまい、周囲を唖然とさせるようだ。この温泉旅行の時も、弥生が用意していたせっかくのサプライズプレゼントに対し、お母さんは言わなくてもいいことを言い、それに弥生がキレることになり、お誕生日会は台無しになってしまう。
それでもお母さんがいないところでは、弥生が愛美に対してそんな発言を連発しているわけで、やはり弥生とお母さんはそっくりということになる。二人の姉のケンカを呆れた表情でやり過ごしていた清美(古川琴音)は、なかなか結婚できない姉たちを反面教師にしたのか、その温泉旅行で彼氏のタカヒロ(青山フォール勝ち)との結婚をサプライズとして発表するつもりが、それもぶち壊しになってしまう。
おもしろいのは二人の姉とは違うと澄ましていた感もある清美が、タカヒロとのやり取りの中で絶対に言ってはいけないことを言ってしまうところ。これには二人の姉も唖然とし、「血は争えない」ということを再確認した出来事になってしまうのだ。
お気に入りの古川琴音が色々な表情を見せてくれるという点で、本作は見どころのある作品になっていたと思う。ちょっと前の『言えない秘密』はラブストーリーということもあり、キレイなキャラに留まっていて今ひとつだった気もしたので、余計に本作は楽しめた。姉たちを差し置いて結婚しようというところまではよかったものの、色々とやり合っていくうちに隠していた本音が出てしまったようで悪態が漏れ、終いには「いい加減にしろよ」と絶叫してしまうあたりがおもしろかったのだ。ほかにも江口のりこは最初から鼻の上にわけのわからない白いものをつけていて笑わせてくれるし、内田慈は件のお母さんも泣き出すとされる歌ウマぶりを披露して楽しませてくれる。

©2024 松竹ブロードキャスティング
何度でもやり直せばいい
ほとんど唯一の男性キャラが清美の彼氏であるタカヒロだ。タカヒロを演じたのがお笑いトリオ・ネルソンズの青山フォール勝ちなのだが、彼を抜擢したのが橋口監督だったらしい。このキャラがとてもいい味を出している。彼が役に成り切っているというよりは、青山フォール勝ちという人自身がいい人で、それが役にもにじみ出ているということなのだろう。
このキャラには重要な役割があり、橋口監督が原作の舞台にはなかったオリジナルとして付け加えた長台詞を披露することになるのだ。タカヒロが清美の隣に立って自分のお母さんとのエピソードを披露する場面は、どこかそのスタイルが漫才めいてもいたけれど感動的なものになっている。橋口監督はこの長台詞で前作の『恋人たち』を意識していたようでもあり、どこか『恋人たち』のテーマとのつながりを感じさせる部分があったと思う。
タカヒロというのは天然キャラで、三姉妹の殺伐とした雰囲気を気にもせず、その中に入り込んで平然としている。清美が彼のことを気に入ったのは、タカヒロに人のいいところがあるからだろう。自分たちの家族とは異なるものを持っているタカヒロは、彼女にとって癒しになっているのだ。
そんなタカヒロは清美から自分を否定するような暴言を吐かれたわけだけれど、次の日にはケロっとしている。そんな言葉は聞いてなかったというフリをして清美の前に現れることになるのだ。同じように、あれだけ喧々諤々やり合った三姉妹も、次の日の朝にはいつの間にかに温泉に入って何もなかったような具合になっている。
多分、家族というものはそんなものなのだろう。本作では部屋の飾り付けと思しき折り鶴が出てきたけれど、それは途中で踏み付けられて潰されてしまうことになる。それでも愛美はロビーから折り紙をもらってきて、それを改めて作り直すことになる。家族というものも何度でもやり直せばいいのだろうし、家族ならそれが可能ということなのだろう。
とにかく終始女同士のケンカばかりという映画で、傍から見ていると面倒臭いし、正直言えばかなりうるさい。温泉宿であんなに大騒ぎしている客がいたとしたら、クレームものだろう。タカヒロ曰く、夜に考えたことにはロクなことがなくて、大事なことは朝に考えるべきだという。夜のすったもんだは酷いものだったけれど、露天風呂に差し込んでくる朝の光はとても清々しいものがあって、温泉に浸かる三姉妹の穏やかな表情はみんなとても美しいものに見えたし、古川琴音のつるっとしたおでこが可愛かった。
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