『悪なき殺人』 桶屋が儲かったのは?

外国映画

監督は『ハリー、見知らぬ友人』『マンク 〜破戒僧〜』などのドミニク・モル

原題は「Seules les bêtes」。2019年の東京国際映画祭では「動物だけが知っている」というタイトルで上映されたとのこと。

物語

フランスの山中にある寒村で、一人の女性が失踪し殺された。
疑われたのは農夫・ジョゼフ。
ジョゼフと不倫する女・アリス。
妻のアリスに隠れてネット恋愛する夫・ミシェル。
そして遠く離れたアフリカで詐欺を行うアルマン。
秘密を抱えた5人の男女がひとつの殺人事件を介して絡まり合っていく。

だが、我々はまだ知らない・・・
この事件がフランスから5000kmも離れた場所から始まり、
たったひとつの「偶然」が連鎖し、悪意なき人間が殺人者になることを。

(公式サイトより抜粋)

失踪した女性の謎

上記の公式サイトがまとめているストーリーに登場するのは5人だが、章立ては「アリス」「ジョゼフ」「マリオン」「アマンディーヌ」という4つに分かれている。

最初の「アリス」の章では謎が提示されることになる。アリス(ロール・カラミー)はジョゼフ(ダミアン・ボナール)という精神を病んだ男と浮気をしている。ところが急にジョゼフの態度が素っ気ないものなり、アリスを邪魔者のように扱うようになる。

アリスはそんなジョゼフの変化と、夫のミシェル(ドゥニ・メノーシェ)が浮気を知っていたことから次のように推測する。まずは、ジョゼフの犬が殺されたこととミシェルのケガを結びつけ、浮気に関することでふたりがケンカをし、ジョゼフの犬をミシェルが殺したのだと……。

同じ頃、その寒村ではある事件が持ち上がっている。それがエヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)という女性の失踪事件だ。警察があちこち調べているものの、エヴリーヌは道端に車だけを残して消えてしまい、行方は依然わからないままだったのだ。そんなエヴリーヌの事件が解決しないうちに、今度はミシェルが同じように車だけ残して消えてしまうことになる。エヴリーヌとミシェルはどこへ消えてしまったのか? 最初の章はそんな2つの謎を提示する。

※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!!

(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
(C)Jean-Claude Lother

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ジョゼフの狂気

次に視点が変わり「ジョゼフ」の章へと移行すると、すぐに最初の謎は解ける。ジョゼフは自宅敷地近くでエヴリーヌの死体を発見していたのだ。アリスがジョゼフに会いに行った時に挙動不審に思えたのは、ジョゼフがエヴリーヌの死体を見つけたところだったからだ。

ジョゼフの行動はちょっと普通ではない。ジョゼフは一度は死体を別の場所へ遺棄しようとしたものの、それを持ち帰り自分の納屋に隠すことになる。ジョゼフがアリスに語ったところによれば、彼は母親が死んだ時もその死体が腐るまでそばを離れなかったのだという。エヴリーヌの死体は母親の代わりのような役目を担っているのかもしれない。

ジョゼフは納屋の中に藁でバリケードを作り、その中で死体と一緒に寝る。ところが彼の飼い犬がしつこく吠えたりするものだから、ジョゼフは犬を殺してしまうことになる。さらには死体が誰かに見つかるのを恐れ、雪深い山の中へと独りで死体を運び、深い空洞となっている場所にそれを遺棄し、自分も後を追うことになる。

(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
(C)Jean-Claude Lother

2つの出来事を結びつける偶然

前章でエヴリーヌの最期は明らかになったわけだが、なぜエヴリーヌが死ななければならなかったのかは謎として残っている。「マリオン」と「アマンディーヌ」の章はその点を明らかにすることになる。『悪なき殺人』はここで時間を遡り、エヴリーヌが生きていた時間へと移行する。

エヴリーヌはパリでマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)という若いウェイトレスと出会い、つかの間の情事を楽しむ。同じ頃、ミシェルは出会い系サイトにはまっている。このまったく関係のない2つの出来事が偶然によって結びつくのだ。

ミシェルは出会い系サイトでアマンディーヌという女性と出会うのだが、アマンディーヌは実在しない女性だ。この出会い系サイトの運営場所はコートジボワールにあり、そこで行われているのは詐欺行為だ。アマンディーヌを騙るのは黒人青年アルマン(ギィ・ロジェ・ンドラン)なのだ。これによってフランスとコートジボワールという異国の地がつながる。コートジボワールは旧宗主国であるフランスの言葉を使っているから言葉の壁もなかったのだ。

(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
(C)Jean-Claude Lother

ミシェルはアマンディーヌに入れあげ、アルマンの嘘に呆気なく騙され、送金し続ける。それだけならただの詐欺事件で終わるはずが、ミシェルはエヴリーヌに会いにきたマリオンのことを見かけ、彼女をアマンディーヌだと思い込んでしまう。この勘違いがエヴリーヌ殺害へとつながる。ミシェルはマリオンを助けるために、マリオンとケンカをしていたエヴリーヌを殺してしまうのだ。

その死体をジョゼフの自宅近くへ遺棄したのは、妻のアリスと浮気をしていたジョゼフのことを快く思っていなかったからだろう。ミシェルもその後のジョゼフの行動は予想外だったろうが……。

ミシェルはその後にマリオンに拒絶されることになる。マリオンとしては何も知らないわけだから当然だろう。そして、自分の過ちを知ったミシェルは帰るところがなくなったと感じたのか、アリスの前から消えることになったわけだ。

(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
(C)Jean-Claude Lother

桶屋が儲かったのは?

時間を遡ることで今まで結びつかなかった点と点が結びつく。これはこういう形式だからこそ味わえるおもしろさということになるだろう。ただ、それが「世の摂理」と感じられるか、あるいは「恣意的なご都合主義」と感じられるかで本作に対する評価も変わってくるのかもしれない。本作はそれを「偶然には勝てない」などと評するわけだが、個人的には群像劇を無理やり結びつけるためのご都合主義に思えてしまった。

たとえば「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざは、「ある事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所・物事に影響が及ぶことの喩え」(Wikipediaより)である。これは順繰りにたどっていったとしても何のおもしろみもない連鎖でしかないだろう。

風が吹くと盲人が増える→盲人は三味線を生業にする→三味線のために多くのネコの皮が使われるようになる→ネコが減ることになりネズミが増える→ネズミが増えると桶がかじられる→そうなると桶屋が大繁盛ということになる。これをそのまま描いたとしても物語として成立しないんじゃないだろうか。これは単なる出来事の連鎖に過ぎないからだ。

ところが「桶屋が儲かったのは?」という問いから遡っていくと、原因であるものが意外だったからこそ「なるほど」という発見がある。本作のおもしろさもそれと同様で、他愛ない話をおもしろく見せるためのトリックのようにも思えた。

本作が東京国際映画祭で上映された時のタイトルは「動物だけが知っている」というものだったのだとか。冒頭ではなぜか魔術師のもとへ鹿が届けられる。映画『羅生門』では霊媒師の力によって死人から言葉を引き出したように、最後に鹿が知っていることを魔術師の術によって引き出すのだろうと思っていたのだが、それは早とちりだったようだ。

そもそも原題を英語にすると「Only The Animals」となり、「動物だけが知っている」というのはかなりの意訳ということになる。原作者がこれに込めていたのは別のものだったようだ。原作者は「動物のみが愛せる形で主人を愛していた」というフレーズからこのタイトルを採っているとのことで、動物だけが見返りも期待せず愛しているという意味合いだったのだとか。

個々のエピソードはおもしろい部分もある。ジョゼフが死体を巡ってあたふたする姿は『ハリーの災難』を思わせたし、エヴリーヌとマリオンの情事も印象に残る。エヴリーヌ役のヴァレリア・ブルーニ・テデスキは、『Summer of 85』で少年の母親を演じていた人で、本作では色っぽい大人の女性を演じている。マリオン役のナディア・テレスキウィッツは、大人の女性に夢中になり制御不能なほど一途で生き生きとした若者を演じてインパクトを残した。

ちなみにIMDbで調べると、劇中でマリオンと同一視されてしまうアマンディーヌ役には別人(Juliet Doucet)がクレジットされている。本作を観た人の感想を読むと、アマンディーヌもナディア・テレスキウィッツが演じていると勘違いしている人もいるようだ。それほどふたりの印象は似ていたということなのだろう。かと言って、アマンディーヌを実在の女性と思い込んでしまうミシェルの世間知らずに同情する気にはなれないのだが……。

ミシェル役のドゥニ・メノーシェ『ジュリアン』で怖い父親を演じていた人。イメージとしてはマ・ドンソク的な巨漢だ。そんなコワモテ男がネットの向こう側にいる幻の女性ににんまりとほほ笑む様子は、ちょっと不気味でもあり、かわいらしい存在にも見えなくもない。それでもこのエピソードが一番間延びしてしまっているというのが惜しい。

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