監督は『サイドウェイ』などのアレクサンダー・ペイン。
主演は『サイドウェイ』でも主演を務めていたポール・ジアマッティ。
アカデミー賞では作品賞、脚本賞、主演男優賞など5部門でノミネートされ、助演女優賞(ダバイン・ジョイ・ランドルフ)を獲得した。
原題は「The Holdovers」で、「残留者」といった意味。
物語
1970年冬、ボストン近郊にある全寮制のバートン校。
クリスマス休暇で生徒と教師のほぼ大半が家族と過ごすなか、生真面目で融通が利かず、生徒からも教師仲間からも嫌われている考古学の教師ハナム(ポール・ジアマッティ)は、家に帰れない生徒たちの“子守役”を任命される。
学校に残ったのは、勉強はできるが家族関係が複雑なアンガス・タリー(ドミニク・セッサ)。
食事を用意してくれるのは寮の料理長メアリー・ラム(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)。メアリーは一人息子のカーティスをベトナムで亡くしたばかり。息子と最後に過ごした学校で年を越そうとしている。
(公式サイトより抜粋)
置いてきぼりの3人組
背景となっているのはクリスマス休暇だ。アメリカにおけるクリスマスの意味合いをよく知るわけではないけれど、クリスマスというのは家族みんなで過ごすものということになっているらしい。「クリスマスというのはこうあるべき」というプレッシャーは、キリスト教の影響がアメリカほどではない日本にだってあるけれど、アメリカならば尚更だろう。本作の主人公の3人は、そうしたあるべき姿のクリスマスから“置いてきぼり”になっているということになる。
舞台となっているのは全寮制の学校だ。生徒のほとんどが家に帰り、家族でクリスマス休暇を過ごす中、ごく一部帰れない生徒たちがいる。そのお守役を仰せつかったのが教師のハナム(ポール・ジアマッティ)だ。彼は斜視だからか、ちょっと捻くれているようにも見える。歯に衣着せぬ発言の連発で生徒はもちろんのこと、先生たちからも嫌われており、その罰としてお守役を甘んじて受けることになったのだ。
最初は置いてきぼりの生徒たちも何人かいたのだが、一人の親が不幸な生徒たちをバカンスに連れて行ってくれることになり、ただ一人を除いて生徒たちは居なくなってしまう。その唯一の例外がアンガス(ドミニク・セッサ)だ。アンガスは母親との関係がうまく行っておらず、電話にも出てもらえず、親の許可を取れなかった関係で、学校に残るほかなくなってしまったのだ。
3人組の最後のひとりが寮の料理長のメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)だ。彼女は息子をベトナム戦争で亡くしたばかり。家に帰っても寂しいばかりということで、生徒の世話役を買って出たということになる。『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、そんな3人のクリスマス休暇の話ということになる。
世界はつらく複雑
登場人物はいい人ばかりとは言えない。ハナムは嫌われ者だし、アンガスも神経質で危なっかしい。こんな顔ぶれでは先が思いやられるといった印象で、確かに最初はトラブル続きだ。それでもそれなりに長いクリスマス休暇を過ごすうちに関係性は変わっていく。本作は、最初のハナムの偏屈さからは想像もつかないような、人の優しさというものを感じさせるいい話になっているのだ。
そもそもハナムが嫌っているのは、いわゆるエスタブリッシュメントと言われるような人たちなのだろう。権威には盾突こうとするけれど、その一方で息子を亡くして失意のどん底にある料理長のメアリーにはとても優しいのだ(ベトナム戦争で亡くなっていくのが貧しい若者ばかりであることに苛ついてもいる)。そして、生徒たちは富裕層のバカ息子がほとんどということで、だからハナムは生徒たちをも嫌っている。そんなわけでハナムは学校の多くの人から嫌われることになる。
そんなハナムがアンガスに対して少しずつ優しくなるのは、メアリーに諭されたということもあるだろうし、アンガスが親からも見放されたようなつらい立場にあるという秘密を知ることになったからだろう。それに対してハナムも自分の秘密を打ち明けることになるのだ。
ハナムが今の位置に居られるのは、前学長が彼のことを理解し認めてくれたからだ。そういう理解者がいたからこそ、ハナムは学校という場所に引きこもるような形で生きてこられたということになる。ハナムが言うように「世界はつらく複雑だ」。彼は斜視な上に、トリメチルアミン尿症という病気もありちょっと臭いらしい。
そんな彼の背景が先の言葉を吐かせるわけだ。そして、そんなつらい人生を知っているからこそ、ハナムは同じようなつらさを抱えている人には優しくなれるということだろう。
70年代へのオマージュ
本作の冒頭に登場するユニバーサルのロゴからして古臭いままになっている。さらに意図的にフィルムで上映したかのようなノイズを被せてもいる。本作の舞台となっているのは1970年代で、その時代をノスタルジックに描いていくのだ。これは70年代のアメリカン・ニューシネマへのオマージュということであり、とりわけハル・アシュビー作品にインスパイアされているらしい。映画評論家の森直人などが指摘しているけれど、アレクサンダー・ペイン監督はハル・アシュビー作品がお気に入りらしいのだ。
特に本作は『さらば冬のかもめ』に大いにインスパイアされているようだ。『冬のかもめ』で主人公を演じるのはジャック・ニコルソンだが、その主人公と彼が世話を焼く羽目になる若者の関係は、本作のハナムとアンガスの関係とよく似ているのだ。
私は『ホールドオーバーズ』を鑑賞後に『冬のかもめ』を観たのだが、『冬のかもめ』を引用しているように思えるところがいくつもあった。本作のラストでハナムは学長からくすねたらしき高級ウイスキーを口に含みつつも吐き出してしまうのだが、同じことを『冬のかもめ』のジャック・ニコルソンもやっていた。それからどちらにもアイススケートに興じる若者を主人公が温かく見守る場面がある。
ハナムが言うように古臭いのは悪いことではない。歴史は過去を学ぶことだが、それはわれわれのなすこと全てが過去にあったことの繰り返しであり、だからこそ歴史を学ぶことは今を生きることにも役に立つ。それと同じように、「古い作品を知ることは悪いことではない」とアレクサンダー・ペインは言いたかったのかもしれない。
もちろん本作は『冬のかもめ』とそっくり同じではない。『冬のかもめ』では主人公は若者に同情し揺れ動くことになるが、最終的には元の生活に戻っていくのに対し、『ホールドオーバーズ』の場合は最終的にハナムはアンガスに対する同情のほうに傾くことになるからだ。そんな優しさが本作を感動的なものにしていたんじゃないだろうか。ただ、それも抑制が効いていて、過度に泣かせようとするわけではないのがうまいところ。
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