『オール・アバウト・マイ・マザー』などのペドロ・アルモドバル監督の最新作。
主演は『ボルベール〈帰郷〉』などのペネロペ・クルスで、本作で第94回アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされた。
物語
フォトグラファーのジャニスと17歳のアナは、出産を控えて入院した病院で出会う。共に予想外の妊娠で、シングルマザーになることを決意していた二人は、同じ日に女の子を出産し、再会を誓い合って退院する。だが、ジャニスはセシリアと名付けた娘と対面した元恋人から、「自分の子供とは思えない」と告げられる。そして、ジャニスが踏み切ったDNAテストによって、セシリアが実の子ではないことが判明する。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑ったジャニスだったが、激しい葛藤の末、この秘密を封印し、アナとの連絡を絶つことを選ぶ。それから1年後、アナと偶然に再会したジャニスは、アナの娘が亡くなったことを知らされる──。
(公式サイトより抜粋)
血のつながりのない娘
本作は『そして父になる』や『もうひとりの息子』と同様の“新生児の取り違え”という題材を扱っている。それでも本作にちょっとひねりがあるのは、取り違えられた片方の子供が不慮の出来事で亡くなってしまうところだろう。それによって本作は別の葛藤が生じることになる。
ジャニス(ペネロペ・クルス)が取り違えのことを知った時に最初にしたことは、弁護士に電話をすることだった。自分がお腹を痛めて産んだ娘が取り違えられていたとしたら、当然ながら血のつながった本当の娘を取り戻そうとすることが一般的だろう。
ところがジャニスはそこで一歩踏み止まることになる。『パラレル・マザーズ』はそれに関して詳しく説明しないけれど、やはりしばらくの間自分の娘と思って育ててきた娘セシリアに対して離れがたい気持ちを抱いていたからということになるだろう。
「血のつながりか、共に過ごした時間か」。こうした選択を迫られるところは取り違えを扱ったほかの作品と同様だが、ジャニスは「血のつながり」よりも「共に過ごした時間」のほうを選び、セシリアを手元に残すために自ら電話番号を変更し、元恋人のアルトゥロ(イスラエル・エレハルデ)やセシリアの産みの親であるアナ(ミレナ・スミット)との関係を絶つことになる。
しかし、関係を絶ったつもりだったアナがジャニスのいる街に突然現れることで事態は変わることになる。しかもアナは彼女の娘が突然死によって亡くなったことを明らかにするのだ。
そうなるとジャニスは取り違えられた自分の本当の娘を喪ったことになるけれど、一方でアナの娘を奪ってしまったということにもなる。このことはジャニスしか知らないことであり、アナに娘を返すべきか、あるいは沈黙して自分の娘としてセシリアを育てるべきなのか、そんな葛藤をジャニスは抱くことになるのだ。
新しい家族の姿?
久しぶりにアナと再会したジャニスは、アナを突き放してセシリアを守ることだってできたはずだが、アナをそばに置くことになる。ジャニスがアナを拒絶しなかったのは、信頼できないベビーシッターよりもアナのほうが安心だという意識もあったのかもしれないけれど、それ以上にジャニスは自分がやっていることが間違っているということを自覚していたからかもしれない。それでも手元にアナを置いておけば、その間に自分の間違いを修正することも可能になるわけで、しばしの猶予期間が生じることになる。
ところが事態はまた意外な方向へと進む。ジャニスはアナと一緒に生活し、母親の代わりのようにアナに家事全般を教えることになる。アナの母親テレサ(アイタナ・サンチェス=ヒホン)は女優で、いつもアナは放っておかれたらしく、そうしたことを母親から学ぶ機会はなかったのだ。そうして二人は一緒に暮らすうちに、アナはジャニスに対して好意を抱き、二人は同性愛的な関係に発展することになるのだ。
こうなると産みの親であるアナと、育ての親のジャニスが一緒になってセシリアの母親として生きていくという新しい家族の可能性だって見えてくることになるのだが、本作はそこからまた意外な方向へと進展していく。
意外性のある展開
本作が意外なのは、ジャニスがアナに真実を告白した後、ジャニスがセシリアのことをまるで忘れ去ったかのように事態が進行していくことだろう。
すべての関係を絶ってまでセシリアを自分のものにしようとしていたのが嘘だったかのようなのだ。ジャニスは真実の告白後あっさりとセシリアのことをあきらめ、彼女をアナに返してしまう。この急展開には呆気にとられた。
さらにジャニスはかつての恋人アルトゥロと新たな子作りに励み、あっという間に次の子供を身籠ってしまう。そして映画は取り違えなどなかったかのように、スペイン内戦で亡くなったジャニスの家族の話へと移行していくのだ。
ここが観客の多くが戸惑うところなんじゃないだろうか。ジャニスの曾祖父は内戦時に連れ去られたまま、その遺体は未だに見つかっていない。しかし新生児の取り違えという題材と、この内戦の話がうまく結びつかないのだ。
スペイン内戦という歴史
もともとジャニスがアルトゥロと出会ったのは仕事であるカメラマンとしてだが、親しくなったのは彼が法医人類学者としてスペイン内戦の歴史の問題に関わっていたからだろう。
スペイン内戦は1936年から39年まで続き、さらに軍事独裁政権はその後1975年まで続いた。その間、内戦で殺された人たちのことを言い出すのも憚れるような状況があったようだ。しかし2007年に歴史的記憶法という法律が成立し、内戦で亡くなった人の遺体を探すことができることになったらしい。
この法律のことは冒頭あたりのジャニスとアルトゥロとの会話の中に登場していた。しかし日本語で検索してもあまり引っかかってこないところからすると、日本では一般的には知られていないということなのかもしれない。素人にもわかりやすいサイトとしては、日本共産党が書いているものが見つかるくらいだ。
ジャニスはアルトゥロの助けを借りて曾祖父たちの遺体を掘り返すことになるわけだけれど、このスペインの歴史の問題と、取り違えという題材がどんな風に結び付くのか。無理に好意的に解釈すれば共通点を見出だすことも可能なのかもしれないけれど……。本作ではその二つがあくまでパラレルであって、どこまで行っても交わらないように思えてしまうところが難点かもしれない。
ラストではジャニスやアナを含めた親戚一堂が会して発掘した曾祖父たちの骨と相対することになる。その場にはまだ幼いセシリアもいて、不思議な顔で骨を見つめているわけだけれど、その表情は途中まで話題の中心にいたのに、いつの間にか忘れ去られたかのように脇に置かれることになった展開を訝しがっているようにも見えた。
本作は矢継ぎ早の意外な展開で飽きさせないし、アルモドバルらしい独特な色合いの画面作りも楽しめる。そして、主演のペネロペ・クルスは相変わらず魅力的だったし、新人のミレナ・スミットもイメチェンした中性的な雰囲気がよく似合っていたと思う。それだけにラストの展開がしっくりこなかったのが、ちょっともったいないような気もした。
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