『1秒先の彼女』 泣きながら笑ってしまうラスト

外国映画

『熱帯魚』『祝宴! シェフ』などのチェン・ユーシュン監督の最新作。

台湾のアカデミー賞である金馬奨で作品賞と監督賞をはじめ5部門を受賞した作品。

原題は「消失的情人節」。

物語

郵便局で働くシャオチーは、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早い。ある日、ハンサムなダンス講師とバレンタインにデートの約束をするも、目覚めるとなぜか翌日に。バレンタインが消えてしまった…!?消えた1日の行方を探しはじめるシャオチー。見覚えのない自分の写真、「038」と書かれた私書箱の鍵、失踪した父親の思い出…謎は一層深まるばかり。どうやら、毎日郵便局にやってくる、人よりワンテンポ遅いバスの運転手・グアタイも手がかりを握っているらしい。そして、そんな彼にはある大きな「秘密」があったー。 失くした「1日」を探す旅でシャオチーが受け取った、思いがけない「大切なもの」とは…!?

(公式サイトより引用)

アラサー女子の憂鬱

台湾ではバレンタインデー(情人節)が2回あるのだそうで、2月14日よりも旧暦の七夕のバレンタインデーのほうが重要視されているのだとか。その日は男性が女性にプレゼントを贈ることになっていて、相手がいないシャオチーのような女性は寂しい思いをすることになる。そんな特別な1日なのだそうだ。

シャオチー(リー・ペイユー)は郵便局で働くアラサーで、右隣のかわいい後輩(ヘイ・ジャアジャア)をうらやみつつ、左隣の御局様のようになることを恐れている。しかし、30年の不遇の日々を覆すような幸福が訪れ、ダンス教師(ダンカン・チョウ)の男性と付き合うことになり、バレンタインデーも一緒に過ごすことを約束する。

ところが気がつくとなぜか次の日になっていて、シャオチーは昨日のバレンタインデーのことを覚えていない。しかし、なぜか急に日焼けをしていて、街の写真館ではシャオチーは見覚えのない自分の写真を発見する。なぜバレンタインデーは消えてしまったのか?

(C)MandarinVision Co, Ltd

予想外の展開

『1秒先の彼女』は前半と後半の2部構成になっている。前半はシャオチーの視点から描かれ、後半はグアタイの視点から描かれる。何も知らずに本作を観ると、この展開は予想外だし、ラストでふたりが再会するシーンにはちょっと泣かされることになるだろう。

ふたりは対照的だ。シャオチーは人よりワンテンポ早いのだが、グアタイ(リウ・グァンティン)はワンテンポ遅い。そんな世間とズレたふたりは、それぞれ孤独に生きている。前半は様々な謎が散りばめられ、後半はそんなふたりの関係が明かされ、消えたバレンタインデーの謎が解かれることに……。

※ 以下、ネタバレあり!

(C)MandarinVision Co, Ltd

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消えたバレンタインデーの謎

本作はジャンルからすればファンタジック・コメディといったところだろうか。前半のシャオチーのパートではラジオのDJが部屋の窓から顔を出したり、タンスの中にはヤモリが男の姿となって陣取っていたりもする。そして、後半はさらにファンタジックで摩訶不思議なことが起きることになる。

ふたりの主人公のテンポのズレが重要な要素となる。テンポのズレは次第に積み重なっていき、ワンテンポ遅いグアタイはその時間が貯まり、1日分余計に過ごせることになる。つまりは「時が止まる」のだ。その間、グアタイだけが自由に活動できて、ほかの人は静止したままになってしまう。『フローズン・タイム』という映画があったが、あれと同じだ。

一方でシャオチーは生き急いでいるかのようにワンテンポ早いから、グアタイとは逆に1日を飛び越してしまうことになる。それがまさにバレンタインデーだったというわけだ。

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ツッコミどころも

この設定には色々とツッコミどころがあるだろう。というのも誰もが静止している中で、自分だけが自由に動けるという設定なら、何でもやり放題だからだ。

それでも純情素朴なグアタイがやったことは、ずっとご執心だったシャオチーを秘密の場所に連れていくことだった。シャオチーは動けないし意識もないわけで、事が終わった後は何も覚えていないことになるわけだが、グアタイはシャオチーを連れ回し、海辺でポートレート写真を撮ることになる(この写真はシャオチーが初めて目を閉じずに写ることができた写真となる)。

なぜグアタイがシャオチーにご執心なのかと言えば、グアタイとシャオチーはかつて同級生だったからだ。グアタイは彼が辛い境遇にあった時に、シャオチーに励まされたことをずっと覚えていたのだ。そして、私書箱を通じて手紙のやり取りをしていたのだが、ふたりが縁遠くなる内にシャオチーは忘れてしまっていたのだが、グアタイはずっとをそれを覚えていたのだ。テンポだけではないふたりの感覚の違いが表れているところだろう。

(C)MandarinVision Co, Ltd

優しい目線?

「時が止まる」という設定はなかなかキワドイものがあるし、グアタイがやっていることがストーカーのように見えてしまう部分もある。グアタイがいたおかげで、シャオチーがダンス教師の詐欺にひっかかるのを回避することができたわけだが、受け入れ難いと感じる人もいるのかもしれない。それでもラストにふたりが初めて出会うかのように再会する場面は目頭が熱くなった。

かなりキワドイ設定ながらもラストで感動させられるのは、チェン・ユーシュンの映画が優しさに満ちているからなんじゃないだろうか。デビュー作の『熱帯魚』では成行きで誘拐犯になってしまった男に対して、誘拐された主人公は同情的だったし、『LOVE GO GO』ではモテない面々に対する眼差しがとてもあたたかい。たとえダメな人間だとしても、それを肯定してくれるような優しさが感じられるのだ。

シャオチーはグアタイが私書箱に送り続けていた手紙を読むことで、グアタイの愛を知り、「自分を愛そう、誰かが愛してくれているから」と語る。しかし、前半で独り身だった時も卑屈になっていたわけではない。誰からも注目されていないなどとは思いつつも(SNSにコメントをくれていたのは実は母親だった)、「自分を愛そう、誰も愛してくれない、、、、から」とも語っているのだ。独り身の自分を肯定しているわけだ。

そんなわけだからグアタイの行動がちょっと行き過ぎていたとしても(グアタイ自身も変態チックだと反省してもいるし)、そんなダメな部分をシャオチーは受け入れてくれたということなんだろうと思う。

本作のラストがとても幸福感に満ちているのは、シャオチーを演じたリー・ペイユーの雰囲気が作品全体の雰囲気を決定しているからだろうか。リー・ペイユーは決して美人とは言えないのだが、愛嬌があって周りをほんわかとした気分にさせてくれる(せっかちなちょこまかとして動きもかわいらしい)。

そんなシャオチーが幸せを掴むのを応援したくならないわけがないわけで、ラストのふたりの再会には目頭が熱くなるわけだ。と同時に、顔を見た途端に涙がこらえきれないといった表情になるシャオチーに対し、ワンテンポというかかなり遅れてグアタイが泣きそうになるというユーモアもチェン・ユーシュンらしくて微笑ましい。『LOVE GO GO』の中でも泣きながら笑ってしまうという素晴らしいシーンがあるのだが、本作のラストもそれを思わせるとてもいいシーンだった。

「時が止まる」状況の中に失踪したシャオチーの父親も登場するのだが、その父親も多分テンポが遅い人だったのだろう。世の中には生き急いでいるみたいにせっかちな人もいるし、逆にぼんやりとして過ごしている人もいる。グアタイはぼんやりとしているようで一途にシャオチーのことを想っていたわけだが、シャオチーの父親も何かそういうものがあったのだろうか? 本作ではそこまでは描かれていないわけだが、もう一度観てみたいと思わせる魅力がある作品だったと思う。

ちなみにシャオチーの父親がグアタイに頼んだ“豆花”というのは台湾で人気のスイーツらしい。最近ソフト化された『恋恋豆花』(これはもちろん台湾映画『恋恋風塵』のモジリ)でも、美味しそうな“豆花”が紹介されていた。『恋恋豆花』は、モトーラ世理奈が演じる不機嫌な主人公も、このスイーツではニコニコになるという話だった。

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