『キングダム エクソダス<脱出>』 奇人変人祭り?

外国映画

90年代にデンマークで製作されたドラマシリーズ『キングダム』の最終章。

監督・脚本は『ハウス・ジャック・ビルト』などのラース・フォン・トリアー

物語

コペンハーゲンの巨大病院。
夢遊病者のカレンは、助けを呼ぶ謎の声に導かれキングダムへと辿り着く。
数々の不可解な事件を解決するため、カレンは病院の用務係のブルザー、心臓外科医のユディットと手を組むが、悪魔の力に反撃されてしまう。
一方、キングダムに赴任してきて間もないスウェーデン人医師のヘルマー・ジュニアは、亡くなった父スティグ・ヘルマーの秘密を探り始めるが…。

(公式サイトより抜粋)

5時間19分の最終章

奇しくも『キングダム 運命の炎』と同じ日に公開されることになった『キングダム エクソダス<脱出>』。もちろん二つの作品には何の関係もなく、たまたま同じタイトルで、たまたま公開日が重なっただけだ。日本の超大作である『キングダム』シリーズも3作目らしいのだが、ラース・フォン・トリアーの『キングダム』も同じく3番目の作品ということになる。

『キングダムⅠ&Ⅱ』は90年代にデンマークで放送されると、最高視聴率50%越えるほどのヒットとなったようだ。こんなヘンテコなドラマが人気を博してしまうような国っていうのはどんな国なんだろうという気もしないわけではないのだが、『キングダムⅠ&Ⅱ』がおもしろかったことは確かだと思う。

詳細はほとんど忘れてしまっているのだけれど、特に『キングダムⅡ』の後半あたりは色々なことがワチャワチャと盛り上がりを見せていたところで、そんな状態のままシリーズが中断したままになってしまっていたのだ。それでも盛り上がってきたところでの中断だったから、余計にそのおもしろさだけが印象に残っているのだ。

そんなわけで『キングダム エクソダス<脱出>』ももちろん楽しみにしていて、『キングダムⅠ&Ⅱ』を改めて観てから臨みたいとも考えていたのだけれど、この作品はレンタルでも配信でも観られるような状態ではないらしい。だから劇場では『キングダムⅠ&Ⅱ』も同時に公開しているようだ。かといって『キングダム エクソダス<脱出>』だけでも、5時間19分というとんでもないボリュームだから、体力に余程自信がある人でもない限り一気に観るなんてことは不可能だろう。

といっても『キングダム エクソダス<脱出>』自体は、物語は新しく始まることになるから、それはさほど気にしなくてもいい。一部『Ⅰ&Ⅱ』に出てくる登場人物も引き継がれているけれど、そこは丁寧にモノクロで過去の部分をインサートしてくれている。だから私みたいにほとんど『Ⅰ&Ⅱ』を忘れていても、それほど困ることはないだろう。

先に一言感想を記しておけば、相変わらずハチャメチャでおもしろかったということになるだろう。主人公が何かの声に導かれ、カメラがキングダム内部に入っていくと色調がかつてと同じセピア色になり、さらにそこにいつまでも耳に残るあのテーマ曲が流れてくるという演出に歓喜し、たっぷりとキングダムの世界を堪能した。

(C)2022 VIAPLAY GROUP, DR & ZENTROPA ENTERTAINMENTS2 APS

奇人変人ばかりの王国

『キングダム エクソダス<脱出>』は、『Ⅱ』の終わり部分から始まる。カレン(ボディル・ヨルゲンセン)というおばあさんが『Ⅱ』のDVDを観ていたという設定だ。カレンは「キングダムはダメね、きちんと終わってないから」などと、ファンが感じていたことを口走る。

そして、夢遊病のカレンが何かの声に導かれて巨大病院キングダムに赴くと、警備員は「あのドラマのせいで病院の評判はガタ落ちだ」と愚痴ってみせる。「すべてはラース・フォン・トリアーの妄想なのに」と語るのだ。

『キングダム エクソダス<脱出>』は、多くの人が『キングダムⅠ&Ⅱ』を観ているというメタフィクショナルな設定になっているのだ。しかもその病院では『キングダムⅠ&Ⅱ』のファンのツアーなんかもやっているらしく、そこには日本人観光客の姿もある。もしかしたらそんなこともあり得るのかもしれないけれど、現実と地続きみたいなフリをしつつも、実際にはわけのわからない化け物が顔を出す奇妙な世界が描かれていくことになるのだ。

『キングダムⅠ&Ⅱ』では、監督であるラース・フォン・トリアー自身が登場し「善も悪もあることを心得よ」などと宣っていた。『エクソダス<脱出>』でも何かしらの邪悪なものとの戦いが描かれる。しかし、そうした本筋だけではないのが、このシリーズのおもしろいところだろう。

何と言っても登場人物が奇人変人ばかりなのだ。たとえば主任医師のポントビダン(ラース・ミケルセン)は冷凍のエンドウ豆を枕にして昼寝することを趣味にしていたり、ネイヴァー(ニコライ・リー・カース)は怒り出すと自ら目玉をスプーンでくり抜くというとんでもない大技を持っている。それからポントビタンを追い回すヤッホーおばさんも忘れがたい(最後がかわいそうだったけれど)。

いつの間にか本筋を忘れてそんなキャラクターたちとの戯れに時間を割いていくあたりは『ツイン・ピークス』のそれともよく似ている。おどろおどろしい邪悪なものとの戦いと、奇人変人たちの繰り広げる奇妙な世界。それがこのシリーズの魅力だろうか。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

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スウェーデンVSデンマーク

『エクソダス<脱出>』では、カレンが用務係のブルザー(ニコラス・ブロ)と謎の声を探っていく部分が本筋ということになるのだろう。一方ではヘルマー医師の息子ヘルマーJr.(ミカエル・パーシュブラント)を中心とした奇人変人たちの騒動がある。このヘルマーJr.は父親から受け継いだデンマーク嫌いを存分に発揮することになる。本筋以外の部分では、ヘルマーJr.を中心としたスウェーデンVSデンマークというネタが取り上げられることになるのだ。

その中では、たとえばスウェーデンの映画監督ベルイマンとデンマークの映画監督ドライヤーを比べて、「どちらも退屈だけれどベルイマンのほうがマシ」などとどちらも貶してみたりもしている。

ヘルマーJr.からすればデンマークは未だに守旧的で、進歩的なスウェーデンには劣るということになるらしい。ヘルマーJr.が病院改革として最初に取り組むのがジェンダーについてだ。実際にネットでジェンダーへの取り組みランキングなんかを見てみると(「ジェンダーギャップ指数」などと言うらしい)、スウェーデンは世界でも上位にいるらしい。一方でデンマークはそれよりはずっと下位にいるようだ。本作でおもしろおかしく描かれているスウェーデンVSデンマークも満更嘘というわけではないのだろうし、同じ北欧の国でも実際には違いがあるということなのだろう。

とはいえ、そのヘルマーJr.の病院改革は、後になって問題を引き起こすことにもつながるわけで、デンマーク人のラース・フォン・トリアーとしてはスウェーデン人を皮肉っているということでもあるのだろう。また、このネタの結末としては、実はヘルマーJr.は自分が見下していたデンマーク人だったということが明らかになるというオチがついているわけで、本作はスウェーデンVSデンマークという対立自体がどっちもどっちだとわらっているということなのだろう。

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最悪の結末?

一方でカレンと用務係のブルザーが活躍する本筋のほうでは、カレンは謎の声に導かれて病院の奥の異世界へと入り込んでいく。そこに登場するのがビッグ・ブラザーだ。演じているのはウド・キアだ。

『キングダムⅠ&Ⅱ』ではウド・キアはキングダムの大物として登場してきたわけだが、『エクソダス<脱出>』でもさらにデカくなって、もはや何だかよくわからない化け物になっている。ビッグ・ブラザーは自分の涙で溺れかけているのだという。こんなふうに書くと詩的だが、ビッグ・ブラザー自体はおぞましい存在にしか見えないわけで、このあたりにも『ハウス・ジャック・ビルト』にもあったラース・フォン・トリアーの独特な美的感覚があるのだろう。

カレンたちは悪魔の使いであるグラン・デューク(ウィレム・デフォー)を退けるために儀式をすることになるわけだが、最終的にはそれらもすべて無駄に終わることになる。ラストでは登場人物はすべて死亡し、キングダムは悪魔に支配されることになってしまうのだ。ラース・フォン・トリアーはデンマークで有名な人魚像と共に「すべては盗まれた」と最後に注釈を付け加えているのだが、これは一体どんな意味なんだろうか?

普通に考えればこのラストはバッドエンドということになるのだろうと思うが、ラース・フォン・トリアーにとってはどうなのだろうか? 『メランコリア』のうつ病を抱えた主人公は、地球が滅亡することになると生き生きとしてくる(監督自身もうつ病を抱えていたのは有名な話)。そして最期は嬉々として地球滅亡を楽しんでいるようにも見え、ラース・フォン・トリアーにとっては本作のラストも決してバッドエンドということにはならないのかもしれない。

印象的なのは悪魔に連れられた人間たちが死の舞踏を踊りながらどこかへと引き回されていくというシーン。これはベルイマンが『第七の封印』で描いていたやつとまったく同じだ(前半でベルイマンを貶していたのは照れだろうか)。ラース・フォン・トリアーは嬉々として死の舞踏を踊る人間たちの行列を描いているのだ。その行列の姿はどこか楽しそうでもあるわけで、本作はもしかしたらハッピーエンドのつもりだったのかもしれない。

多分、『キングダム』シリーズは、この劇場公開をきっかけにそのうち全シリーズソフト化されることになるのだろう。『キングダムⅠ&Ⅱ』は、昔一度観ただけだったので、ソフト化されたら改めて順番にゆっくりと楽しみたいと思う。

追記(11/29):ようやくWOWOWU-NEXTでの『キングダムⅠ&Ⅱ』と『キングダム エクソダス<脱出>』の配信も始まりゆっくりと観ることができた(コンプリート版のソフトの発売は来年らしい)。『Ⅰ&Ⅱ』は久しぶりだったので当然ながら忘れていたことばかりで、今になってシリーズ通して観てみると発見もあった。

『Ⅰ&Ⅱ』で出てきたスウェーデン人弁護士を演じていたのはステラン・スカルスガルドだが、『エクソダス<脱出>』ではちゃっかり息子のアレクサンダー・スカルスガルドになっている。それからヤッホーおばさんと呼んでいた女性は新キャラかと思っていたのだが、『Ⅰ&Ⅱ』にも出てきていた人だった。全体的に『エクソダス<脱出>』は『Ⅰ&Ⅱ』のリブートのような形になっている。『Ⅰ&Ⅱ』のキャラを引き継ぎつつ、中途半端になっていた物語に結末をつけていくことになるのだ。

『Ⅰ&Ⅱ』を観直してみると、やはり後半のウド・キアの存在にインパクトがあった。ウド・キアはオーエというキングダム創設者でありながら、リトル・ブラザーとしても登場する(驚愕の誕生シーン!!)。オーエは『Ⅰ&Ⅱ』における邪悪な存在だったわけだが、『エクソダス<脱出>』にはビッグ・ブラザーは登場してもオーエは登場しないのだ。

これが不思議でもあったわけだが、『エクソダス<脱出>』のラストに登場する男が一番の悪であり、オーエの代わりということなのだろう。この男は一体何者なのか?

調べてもよくわからなかったのだが、この男を演じているのはラース・フォン・トリアーだと言っている人もいる。ちょっと顔を出すだけなので私にはよくわからなかったのだが、もしそうだとすれば一番の悪はラース・フォン・トリアーだったというオチということだろうか?

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