『マッチ工場の少女』などのアキ・カウリスマキの最新作。カンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞した。
主演は『TOVE/トーベ』などのアルマ・ポウスティと、『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』などのユッシ・ヴァタネン。
物語
フィンランドの首都ヘルシンキ。理不尽な理由で失業したアンサと、酒に溺れながらも工事現場で働くホラッパは、カラオケバーで出会い、互いの名前も知らないままひかれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実が、2人をささやかな幸福から遠ざけてしまう。
(『映画.com』より抜粋)
いつものカウリスマキ
アキ・カウリスマキは実は前作の時に引退宣言をしていたのだとか。前作の『希望のかなた』を観た時にそんな噂を聞いていたのかも覚えていないけれど、復帰作の『枯れ葉』はいかにもカウリスマキらしいカウリスマキ作品だった。安心して観ていられるし、無駄なところのない81分という上映時間も申し分ないし、とても満足度の高い作品だったと思う。
これまでのカウリスマキ作品にはなかった新しい描写もある。携帯電話やPCを使うシーンがあるのだ。映像的にはちょっと昔の話にも思えるけれど、現在のことが描かれているのがわかるのはそんなデジタル機器の存在もあるし、ラジオではずっとロシアのウクライナ侵攻についての情報が流れているからだ。それでも全体的には今までと同じカウリスマキの世界となっていて、本作は監督自身が『パラダイスの夕暮れ 2.0』と呼んでいたとのこと。
確かに貧しい境遇にいる不器用な男女のラブストーリーという点でどちらも共通していて、それはほかの作品でも何度となく見てきたもののような気もして安心感があるのだ(尤も、カウリスマキはラブストーリーばかりではないのだけれど)。
気持ちを代弁する音楽
ウクライナ侵攻のことがあるからなのか、なぜか憂鬱を抱えているホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)は酒を飲まずにはいられない。憂鬱だから飲み、飲んでいるとさらに憂鬱になってくるという悪循環なのだ。
一方のアンサ(アルマ・ポウスティ)はスーパーで働いているけれど、勤務条件はよくなくて鬱憤が溜まっているらしい。そんな二人がたまたまバーで出会うものの、シャイで不器用な二人は何度もすれ違いを繰り返すことになる。
二人はどちらも口下手であまり会話はない。それでも劇中のカラオケで歌われる曲や、バンドの演奏する曲などが、何となく二人の気持ちを代弁してくれる形になっている。本作でもご多分に漏れず、カウリスマキのお気に入りと思しきバンドが登場して曲を披露することになる。
一番印象的なのがMAUSTETYTÖT(マウステテュトット)という姉妹デュオで、この二人もカウリスマキ作品らしく仏頂面でほとんど棒立ちで歌っている。これは作品に合わせて仏頂面を演じているのかとも思えたのだけれど、普段からそんな感じの二人組らしく、だからこそカウリスマキが自分の映画にピッタリと思ったのだろう。
三人の神様への敬意
カウリスマキは本作について、こんなメッセージを公式サイトにアップしている。
この映画では、我が家の神様、ブレッソン、小津、チャップリンへ、私のいささか小さな帽子を脱いでささやかな敬意を捧げてみました。しかしそれが無残にも失敗したのは全てが私の責任です。
劇中の映画館でホラッパとアンサが観ることになるのは、ジム・ジャームッシュのゾンビ・コメディ『デッド・ドント・ダイ』だったけれど、観客が「『田舎司祭の日記』か、あるいは『はなればなれに』だ」などと評価していたのはブレッソンへの目配せだ。さらにはラストシーンではチャップリンの『モダン・タイムス』そっくりの場面を用意している(しかも愛犬の名前もチャップリンだった)。
残る小津安二郎へのオマージュはどこにあったのかと言えば、印象的な赤の使い方だろうか。どちらかと言えば暗い画の中に、妙に強烈な赤が入ってくる。たとえばアンサの勤務先のロッカーは赤(と緑)だったし、自宅のソファーやカーテンまでが赤だった。こんな赤の使い方は小津のカラー作品に出てくる赤いやかんを思わせなくもないわけで、ここに小津へのオマージュがあったということなのだろうと思う。
小津作品の中で評価が高いとされているのは『東京物語』や『麦秋』あたりなのだと思うけれど、個人的にはとても『秋刀魚の味』が好きだ。『秋刀魚の味』は小津の最後の作品で、これまで何度も描いてきた名作の焼き直しとも言える。
そんな意味ではそれほど評価されているわけではないのかもしれないけれど、何度も同じようなことをやっているわけで、熟練の度合いは増しているようにも感じられるし、とても軽妙なところがいい。何となく観始めると止められないような魅力があるのだ。
カウリスマキの『枯れ葉』もそんな作品なんじゃないだろうか? 『パラダイスの夕暮れ』を観直してみたけれど、やっていることはよく似ている。『枯れ葉』は、幾分かかつてよりはマイルドになり、その分、余裕みたいなものを感じなくもないのだ。
私が本作を観たのは公開初日の初回だったのだけれど、入場者特典として「ヘルシンキ・ロング・ドリンク」というお酒までいただいた。劇中に警備員役で登場していた人が、その商品製造元の経営者ということらしい。
ホラッパは仕事をしながらもジンを飲んでいて、アンサに「アル中は嫌い」と言われて仲が決裂したりもする。そんな映画のプレゼントがお酒というのが皮肉だけれど、酒呑みなのでありがたい気持ちになった(その日の夜に美味しくいただいた)。本作の評価が高いとしても、そんなプレゼントに買収されたわけではないわけで、単純にとても心地よい気分になれる映画だったのだ。
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