『天間荘の三姉妹』 “のん”の説得力

日本映画

原作は髙橋ツトム『天間荘の三姉妹 スカイハイ』

監督は『あずみ』などの北村龍平

主演『さかなのこ』などの“のん”こと能年玲奈

主題歌は玉置浩二feat.絢香の「Beautiful World」。

物語

天界と地上の間にある街、三ツ瀬。美しい海を見下ろす山の上に、老舗旅館「天間荘」がある。切り盛りするのは若女将の天間のぞみ(大島優子)だ。のぞみの妹・かなえ(門脇麦)はイルカのトレーナー。ふたりの母親にして大女将の恵子(寺島しのぶ)は逃げた父親をいまだに恨んでいる。

ある日、小川たまえ(のん)という少女が謎の女性・イズコ(柴咲コウ)に連れられて天間荘にやってきた。たまえはのぞみとかなえの腹違いの妹で、現世では天涯孤独の身。交通事故にあい、臨死状態に陥ったのだった。

イズコはたまえに言う。「天間荘で魂の疲れを癒して、肉体に戻るか、そのまま天界へ旅立つのか決めたらいいわ」。しかし、たまえは天間荘に客として泊まるのではなく、働かせてほしいと申し出る。そもそも三ツ瀬とは何なのか? 天間荘の真の役割とは?

(公式サイトより抜粋)

実はファンタジー?

予告編を観ると日本家屋の中に三姉妹がいて、何となく『海街diary』みたいなイメージを思い浮べてしまう。どちらも海の近くを舞台としているし、末娘だけが母親が違うという状況も同じだ。しかも、この三姉妹の名前は「のぞみ」「かなえ」「たまえ」だという。この三姉妹の名前は欽ちゃんのテレビ番組を観ていた古い世代には懐かしい名前となっているわけで、「欽どこ」みたいなお茶の間ドラマみたいなものを予想していたのだがちょっと違っていたようだ。

映画が始まるとすぐに明らかにされるのは、天間荘という場所が臨死状態にある人の魂がやってくる場所だということだ。ごく普通の老舗旅館に見える天間荘だが、それが存在する三ツ瀬という街自体が「天界と地上の間」にあるというファンタジー作品なのだ。

冒頭、主人公の小川たまえ(のん)がタクシーに乗って天間荘にやってくる。タクシーの中ではイズコ(柴咲コウ)という黒ずくめの女性が、たまえの状況を説明している。たまえは交通事故で臨死状態にある。天間荘にやってきたのはたまえの魂であり、彼女はそこでしばらく時を過ごし、下界の肉体に戻ってやり直すか、天界に行って再生を待つか、どちらかを選ぶことになるのだという。

(C)2022 高橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

『スカイハイ』の番外編

上記のような設定を見ればわかる人にはわかるのだろうが、本作は『スカイハイ』という作品の番外編らしい。髙橋ツトムの漫画『スカイハイ』は、テレビドラマ化されて話題になっていたことだけは覚えている。当時、釈由美子が扮するイズコというキャラクターが「おいきなさい」という決め台詞が流行っていたからだ。

私自身はドラマ版は観ていなかったのだが、『スカイハイ 劇場版』だけは本作のために予習しておいた。もともとの『スカイハイ』の舞台となっていたのは「怨みの門」という場所で、そこには不慮の事故や殺人によって命を落とした者が訪れることになる。

そこにたどり着いた者は、死を受け入れ輪廻して再びきるか、死を受け入れず現世にって彷徨い続けるか、現世の人間を呪い殺して地獄にくか、その三つの選択肢の中から一つを選ぶことになるのだという。「おいきなさい」という台詞は、「生」と「行」と「逝」という三つの意味が込められていたのだ。

一方で『天間荘の三姉妹』の天間荘は、臨死状態にある人がたどり着く場所ということになっている。だから選択肢も下界に戻ってやり直すか、天界へ行って再生を待つかという二つになっている。

ところが、臨死状態にある人がそんなに多いわけではないからか、本作において天間荘に来ている客はたまえも含めても三人しかいない。それでも三ツ瀬という街にはたくさんの人たちが暮らしている。天間荘を取り仕切っている大女将(寺島しのぶ)と若女将ののぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)の三人も臨死状態の人ではないわけで、こうした三ツ瀬の街に暮らしている多くの人たちは一体どういう人たちなのかというのが一つの謎になっているのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2022 高橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

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死を納得させる猶予期間

三ツ瀬は“この世”と“あの世”の間にあるとされる。しかしながら、その様子はこの世の姿とまったく同じだ。これは日本人の死生観みたいなものが反映されているのだろう。この世があって、あの世がある。亡くなった人はあの世に逝くことになるけれど、向こう側であるあの世にもこの世とまったく同じような世界があり、亡くなった人たちはそこで暮らしていくことになる。そんなイメージだ。

三ツ瀬はあの世ではないけれど、一時的な待機場所ということになっている。ここから先はネタバレだけれど、本作は東日本大震災で津波に飲まれた街がモデルとされているのだろう。突然の地震と津波によって唐突に命を奪われることになった多くの人たちは、わけもわからぬままにこの世を去ることになった。

たとえばガンという病によってこの世を去る場合や、老衰によって天寿を全うした場合などと比べれば、こんなふうに突然命を奪われた人は違う状況にあると言える。この世を去るということについて自ら振り返る時間がまったくなかったからだ。

そんな人たちが自分たちが置かれた状況を理解し納得するために、臨時的な処置として用意されたのが三ツ瀬という場所だったのだ(これを用意したのがイズコだったのだろうか)。三ツ瀬は一種のモラトリアムの場所として、慈悲深い誰かが用意してくれた場所ということになる。

亡くなった人たちは三ツ瀬という場所で今までと同じように暮らしている。ただそこには震災を生き延びた人は存在していない。だから亡くなった人たちも三ツ瀬がかつて住んでいた場所と同じ姿をしていても、どこかで変だと感じてもいる。

かなえの彼氏である一馬(高良健吾)はそのことに気づき、いつまでも三ツ瀬にいることはできないと理解し、ひとりで先に天界へと旅立っていくことになる。そして、三ツ瀬の街の多くの人たちも最終的には死を受け入れ、みんなで天界へと旅立っていくことになるのだ。

(C)2022 高橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

たまえの役割

その意味では、たまえのような臨死状態の人たちは例外的な人たちだったということなのかもしれない。天間荘では頑迷な老婦人・財前(三田佳子)や、お騒がせな若者・優那(山谷花純)がたまえと同じような臨死状態の立場にある。財前にしても優那にしても付き合うには厄介な人間だろう。それでもたまえの存在は二人の気持ちを解きほぐすことになる。

たまえは三ツ瀬で姉のかなえがやっていたイルカのトレーナーの仕事を学ぶことになるのだが、イルカには邪心がないとされる。そのことはたまえにもあてはまる。そんなたまえの邪心のなさが、絶望していた二人にもう一度人生をやり直そうという気持ちにさせることになるのだ。

そして、たまえが本作においてどんな役割を担うかと言えば、三ツ瀬で出会った多くの人たち(つまりは津波で亡くなっていった多くの人たち)のメッセージを現世の人たちに伝えることになるのだ。たまえも一時は呆気なく死んでしまうような世の中に対して虚無感を抱いてもいたようだが、生き残った人たちの記憶の中で亡くなった人たちも生き続けるということに納得し、三ツ瀬とこの世のメッセンジャーのような役割を果たすことになるのだ。

その意味で本作は、『スカイハイ』のテーマを受け継ぎながらも、東日本大震災で亡くなった方々からのメッセージを遺族に届けようとするような作品となっている。

(C)2022 高橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

“のん”の説得力

監督の北村龍平『あずみ』のようなアクション映画の監督というのが一般的な評価だろう。私も初期の作品を観た記憶があるのだが、その作品はジョン・ウーからの影響が明らかな映画となっていた(それがどの作品だったかは覚えていないのだけれど)。

その北村監督の『スカイハイ 劇場版』に関しては、原作漫画にどれほど忠実なのかはわからないけれど、北村監督が好みそうな剣劇アクションを取り入れた映画になっていた。これに関しては正直あまり褒められた感じではなかったのでちょっとばかり不安はあったのだが、本作はアクションをすっかり排除した人間ドラマとなっていて、『スカイハイ 劇場版』とはまったくの別ものになっている。

もちろん『天間荘の三姉妹』もツッコミどころはあるだろう。CGはお世辞にも良かったとは言えないし、台詞で説明し過ぎるところもある。それでも狙っている路線が“感動エンタメ”みたいなものだとするならばアリだったんじゃないかと思えた。とりあえずは150分という長尺にも関わらず、観客の興味を持続させつつ楽しませてくれた。

そして、それはのんという女優さんの力がやはり大きかったような気がする。たまえというキャラクターは出会った人の警戒する心を武装解除してしまうような何かを持っている人で、それは彼女に邪心がないからだとされる。そんなキャラクターを演じるのはなかなか大変だと思うのだけれど、のんの空気感はそれに説得力を持たせていた

三田佳子扮する財前は、若女将が対応に苦慮していた扱いにくい女性だが、そんな財前はたまえと接しているうちに「キャラが変わっちゃった」と漏らすことになる。山谷花純が演じた優那も捻くれてグレてしまったような風貌だったのに、たまえと会うことで最後には浄化されたような表情を見せる。のんがたまえを演じたことは、この作品に説得力を持たせる大きな要因になっていたんじゃないだろうか。

本作は怪しげなサングラスで登場する永瀬正敏をはじめとして、脇役やカメオ出演陣も豪華だった。三ツ瀬で暮らしている人たちの中には、柳葉敏郎中村雅俊がいたり、高橋ジョージつのだ☆ひろが顔を出したりする。かなえ役の門脇麦はイルカショーにも挑戦していて、イルカに立ち乗りしながらそのまま舞台へ飛び移るみたいな技まで披露していて、またもや芸達者なところを見せてくれる。

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