『インスペクション ここで生きる』 にも関わらず素晴らしい?

外国映画

監督・脚本はエレガンス・ブラットン。本作が長編デビュー作とのこと。

原題は「The Inspection」。劇中で描かれている銃の検査のことを指している。

物語

ゲイであることで母に捨てられ、16歳から10年間ホームレス生活を送っていた青年・フレンチ(ジェレミー・ポープ)。どこにも居場所を許されず、自らの存在意義を追い求める彼は、生きるためのたったひとつの選択肢と信じて海兵隊への入隊を志願する。だが、訓練初日から教官の過酷なしごきに遭い、さらにゲイであることが周囲に知れ渡るや否や激しい差別にさらされてしまう……。理不尽な日々に幾度も心が折れそうになりながらもその都度自らを奮い立たせ、毅然と暴力と憎悪に立ち向かうフレンチ。僕が僕のままで在るために、自分の意志でここに居る――。孤立を恐れず、同時に決して他者を見限らない彼の信念は、徐々に周囲の意識を変えていく。

(公式サイトより抜粋)

ホームレスから軍隊へ

フレンチ(ジェレミー・ポープ)は16歳からホームレスだったようだ。寝ている場所はシェルターみたいな場所らしい。そこにはフレンチに対して親身になってくれている年老いたゲイなんかもいて、フレンチは自分の人生を立て直すために軍隊へ入る決心をすることになる。

意気揚々と彼が向かったのは母親(ガブリエル・ユニオン)の住む家だ。つまりは実家なのだけれど、なぜかあまり歓迎されない。フレンチとしては軍隊に入るために出生証明書が欲しいのだけれど、母親は息子を亡くしたと考えているらしい。それはフレンチがゲイだからで、それによってフレンチは家を追い出される形になったらしい。とにかくこの極端に保守的な母親は、日本人の感覚からするとちょっと理解し難い気もする。

軍隊には色々な人がいる。ブートキャンプへ向かうバスの中では街で人を殺したら問題になるけれど、軍隊に入れば人を殺すことで給料がもらえる。そんな危なっかしいことを語っている輩もいる。フレンチが軍隊に入ることを望んだのは、一つには母親に認めてもらいたかったからということがあるのだろう。さらに後で語るように、ホームレスのゲイとして死ぬよりも、誰かのヒーローとして死ぬことを望んだということでもある。軍隊で働くことができれば、そういう道が開けるとフレンチは感じていたのだ。

(C)2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.

スポンサーリンク

 

軍隊内部での差別

本作の舞台は2005年となっているようで、劇中ではよくわからないのだが、公式サイトでは当時の状況についての解説が加えられている(「The Inspectionの多重性」という記事)。本作はエレガンス・ブラットン監督の自伝的な要素を映画化したものであり、単に監督がブートキャンプに参加したのが2005年だったということなのだろう。この解説で触れられているキーワードが“DADT”というものだ。

これは「Don’t Ask, Don’t Tell」という意味だそうだ。つまりは同性愛者かどうかを「訊くな、言うな」ということらしい。これはどういうことなのかと言えば、それまでは同性愛者は軍隊に入れなかったということらしい。90年代のクリントン政権でその同性愛者の服務禁止規定の撤廃が決まり、そうなると同性愛者も入隊してくることになるわけだが、それに対する反発もあったらしい。それに対しての妥協策が「Don’t Ask, Don’t Tell」ということになり、同性愛者であることを公にしなければ容認するということになったということのようだ。

ただ、フレンチの場合はゲイであることがバレてしまう(このエピソードはちょっと変な話だったけれど)。そうなると彼は差別的な扱いを受けることになる。黒人の上官(ボキーム・ウッドバイン)も新兵たちがフレンチをぶちのめすのを見て見ぬフリをすることになり、フレンチは何度も嫌がらせを受けることになる。

かといって軍隊内部が全部敵になるわけではない。フレンチに目をかけてくれる白人上司(ラウル・カスティーヨ)もいて、彼はフレンチの頑張りを認めてくれるようで助け船を出したりもしてくれる。彼との会話の中でフレンチは軍隊に入ったいきさつを語ることになる。

(C)2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.

にも関わらず素晴らしい?

本作は軍隊内部の理不尽さや、ゲイであることで差別されるフレンチが描かれているのだが、それにも関わらず本作では軍隊での経験は肯定的なものとして捉えられている。

フレンチは酷いいじめに遭うことになるし、小隊のリーダーとなる白人(マコール・ロンバルディ)は、体力的に互角のフレンチを目の敵にしていて、射撃訓練では結果を挿げ替えたりもしていた。しかも黒人上官はそれを後押ししている。そんな状況もありフレンチは一度は上官を告発しようとしたりもする。

最終的にはフレンチは無事にブートキャンプを卒業することになるわけだが、そうなるとそれまでの差別だったり理不尽さというものがどこかへ雲散霧消してしまう。これは軍隊を知らない者にとってはちょっと引っかかる部分かもしれない。

軍隊には激烈な差別もある。それにも関わらず、軍隊での経験は素晴らしい。そんなふうに示したいのならば、この「にも関わらず」という部分が描かれなければいけないようにも思えるのだが、本作はそこは当然だと考えたのか「にも関わらず」という部分はスルーされているように感じる。

(C)2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.

フレンチが仲間から信頼されるのはわかる。フレンチは最初からいいやつなのだ。最初に配られたパイを誰かが奪われてしまったら、自分のそれを差し出してあげたりするし、異質の存在にも見えるイスラム教の信者であるイスマイルに対してもとても親身になって接している。そんなフレンチが信頼されるのはよくわかるのだが、いじめる側の白人リーダーとか理不尽な黒人上官などもいつの間にかに仲間みたいになってしまう感覚は謎だった。

そこにはフレンチに対して同情的だった白人上官が言っていたように、軍隊内部の不思議な感覚があるのだろう。戦場では黒人も白人も関係ないし、同性愛者であろうがまったく関係ない。ただ、隣にいる人を守るために戦うということだけがすべてで、そういう状況がいつの間にか軍隊内部に強い絆をもたらすということなのだろう。そんなふうに言葉では示されているのかもしれないけれど、みんなが仲間意識を育むようなエピソードがないために、ラストのみんなの結束がちょっと謎のようにも感じられてしまった。

ラストでは未だに息子がゲイであることを認めることができない母親と、そんなフレンチのことも仲間だと感じている軍隊が対照的に描かれることになる。この母親はフレンチのことを愛していると言うのだが、その一方で「受け入れることはできない」とも語る。それでもフレンチは諦めないと前向きの姿勢を見せることになるわけだけれど、ほろ苦い終わり方だった。

本作は監督の自伝的事実に基づいているとのことで、この母親とのエピソードも監督の経験によるということなのだろう。宗教的に保守的な人の感覚からすると、同性愛というものに対する反発は未だに大きいということなのかもしれない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました