『君を想い、バスに乗る』 私を遠くに連れてって

外国映画

監督は『ウイスキーと2人の花嫁』などのギリーズ・マッキノン

主演は『秘密と嘘』『ターナー、光に愛を求めて』などのティモシー・スポール

原題は「The Last Bus」。

物語

最愛の妻を亡くしたばかりのトム・ハーパー(ティモシー・スポ―ル)はローカルバスのフリーパスを利用してイギリス縦断の壮大な旅に出ることを決意する。
目指すは愛する妻と出会い、二人の人生が始まった場所―。
行く先々で様々な人と出会い、トラブルに巻き込まれながらも、妻と交わしたある“約束”を胸に時間・年齢・運命に抗い旅を続けるトムは、まさに勇敢なヒーローだ。
愛妻との思い出と自身の“過去”ばかりを見つめていたトムが、旅を通して見つけたものとは・・・?

(公式サイトより抜粋)

遠くへ連れて行って

冒頭、トム(ティモシー・スポ―ル)の奥さんは「遠くへ連れて行って」と漏らす。それがロマンチックな意味合いではないことは、ふたりの表情から見てとれる。ふたりはそんなふうにしてスコットランドで小さな庭付きの家に移り住むことになる。それからあっという間に時が流れ、ふたりは年老い、最後にはトムがひとり残されることになる。

主人公のトムが旅を決意するのはそれからだ。バスの無料パスを利用し、スコットランドの最北端のジョン・オ・グローツから、イングランド最南端のランズエンド岬まで、グレートブリテン島で最も長い旅路を往くことになる。

『君を想い、バスに乗る』は、ロードムービーとしては定番の作りだ。バスの中や旅の過程では様々な人との出会いがある。バスは小さなワゴンみたいなものから始まり、最後は大きな二階建てバスになり、それに伴って車窓から見えるイギリスの風景も変わっていく。特段予想外のことも起きないし、ほのぼのとして安心して見られる作品だ。気軽に見られる90分に満たない小品だし、それは本作の美点と言えるかもしれない。

(C)Last Bus Ltd 2021

バスの英雄

トムにはやるべきことがある。劇中では次第に明かされることになるのだが、トムはガンに侵されている。残された時間はあと数カ月だと医者は語っていた。ところが先に逝ってしまったのは奥さんのメアリー(フィリス・ローガン)の方だったのだ。

トムはメアリーと約束していたことがある。その約束を果たすため、トムはバスに乗ってグレートブリテン島縦断の旅へ出ることになる。老齢のトムには移動の足としてはバスしかない。それでも目的地のランズエンドまで必ず到着しなければならない。その目的意識がトムを駆り立てる。トムのガタついている老体を動かしているのはその目的意識なのだ。

だからエンストを起こした車が邪魔になればバスを降りてそれを押すことになるし、失礼な乗客がいてバスの運行に支障を来たすことがあればそれを排除しようとする。そうしたトムの行動はバスの乗客によって撮影され、動画サイトにアップされることになる。

そうしていつの間にかにトムは“バスの英雄”などと呼ばれるようになっていく。本人は何も知らぬまま、スコットランドのおじいさんがバスに乗って1300キロ以上も離れたランズエンドまで向かっているという物語は、多くの人が共有する話となっていくのだ。

(C)Last Bus Ltd 2021

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死出の旅へ

トムが肌身離さず抱えているトランクがある。一度はこれを盗まれたりもするのだが、それには妻との約束を果たすために必要なものが入っているのだ。

冒頭で「遠くへ連れて行って」と漏らしたのは、ある出来事があったからだ。若いトム(ベン・ユーイング)とメアリー(ナタリー・ミットソン)には子供が出来たのだが、その娘は生後1年という頃に何らかの理由で亡くなってしまう。その悲劇と向き合うことができず、メアリーはその土地を離れることを望んだのだ。

ふたりはどこかの時点でイングランドへ戻ることを考えたりもした。しかし、その悲劇を忘れることができず、ふたりは最後までスコットランドを離れることがなかった。メアリーもそのことは気になっていて、トムは必ずランズエンドへ連れて行くという約束をしていたのだ。メアリーは亡くなってしまったけれど、トムはその約束を果たすためにバスの旅に出たのだ。

そして、娘マーガレットの墓参りを済ませ、ランズエンド最北端の場所まで辿り着いたトムは、トランクの中に大切に保管されていたメアリーの遺灰を海へと撒くことになる。やがて明るい光がトムを包み、トムは死出の旅へと誘われることになる。

どんよりとしたイギリスの空の下で、若かりし時代のメアリーの鮮やかな黄色のコートが映える。トムにとってもメアリーはそんな明るい希望のような存在だったのかもしれない。ラストでは、老いたトムが若い頃のメアリーと一緒に明るい光の中へと消えていくような印象で、これは『春にして君を想う』の美しいラストを思わせなくもなかった。「君を想い、バスに乗る」という邦題は、この作品を意識してるんじゃないだろうか?

(C)Last Bus Ltd 2021

主演ティモシー・スポール

主演のティモシー・スポールは、世間的には『ハリー・ポッター』シリーズのピーター・ペティグリューというねずみ男みたいなキャラで知られているのかもしれないのだが、個人的にはやはりマイク・リー監督作品の印象が強い。日本で最初に出演作が公開されたのも、1996年のマイク・リー監督の『秘密と嘘』だった。

その『秘密と嘘』でもティモシー・スポ―ルはぽっちゃり体型だったし、2014年の『ターナー、光に愛を求めて』でも、まだぽっちゃり体型を保っていた。ところが本作ではかなり痩せているので驚いた。30歳も年上の役柄を演じるための役作りか、あるいは病気なのかとも思ったのだが、詳しいことはわからないけれど、どうやら単にダイエットに成功したということらしい……。まあ、痩せて衰えた感じは出ているという気はする。

監督のギリーズ・マッキノンは今回初めて知った。前作の『ウイスキーと2人の花嫁』も、“命の水”とされるウイスキーを巡る人情喜劇といった感じで、これもあまり驚きはないけれど手堅くまとめていて楽しい。

『君を想い、バスに乗るも過剰なところがない。どの出会いも意外とあっさりしていて、深掘りしない。別れの後に泣いている少女にもわけを聞くこともなく、ただ肩を貸して泣かせるだけで済ませてしまう。感動の押し売りは無粋ということなんだろう。そんなところは悪くなかったと思う。

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