『地下室のヘンな穴』 アイデアはいいがオチは?

外国映画

監督・脚本は『ラバー』『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』などのカンタン・デュピュー

原題は「Incroyable mais vrai」で、「嘘のような本当の話」という意味らしい。

物語

緑豊かな郊外に建つモダニズム風一軒家の下見に訪れた中年夫婦のアランとマリー。購入すべきか迷う夫婦に怪しげな不動産業者がとっておきのセールスポイントを伝える。地下室にぽっかり空いた“穴”に入ると「12時間進んで、3日若返る」というのだ。夫婦は半信半疑でその新居に引っ越すが、やがてこの穴はふたりの生活を一変させていく……。はたして、この不思議な穴がもたらすのは幸せか、それとも破滅か。人生が激変してしまった夫婦がたどる後戻り不可能な運命とは…。

(公式サイトより抜粋)

12時間進んで、3日若返る?

カンタン・デュピューという監督は、とにかくヘンテコな映画を撮っている人らしい。過去の作品を調べてみると、『ラバー』はタイヤが動き出し殺人を犯したりするというもので、『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』は鹿革のジャケットが持ち主と会話したりするらしい。これだけ見てもかなりヘンな映画だということは理解できるだろう。

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『地下室のヘンな穴』は、邦題の通りの“ヘンな穴”が登場する話となっている。この穴は「12時間進んで、3日若返る」とされる。この微妙な設定がおもしろい。3日の若返りというのは、それだけでは当人にとってもまったく違いがわからないからだ。

若返りたいと考える人は年老いている人だろう。そんな人はたとえば20歳の肉体を取り戻したいなんてことを考えることになるわけで、3日前に戻ってもあまり意味はないのだ。一気に10歳くらい若返らせてくれるならば意味のある穴なのかもしれないけれど、3日ではほとんど意味がないということになる。

だから、そのヘンな穴のある家を購入したアラン(アラン・シャバ)にとっては、その穴は不思議だけれど意味のないものとなる。しかし、アランの妻マリー(レア・ドリュッケール)にとっては違ったようだ。マリーは若返るということに執着するようになっていくのだ。

(C)ATELIER DE PRODUCTION – ARTE FRANCE CINEMA – VERSUS PRODUCTION – 2022

若返りの代償は

アランとマリーは中古住宅の購入を考えていて、そのヘンな穴に出会うことになる。不動産屋はセールスポイントとして「12時間進んで、3日若返る」穴を紹介する。この穴は地下室にあって、そこに入りフタを閉め、しばらくしてから穴から出ると、なぜか2階の天井から降りてくることになる。すると時間は一気に12時間進み、3日若返ることになるのだ。

この穴を使った当人からすれば穴に入るのは一瞬なのだが、時間は半日経っている。ほとんど意味のない3日の若返りのために、半日を無駄にしているとも言える。ところが若返りの欲望に魅せられてしまっているマリーにとってはそれは関係ない。これはマリーが専業主婦だったから可能だったのかもしれない。仕事がある人は時間的に無理だからだ。そんなわけでマリーは際限なく穴に入り続け、アランとはすれ違いの生活になっていく。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)ATELIER DE PRODUCTION – ARTE FRANCE CINEMA – VERSUS PRODUCTION – 2022

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男らしさと女らしさ

実は「地下室のヘンな穴」という邦題は本作の内容の半分を示すだけであり、もうひとつのバカバカしいエピソードとの両輪で本作は成り立っている。それがアランの上司ジェラール(ブノワ・マジメル)のエピソードだ。

ジェラールは電子ペニスにしたことをアランとマリーに打ち明ける。ジェラールによれば、これによってペニスをスマホによって思うがままに操作することができることになるのだという。これで奥様のことも満足させることができるということらしい。

ペニスの隠語として“如意棒”が使われることがある。孫悟空が持っていた長さが自由自在に変えられるアレだ。若い時には如意(思うがまま)に操れるはずだったペニスは、歳を取るごとに不如意になっていく。そんなペニスを再び思うがままにしたいという欲望がジェラールにそんなことをさせたということだろう。

これは若さを保ちたいということでもあるわけだけれど、ジェラールの行動を見ていると、電子ペニスは“男らしさ”を取り戻そうとすることでもあると理解できる。ジェラールはストレス解消に銃をぶっ放しているが、これはまさにアレの象徴だろうし、女性を口説くための車に対するこだわりからしても、ジェラールが“男らしさ”というものに囚われていることが明らかなのだ。

ジェラールのエピソードと合わせて考えると、マリーの若さに対する欲望は、“女らしさ”に対する欲望だったとも言えるのかもしれない。マリーは最終的には19歳にまで若返りモデルとなる夢を叶えることになる。

本作を見た誰かが計算していたけれど、1年間若返るためには約60日穴の中で過ごしたことになる。たとえば少な目に見積もって20年若返ったとしたとするならば、約3年以上も穴の中に居たという計算になるわけで、そんな状況では当然ながら夫婦生活など崩壊しているということになる。

(C)ATELIER DE PRODUCTION – ARTE FRANCE CINEMA – VERSUS PRODUCTION – 2022

アイデアはいいがオチは?

本作はそんな欲望に囚われてしまったふたりのちょっと滑稽な悲劇となっている。そのアイデアはおもしろい。「それで続きはどうなるの?」という興味・関心が湧いてくるんじゃないかと思うのだが、その先は意外と呆気ない。

ジェラールは電子ペニスの不具合を修理するためにこっそりと日本で再手術を行ったりもするけれど、結局その不具合が原因で事故死することになってしまう。一方で19歳まで若返ることになったマリー(Roxane Arnalという別の女優さんが演じている)は、その執着ゆえに精神を病むことになってしまう。

この後半部は突然早送りのようなダイジェスト展開となる。ふたりが辿ることになる末路を示すことになるわけだけれど、最初のアイデア以上のものは何も感じられず、「欲望に囚われるとよくないね」とでもいった教訓めいた話として終わってしまうのは、ちょっと喰い足りない感じは残った。

カンタン・デュピュー監督の過去の作品の多くが80分前後という短い上映時間になっているようだ。本作も後半で早送りのような展開によって74分という時間に収めている。上映時間が短いのは賛成なのだけれど、早送りでダイジェストを見せてほしいとは思わないわけで、この上映時間の短さに対するこだわりは謎だった。ちょっとだけ普通とはズレたところがある監督なのかもしれない。

電子ペニスに振り回されるジェラールを演じたブノワ・マジメルは、久しぶりに見た気もする。『ピアニスト』(2001年)の美しい青年が腹の出た中年オヤジになっていたのはビックリで、電子ペニスに一喜一憂する情けない姿にはかつての面影は感じられない。とはいえ、役者としてはおもしろい存在になったということなのかもしれず、ちょっと憎めない感じのダメさ加減がよかった。

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