『最初で最後のキス』 迷わず行けよ、行けば分かるさ?

外国映画

『はじまりはつ星ホテルから』『ミラノ、愛に生きる』の脚本家だったイヴァン・コトロネーオの監督作品。

日本では2018年の6月に劇場公開された作品。

原題は「Un bacio」で、英語タイトルは「One Kiss」。

物語

ロレンツォ(リマウ・リッツベルガー・グリッロ)は、都会のトリノからイタリア北部ウーディネという田舎の高校へと転校してくる。孤児であるロレンツォは施設から里親へ引き取られることになったのだ。派手な服装で初日から目立ってしまい、「オカマ野郎」などと愚弄されるロレンツォだが、そんなことを特段気にすることもない。

ロレンツォは彼と同様にクラスで浮いていて「ヤリマン」という蔑称で呼ばれたりしているブルー(ヴァレンティーナ・ロマーニ)と、無口だからか「トロい」と噂されているアントニオ(レオナルド・パッツァーリ)と親しくなるのだが……。

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輝かしい青春

主人公たち三人はどちらかと言えば学校では「はぐれ者」の部類になるのかもしれないが、鬱屈した暗い青春を送っているわけではない。ロレンツォはゲイであることを隠そうという意識はなく、マニキュアをして登校して先生から問題視されたりもする。本作でテーマソングのように使用されているレディー・ガガの「Born This Way」の歌詞のように、ありのままの自分を肯定するロレンツォは将来はスターを夢見ている。

ロレンツォを演じるリマウ・リッツベルガー・グリッロは、インドネシア人の父とオーストリア人の母との間に生まれたとのことで、そのエキゾチックな雰囲気はスター性があると思う。それもあって、みんなの憧れの存在となることを妄想し、クラスメートの前でノリノリで踊りまくるロレンツォというキャラも違和感なく受け入れることができた。

そんなロレンツォが最初に仲良くなるのはブルーだが、ロレンツォは無口なアントニオのことが好きになり、はぐれ者同士の三人組が誕生する。アントニオはもともとブルーのことが気になっていたから、この三人は微妙なバランスで成立していたわけだが、三人が一緒にいる時はまさに輝かしい青春の一コマといった印象で、ミュージカル仕立てになっているシークエンスもあって、そんな楽しい時が永遠に続くんじゃないかと錯覚させるものがあったと思う。

※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!!

(C)2016 Indigo Film – Titanus

衝撃的な結末?

それでも青春が永遠に続くこともないわけで、あることをきっかけに三人の関係は壊れていくのだが、本作のラストはあまりにも予想していたものとは違っていたのでちょっと呆気にとられた。

そもそも本作を観たのは、たまたま某動画サイトのなかで新作として紹介されていたから(日本での劇場公開は2018年だが)。物語に関しては何も知らず、LGBTを扱う作品ということすら知らずに観たわけだが、本作のチラシにあるような「ビタースイート」という形容では甘すぎると感じるほど苦々しい結末だった。

きっかけはロレンツォがあまりに性急すぎるアプローチでアントニオに迫ったことと言えるかもしれない(ロレンツォは自分を積極的に肯定する分、やや自信過剰な側面がある)。異性愛者のアントニオはブルーのことが好きなわけで、それに戸惑うことになったのは当然かもしれない。しかし、その戸惑いが何かしらの嫌悪感へと結びつくのには飛躍があるように思えるわけだが、最終的にはアントニオがロレンツォを射殺するという痛ましい結末を迎えることになる。

この結末はホモフォビアを強調しようとして意図的に選択されたものだろうかと勝手に推測していたのだが、実は本作『最初で最後のキス』は実話をもとにした作品なのだとか。モデルとなった現実の事件があり、それは「ラリー・キング殺人事件」というアメリカで起ったものだ。本作で描かれたように、15歳のゲイの少年に告白された同級生が、そのゲイの少年を銃で撃ち殺してしまったというのが事件の概要らしい。

(C)2016 Indigo Film – Titanus

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若さゆえに

「ラリー・キング殺人事件」の詳細は不明だが、ヘイトクライム的な要素があったとされているようだ。しかし、その事件をモデルとした『最初で最後のキス』に関して言えば、その点はあまり強調されていないように思えた。

ロレンツォやブルーはクラスメートから悪口を言われても平気で居られるところがあるし、かえって周囲を挑発して敵を作るところすらある。一方でアントニオはそういうことは避けようしているし、周囲の目を気にしているところがある。

そんなアントニオがロレンツォから人目も憚らずに告白されたりすることで、アントニオ自身も揶揄の対象となることを恐れていたことは確かだろう。ただ、それがいきなり極端な結論に結びついてしまったのは若さゆえだろうか。

(C)2016 Indigo Film – Titanus

本作は、ブルーが「大人になった自分」に対して語りかけるところから始まっている。そして、最後には「違う結末もあったかもしれない」と振り返ることになるわけだが、確かに彼らはまだ若く、物事を知らず、度々間違えたことを仕出かす。アントニオはロレンツォを突き放すのではなくてうまく受け流すことだってできたはずだし、ロレンツォももっと慎重に行動すべきだったのかもしれない。

そんなふうに三人の間に起きてしまった出来事を概観してみせたブルーも、自分のことを理解しているとは言えない。ブルーは自分が「ヤリマン」と呼ばれることを気にしていないようなフリをしていたわけだが、実際には自分でも知らずに傷ついていたことが判明するからだ。ブルーは彼氏とその友達たちにレイプされたことを、自らが望んだことだったと自分に言い聞かせていたのだ。そして、その悲惨な出来事を「何でもないこと」としてやり過ごそうとしていたわけだが、ブルーは自分に嘘を吐くことが出来なくなる。

同じようにアントニオも自分のしていることを理解していなかったようにも思える。迷いつつ進んでいったら、大変なところへ行きついてしまったように見えるのだ。アントニオは亡くなった兄の亡霊といつも会話をしているのだが、それは兄の姿を借りた“自分との対話”だ。そこでは、兄は「ブルーはいい子だ。でもロレンツォは好きじゃない。」とも語るわけだが、ほかの場面では「本当はロレンツォに会いたかったんだろう」とアントニオを問い詰めたりもする。

兄が亡くなって孤独を感じているアントニオにとってロレンツォは大切な友人であることは確かだし、同時に同性愛に対しての怖さも感じている。だからアントニオは一度は酷くロレンツォを痛めつけた後になって、わざわざ彼のところに謝罪に出向いている。

相反する気持ちに引き裂かれるような状態だったアントニオは、結局ロレンツォを銃で撃ち殺してしまうわけだが、それは若さゆえの愚かさや性急さがあったからだろう。すぐに結論を出さなくてもよかったはずなのに、問題を先送りするようなずる賢い智慧もなかったのだ。

若者は度々間違いを犯すわけだが、ブルーが語るように大人たちは子供を守ることができない。本作に登場する大人たちは総じて子供たちに対して理解を示すいい人たちだが、それがどう転ぶかは誰にもわからない。アントニオは事件の当日校門前で閉め出しを食らいそうになり、一瞬なぜか安堵したようにも見えたのは、心のどこかで誰か止めてくれる人を求めていたのだろう。子供たちの無自覚な戯れ言を無くすのは難しいし、どこかにわかりやすい悪役がいればそれに責任を負わせることもできるのかもしれないのだが、いい人たちばかりでも悲劇は起きてしまうというのが虚しさを感じさせる。

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