『ポトフ 美食家と料理人』 艶めかしいアレ

外国映画

『青いパパイヤの香り』などのトラン・アン・ユン監督の最新作。

主演は『真実』などのジュリエット・ビノシュと、『地下室のヘンな穴』などのブノワ・マジメル

カンヌ国際映画祭では最優秀監督賞を受賞し、アカデミー賞の外国語映画賞のフランス代表作品ともなっている。

物語

〈食〉を追求し芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に再現する料理人ウージェニー。二人が生み出した極上の料理は人々を驚かせ、類まれなる才能への熱狂はヨーロッパ各国にまで広がっていた。ある時、ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは、豪華なだけで論理もテーマもない大量の料理にうんざりする。〈食〉の真髄を示すべく、最もシンプルな料理〈ポトフ〉で皇太子をもてなすとウージェニーに打ち明けるドダン。だが、そんな中、ウージェニーが倒れてしまう。ドダンは人生初の挑戦として、すべて自分の手で作る渾身の料理で、愛するウージェニーを元気づけようと決意するのだが ── 。

(公式サイトより抜粋)

“ガストロミー”とは何?

『ポトフ 美食家と料理人』には、原案となっている小説があるらしい。『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』というもので、このドダンという主人公のモデルとなっているのが、ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランという人だ。

ブリア=サヴァランは『美味礼讃』という本を書いた美食家だ。現在も放映中のテレビ番組『人生最高レストラン』のオープニングで、この人の言葉が引用されている。「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう。」というやつだ。それほど後世に影響を与えた人物ということらしい。

ブリア=サヴァランみたいな人のことを“ガストロミー”と呼ぶらしい。簡単に言えば美食家ということになるわけだが、食というものを芸術として捉えているということらしい。本作はそんな人物を主人公とした作品で、物語はトラン・アン・ユン監督が自由に創作したものらしい。

冒頭から30分くらいをかけて、美食家ドダン(ブノワ・マジメル)とその料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)の1日が描かれる。まだ朝の薄暗い時間に畑から新鮮な野菜を取り入れるところから始まり、オムレツの朝食を済ますと、そこから本格的な料理がスタートする。これはその日に予定されている午餐会の準備だ。

時代は1800年代の後半らしく、ガスコンロなどはない。厨房の中心にはかまどのようなものがあり、そこにはオーブンの機能まで備わっている。そんな厨房を舞台にして、ドダンはレシピを考案し、それを実現していくのがウージェニーということになる。助手としては小間使いのヴァイオレット(ガラテア・ベルージ)と、その姪で手伝いに来ていたポーリーヌ(ボニー・シャニョー=ラヴォワール)がいる。4人はとても息の合った連携プレーのように厨房を動き回り、次々と料理を完成させていくことになる。

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劇伴がなくても……

この午餐会の料理シーンがとても素晴らしい。料理の過程がカメラで追われるだけなのだけれど、なぜか目が離せないのだ。観ていた時には気がつかなかったのだけれど、本作にはエンドロール以外に音楽が一切なかったのだとか。そんなことがまったく気にならないほど、この料理シーンは流れるような美しさで展開していくのだ。

というのも、厨房には様々な音が溢れているからだろう。野菜を洗う音、それを切る音、肉や魚が焼ける音に、鍋がぐつぐつと煮える音。そんな音がリズムとなって心地よく響いているから、劇伴などなくても気にならないというわけだ。

そんなふうにして作られた午餐会に提供される料理の数々も美しい。フランス料理などには縁のない庶民なので、料理名はよくわからないけれど、舌平目の何とかにパイ包み、骨付き肉の料理、さらにはノルウェー風オムレツ(オムレツという名前だけれどデザート)などなど。

ドダンはそれを午餐会に集まった仲間たちに提供することになるのだが、仲間たちはその味について多くを語るわけではない。ただ、その顔を見れば彼らが満足していることは一目瞭然というわけで、観ているこちら側も幸せな気持ちになってくるのだ。

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妻か料理人か

ただ、その後の展開はちょっと奇妙だったかもしれない。予告編では、ドダンがユーラシア皇太子に晩餐会に招待され、その返礼のために皇太子をフランスの家庭料理ポトフでおもてなしすることがクライマックスになるかのように編集されている。実際にそんな話も出てくるのだが、本作はそれがクライマックスにはならないのだ。

というのも、途中でウージェニーが亡くなってしまうからだ。それによって本作は大切な相棒を失ったドダンの失意と再生という話になっていく。ウージェニーもその才能を認めていた少女ポーリーヌがひとつのきっかけになり、ドダンがやる気を取り戻していくところで終わることになるのだ。

ドダンとウージェニーは20年以上も一緒に働いてきたらしい。それが人生の秋を迎えて結婚することになるけれど、それからしばらくしてウージェニーは体調を崩して亡くなってしまうのだ。最後に交わされるふたりの会話では、ウージェニーは「妻」という立場よりも「料理人」の立場を重んじている。

タイトルには「美食家と料理人」と、ふたつの言葉が並んでいる。「美食家」にとってはそのレシピを実現してくれる「料理人」が必要不可欠であり、欠かせないパートナーなのだろう。ウージェニーにとっては、「妻」であることよりも、ドダンの「料理人」であることのほうが大切だったということなのかもしれない。

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艶めかしい描写

監督のトラン・アン・ユンはとても描写にこだわる人だ。デビュー作の『青いパパイヤの香り』の時から一貫していると言ってもいい(『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』だけは、漫画『寄生獣』のバケモノみたいなオブジェが気味が悪くて意味不明だったけれど)。『青いパパイヤ』の時も、料理シーンがあったし、パパイヤという食材の撮り方にどこかなまめかしいものがあった。

本作では、ドダンがウージェニーにプロポーズする際の洋ナシの料理が艶めかしい。皿に盛られた洋ナシの姿は、そのままベッドに横たわるウージェニーの裸の後ろ姿に重ねられることになるのだ。本作はそうした描写のひとつひとつに繊細な注意が払われていて、そこが見どころと言える。

明るい陽射しの中で湯気が立ち昇る厨房シーンも素晴らしいけれど、夜のシーンもまたよかった。中盤あたりでドダンとウージェニーが暗闇の中で会話するシーンは、ふたりの間にあるグラスなどにほのかな光が反射しているだけでほとんど暗闇が支配している。それでもカメラがゆっくりと動いていくとその背後に緑色に輝く美しい湖の姿が露わになる。そうした描写そのものが艶めかしい作品だったと言えるかもしれない。

『地下室のヘンな穴』では腹の出た中年オヤジと化していたブノワ・マジメルだけれど、本作ではやはり昔取った杵柄で恰幅のいいイケメンといった感じになっている。私は全然知らなかったのだけれど、ブノワ・マジメルとジュリエット・ビノシュはかつて夫婦だったことがあるのだとか。すでに離婚してしまったようだが、そんなことよりも本作に出演することのほうが魅力的なことだったということだろうか。ドダンとウージェニーの距離感はあまり近すぎないもので、夫婦というよりは戦友みたいなところがあったわけで、その意味でもふたりの共演はとても理に叶っていたような気もした。

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