『キング』 偉大な王か、残酷な侵略者か

外国映画

11月1日から配信予定のNetflixのオリジナル作品だが、本作は1週間だけ先に劇場でも公開されることになったもの。

監督・脚本には『アニマル・キングダム』『奪還者』などのデヴィッド・ミショッド

共同脚本として、本作に出演もしているジョエル・エドガートンも名前を連ねている。

物語

ハル王子(ティモシー・シャラメ)はヘンリー四世の長男として、イングランドの王位継承者のひとりであるにも関わらず、王宮を離れ悪友のフォルスタッフ(ジョエル・エドガートン)たちと飲み歩く放蕩生活を送っていた。

ところがヘンリー四世が急死し、王位を継承するはずだった弟も戦死したこともあり、ハル王子がヘンリー五世として即位を余儀なくされる。王宮のなかは様々な思惑が蠢き、誰を信頼するべきかもわからないところ。孤独な王座に就くことになったヘンリー五世は、それまでの放蕩生活に別れを告げ、王として生き抜くことを選ぶのだが……。

史実とフィクション

本作がインスパイアされたのはシェークスピア『ヘンリー四世』二部作と『ヘンリー五世』とされている。シェークスピアの戯曲を原作とは言っていないのは、シェークスピアの戯曲とは違った展開になっているから。その改変点として一番わかりやすいのが、フォルスタッフというキャラクターが戯曲とは違った役割を担っているところだろう。

フォルスタッフとはシェークスピアが造形した架空の人物だ。『ヘンリー四世』においては、フォルスタッフは放蕩仲間だったハル王子(のちのヘンリー五世)に追放され、『ヘンリー五世』ではその後に失意のなかで死んでいったことが語られる。このあたりはオーソン・ウェルズの映画『フォルスタッフ』が忠実に描いているところである。

しかし、『キング』におけるフォルスタッフは、ヘンリー五世に乞われて彼の参謀役になり、王の右腕としてフランスとの戦争において重要な役割を果たすことになる。この点でシェークスピアの戯曲にかなり大胆な変更を加えている。つまり本作は、ヘンリー五世という実在の人物を題材にしてはいるが、自由な解釈で創作したものと推測されるのだ。

スポンサーリンク

弱肉強食の世界で出会った先導者

『アニマル・キングダム』『メタル・ヘッド』(脚本のみ)『奪還者』などのデヴィッド・ミショッドの作品では、弱肉強食の厳しい世界が描かれている。そのなかを生き抜かなければならないうぶ、、な主人公は、教え導く人物に出会うことになるだろう。

たとえば『奪還者』では、兄から見捨てられたレイに、エリックという先導者は「闘わなければ死ぬぞ」と生き方の手本を示すことになる。ただ、こうした先導者たちが示す道が正しい道なのかどうかは何とも言い難い。『奪還者』のレイは、その後に兄弟で殺し合うことになってしまうからだ。弱肉強食の世界を生き抜くことはできたとしても、その結果待ち受けている運命はさらなる悲劇であったりもするのだ(『メタル・ヘッド』の場合は例外的に成功例だったのかもしれないが)。

『キング』においてヘンリー五世を先導する役割を担っているのはフォルスタッフになるだろう。上述したように、このキャラクターはシェークスピアの戯曲から離れ、自由に本作のなかで動き回ることになる。それだけに監督であるデヴィッド・ミショッドと、本作でフォルスタッフを演じてもいるジョエル・エドガートンが記した脚本の意図を反映したキャラクターだと言えるだろう。

ちなみにフォルスタッフはそのキャラクターそのものすら変更されているようにも見える。オーソン・ウェルズの『フォルスタッフ』では口から出まかせばかりだが時に名言を吐く憎めない人物だったが、『キング』においては飲んだくれではあるが必要な時にしか口は開かない策士になっているからだ。

そのフォルスタッフは、ハル王子に病床にある父王に会いに行くことをアドバイスし、フランス軍との戦いにおける参謀役として、ヘンリー五世の偉業達成に多大な功績を遺すことになる。しかし、フランス王との戦後のやりとりのなかで見えてきたのは、そもそもの戦争の発端に誰かの陰謀が絡んでいることだった。

その首謀者はヘンリー五世の側近ウィリアム(ショーン・ハリス)で、彼の導きによってヘンリー五世は本来不必要だった戦いにその身を投じていたことになる。つまり、本作ではヘンリー五世を導いていたのはふたりいることになるのだ。陰謀によってフランスとの戦争を仕掛けさせた側近のウィリアムと、その戦争を成功裡に終わらせたフォルスタッフのふたりだ。

11月1日から配信予定のNetflixのオリジナル作品。

独自の「ヘンリー五世」解釈?

ヘンリー五世は父王・ヘンリー四世とはまったく違う王となることを意図していた。ヘンリー四世は臣下たちの犠牲を厭わずに戦争を続けたことで、国内の反乱を引き起こすことになっていた。それを知っているヘンリー五世は、戦争を避けることを望んでいた。王になる前の戦いでは、弟を庇うと共に戦争となれば犠牲となる臣下のために、相手方と一騎打ちを望み、自分の力だけで勝利をもぎ取っている。

そんなヘンリー五世が、いつの間にかに父王と同じように戦争にのめり込むことになるのは、裏でヘンリー五世を導く側近ウィリアムのような存在があったからなのだ。しかもヘンリー五世が王宮のなかで蠢く嘘に気づくのはすべてが終わってからだった。そうした陰謀の存在に気づかせてくれたのはフランス王の娘だったが、実はその前にも妹君が「王宮のなかでは誰も本当のことを言わない」と忠告していたのだが、その重要性にヘンリー五世が気づくことはなかった。

また、ヘンリー五世自身も嘘から逃れることはできなかったとも言える。というのは、戦場における士気発揚のための演説では、ヘンリー五世はフォルスタッフのアドバイスを受け入れ、壮大な嘘をでっちあげることになるからだ。ヘンリー五世はフランス征服ということに関心はなかったが、フランス軍を目の前にした段階ではもはや退くこともできず、イングランドのために命を捧げよといった嘘によって臣下たちの命を預かることになるからだ。そうした大きな犠牲を払いつつヘンリー五世はキングとして生き残ることになるわけだが、その表情には歓喜の色はまったくなかったのは言うまでもない。

ヘンリー五世は偉大な王として知られているが、一方ではフランス軍の捕虜を皆殺しにした冷酷な侵略者でもある。そうした二面性は、ヘンリー五世がフォルスタッフのような忠実な参謀によって戦果を挙げつつも、その反面で側近の陰謀によって間違った方向へと導かれていたからと言えるかもしれない。こうした解釈は本作がヘンリー五世に与えた独自の解釈ということなのだろう。

Netflixオリジナル作品

本作はNetflixのオリジナル作品として、テレビで鑑賞することが前提となっているのだが、後半の山場となるフランス軍との戦いなど、シネスコサイズで展開するスペクタクルは自宅のテレビよりも映画館のほうが映えるのは間違いない。投石器で城を攻略する場面とか、泥濘のなかでの満員電車並みの肉弾戦など見どころも多い。戦場の場面は徹底的に色を排除し、王宮内部の場面では逆光をうまく取り入れる、そんな撮影も素晴らしかったと思う。

ヘンリー五世を演じたティモシー・シャラメは、これまでの作品では誰かの庇護の下にある弱々しさを感じさせたが、本作では笑顔を封印しポーカーフェイスを貫き王座の孤独を感じさせる。また、フランスの皇太子を演じたロバート・パティンソンは、なかなか威勢よく登場したものの、退場は本作唯一の喜劇的場面となっていて、フランス王を呆れさせる愚か者としてかえってインパクトがあったかも……。

コメント

タイトルとURLをコピーしました