『リコリス・ピザ』 “遅れてきた”という感覚

外国映画

製作・脚本・監督は『マグノリア』『ザ・マスター』などのポール・トーマス・アンダーソン

原題の「Licorice Pizza」は、劇中に登場することはないが、1969年から1980年代後半にカリフォルニア州南部で店舗を展開していたレコードチェーン店とのこと。リコリス菓子を無料で振舞う店で、若者たちのたまり場となっていたらしい。

物語

1970年代、ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。
高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は子役として活躍していた。
アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)は将来が見えぬまま、カメラマンアシスタントをしていた。

ゲイリーは、高校の写真撮影のためにカメラマンアシスタントとしてやってきたアラナに一目惚れする。
「君と出会うのは運命なんだよ」

強引なゲイリーの誘いが功を奏し、食事をするふたり。
「僕はショーマン。天職だ」
将来になんの迷いもなく、自信満々のゲイリー。
将来の夢は?何が好き?……ゲイリーの言葉にアラナは「分からない」と力なく答える。
それでも、ふたりの距離は徐々に近づいていく。

(公式サイトより抜粋)

ボーイ・ミーツ・ガール?

本作は一風変わった「ボーイ・ミーツ・ガール」ものと言える。ゲイリー(クーパー・ホフマン)はまだ15歳の子供だからボーイでいいのだが、相手役のアラナ(アラナ・ハイム)はすでに25歳だからガールとは言えない年齢だからだ。アラナは劇中で28歳と言いつつ訂正している場面もあるから、本当は28歳なのかもしれない。そんな歳の差だから、もちろんアラナはゲイリーのことを相手にすることはない。

それでも自信家のゲイリーはあきらめない。ゲイリーは子役として働いていて、大人の世界のことを知っている。だから普通の子供よりはかなりませていて、それなりに色々と経験もあるらしい。ビジネスにも熱心で、劇中ではウォーターベッドを売る会社を起業したりもする野心家でもある。そんなゲイリーは「school picture day」という卒業アルバムの撮影の日に、カメラマンのアシスタントとして学校に来ていたアラナに一目惚れする。

アラナは20代半ばを過ぎても未だに将来が見えていない。自分の仕事もクソだと思っている。それでもゲイリーと出会い、彼の仕事に付き添うなどしているうちに、次第にゲイリーや彼の仲間たちともつるむようになっていく。かといって、たとえば『青い体験』みたいに年上の女性と少年の初体験へと発展するわけでもない(古臭いイメージの映画だが、これも1970年代の作品だった)。ちょっと不思議な関係なのだ。

ゲイリーはアラナにただ純粋に惚れてるのだ(生意気なことに遊ぶ女の子はほかにもいるらしい)。ゲイリーはアラナを追いかけ回し、アラナの周りの大人の男性に嫉妬したりもし、ふたりは接近したり離れたりを繰り返すことになる。そんなふうに中心にあるのはゲイリーとアラナの関係ということになるわけだけれど、それを彩ることになるのは70年代の雰囲気と、業界人たちの姿ということになるだろうか。この業界人たちがみんな一癖あるのだ。

(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

走り出さずにいられない

ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)はすでに70年代を描いた映画を2本撮っている。『ブギーナイツ』『インヒアレント・ヴァイス』だ。『インヒアレント・ヴァイス』トマス・ピンチョンの原作があるから毛色が異なるのかもしれないけれど、『ブギーナイツ』はPTAの地元であるサンフェルナンド・バレーが、ポルノ業界が盛んなところだったからその裏側を描いた作品となったらしい。

とはいえPTAは1970年の生まれだから、70年代のことを詳細に記憶しているとも思えない。多分、大人たちからその時代のことを聞いて、そのことをもとに『ブギーナイツ』を製作したということだろう。『リコリス・ピザ』の業界人のエピソードも大人になってから聞いた話なのだろう。

『リコリス・ピザ』の登場人物は、実在の人物をモデルにして作られているらしい。しかし、アラナのキャラだけは例外で、演じているアラナ・ハイムはサンフェルナンド・バレー出身の3人姉妹バンド「HAIM(ハイム)」のメンバーということで、PTAとは出身地が同じ上に、アラナの母親はPTAの学校の先生だったとか。そんな関係もあり本作への出演となったらしい(アラナの家族たちも劇中に家族役で登場することになる)。

そして、ゲイリー役のクーパー・ホフマンは、『ザ・マスター』などでPTA作品には欠かせない存在でありながら若くして亡くなってしまったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子さんだ。そのゲイリーのモデルはゲイリー・ゴーツマンというハリウッドのプロデューサーとのこと。ジョナサン・デミ作品の製作に関わったという人物らしい。

(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

それからショーン・ペンが演じたジャック・ホールデンというキャラは、『サンセット大通り』『麗しのサブリナ』などのウィリアム・ホールデンがモデルだ。彼は自分の演じた役の台詞を私生活でも使っているらしい。だから、ほかの人は彼が何を言っているのかよくわからない。バーで遭遇した映画監督(トム・ウェイツ)と一緒になって、みんなの前でかつての映画でやったスタントを披露してみたりする。

バーブラ・ストライサンドの恋人だったとされるジョン・ピーターズは、なぜか本名のままとなっているが、これも実在のプロデューサーでバーブラ・ストライサンド主演の『スター誕生』などを製作したらしい。このキャラを演じているのはブラッドリー・クーパーだが、いつもキレているのか、あまり周囲にはいて欲しくないような人物だ。ゲイリー・ゴーツマンが、ジョン・ピーターズにウォーターベッドを売ったというのも事実らしい。そんな危険なピーターズから逃げるために、ガソリンのなくなったトラックでバックのまま坂道を疾走していくシーンはハラハラさせる。

ただ、これらのキャラが実在の人物かどうかなどということは、どうでもいい話でもある。というか、それがわからなくても全然問題ない。70年代のおもしろ人物図鑑として楽しめばいいからだ。本作はそんなキャラクターが蠢く70年代に、ゲイリーとアラナというふたりの主人公が何度も疾走することになる映画だ。

ゲイリーが警察に誤認逮捕された時、アラナがジャック・ホールデンのバイクから降り落された時、そして最後はふたりが夜のサンフェルナンド・バレーで相手のことを探していた時、そんな時ふたりは疾走し、カメラはその姿を横移動で追っていくことになる。気持ちが高ぶると走り出さずにはいられない。そんな感情が溢れ出してくるような作品なのだ。

(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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“遅れてきた”という感覚

先ほどもちょっと触れたけれど、PTAは1970年の生まれだから、70年代はteenagerにもなっていない。ティーンエージャーというのは10代のことを示すのかと思っていたのだけれど、実際に調べてみると、正確には13歳(thirteen years old)から19歳(nineteen years old)までのことを言うらしい。英語表記で“-teen”がつく年齢をティーンエージャーと言うらしい。だから、12歳(twelve years old)以下はティーンエージャーとは言わず、“child”ということになるようだ。

子供の頃の記憶が鮮明にある人もいるのかもしれないけれど、多くの人はそうではないだろう。70年代のPTAは、まだティーンエージャーにも満たないガキだったわけで、本作はやはり周囲の大人からの伝聞をもとにして作ったのだろう。

こんなふうにPTAは自分が実際にはよく知らないであろう70年代を描き、1960年生まれのタランティーノも、同じように自分が“child”の時に起きた事件である“シャロン・テート殺害事件”について『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描くことになった。もしかすると、人は自分が何かしら重大な出来事に間に合わなかったという意識を持つものなのかもしれない。

大江健三郎の小説に『遅れてきた青年』というものがある。私の本棚にもあるのだが、実際に読んだかどうかは忘れてしまった。だから中身については触れないけれど、どうやらこの小説の主人公は戦争(第二次世界大戦)に遅れてきたと感じているらしい。自分が生まれた時、あるいは幼い時に決定的に重要な出来事がすでに終わってしまい、自分は遅れてきた存在だと感じることはあるのかもしれない。

ただし、遅れてきたという感覚は一様なものではないようだ。自分が間に合わなかった時代を羨望憧れを抱いて見つめると同時に、失望落胆もあるのだろう。タランティーノの『ハリウッド』の場合は、その失望が映画を歴史改変の物語にしているし、『インヒアレント・ヴァイス』の場合も、そのタイトルが示すようにアメリカが抱えた「内在する欠陥」というものを描いていて、憧れだけには留まらないものがあったようにも感じられる。

それに対して『ブギーナイツ』や『リコリス・ピザ』はもっと憧れや羨望のほうが際立っているんじゃないだろうか。PTA曰く、もともと『リコリス・ピザ』は、前作の『ファントム・スレッド』がイギリスでの撮影だったこともあり、自分の地元で撮れる作品で、「軽くて、ファニーで、できるだけ早く完成させられるものをやりたい」と感じていたらしい。それだけに肩の力が抜けた感じでとても楽しい映画となっていたと思う。また、デビッド・ボウイやウイングス、ドアーズなどの曲の入り方のタイミングが絶妙だった。

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