『アレックス』『エンター・ザ・ボイド』などのギャスパー・ノエ監督の最新作。
カンヌ国際映画祭では芸術映画賞を受賞した。
物語
人里離れた廃墟に集められた22人のダンサー。周りは雪に閉ざされ、電話すらないために逃げることもできない。そんな場所で有名振付師によって集められたダンサーが、目前に迫ったアメリカ公演のためのリハーサルを行っていた。
激しいリハーサルが終わったあとで、そのまま打ち上げパーティーに突入し、料理や飲み物が振舞われる。しかし、そのなかのサングリアにはLSDが混入していたらしく、それを飲んだダンサーたちは次第に狂気に陥っていく。
ダンス&ミュージック
毎回物議を醸す作品を発表しているギャスパー・ノエの最新作は、プロのダンサーたちばかりが出演する作品。ひとりだけ『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』にも出演しているソフィア・ブテラという女優がいるが、彼女は元々ダンサーから女優になった人とのことで、全員がダンサーということになる。
そんなダンサーたちが繰り広げるダンスバトルのシーンはとにかく圧倒的で、冒頭近くで約10分くらいほど続く長回しでは、入れ替わり立ち代わり様々なダンスを披露していて本作最大の見せ場となっている。また、劇中に使用される音楽も魅力的で(公式ホームページにはリストが掲載されている)、大音量で繰り返されるリズムによって、踊りまくるダンサーだけではなく、観客をもトランス状態へと誘ってくれるだろう。
センセーショナルな作風
日本で最初に紹介された中編『カルネ』でも、すでに観客を不快な気持ちにさせるセンセーショナルな作品を発表していたギャスパー・ノエ。その『カルネ』では、食肉処理される馬から奔流のように流れ出すどす黒い血が怖気を震わせ、その血の色がその後のギャスパー・ノエ作品の基調となっているようにも見える。
ドラッグ体験をそのままに
『CLIMAX クライマックス』は観客にドラッグ体験そのものを味わわせることを意図している。そうした意図は前作『LOVE 3D』でセックスまで3Dで体験させてしまおうというところにも表れていただろう(それが成功したかどうかはともかくとして)。
本作は「観るドラッグ」などと喧伝されている。確かにダンスフロアの赤く照らされた空間と、そのなかを縦横無尽に踊りまくるダンサーたちの様子は異様で、人間ではない特殊なクリーチャーのように見える瞬間もある。ただ、それがドラッグによるトランス状態を観客に体験させたのかは微妙だ。
ダンサーたちの内部で何らかの変化が起き、次第に狂気に陥っていくのだが、本作はその内面には一切踏み込まない。たとえば「サイケデリック」という言葉で表現されるような、ドラッグによるトランス状態を示す表現もあるが(鮮やかで強烈な色使いなど)、本作ではあまりそういった変化を感じられないのだ。
物語がなくてダンスがある
ドラッグ体験が内部から見るとどんなものなのかはわからないが、本作ではドラッグが効き始めてからとそれ以前とで、世界の見た目には何の変化もないように見えるのだ。もっともギャスパー・ノエの世界が最初からトランス状態になっているのかもしれず、だからこそ世界に変化が感じられないのかもしれないのだが……。
ダンサーたちは暴力衝動に駆られる者、セックスに向かう者、自傷行為に走る者など様々だが、それを追っていく視点の側は『アレックス』や『エンター・ザ・ボイド』などにはあったような眩惑させるようなカメラワークもなく、冷静で客観的に彼らの狂気を映し出しているように見えるのだ。唯一、彩があったとすれば、天地が逆転して、字幕すらもひっくり返ってしまうというところだろうか。
だから観客としても傍から醒めた目で見ているような気持ちにもなってきてしまう。それによる教育的な効果はあるのかもしれない。バッド・トリップ状態になるとあそこまであられもないことになると学んだ人は、そんなドラッグを避けることを選ぶだろう。実際にギャスパー・ノエ自身も「子供たちに観てもらいたい」と語ってもいるのだが、どこまで本気なのかはわからない。教育的効果を狙った作品とは思えないからだ。
なぜ客観的な映像と感じられたのかと言えば、本作はもともと主人公らしい人物が存在しないからかもしれない。観客としては作品のなかに入り込むというよりは、一歩退いた形で地獄絵図のような惨状を観てしまうのかも。
たとえば『アレックス』では、妻をレイプされた主人公がその犯人を追う形で妖しげなバーのなかに乗り込んでいったり、『エンター』では死んだ主人公が愛する妹に対する想いから霊となってこの世を彷徨うことになる。そういった観客の視点を代替する要素があったほうが、作品にのめり込むことができるんじゃないかとも思えた。
本作ではほとんど物語らしきものはない。ギャスパー・ノエとしてはダンスというものがあれば、物語の不足をも補えるという判断があったのかもしれないのだが、個人的にはその部分がちょっと物足りなくも感じた。
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