『空白』 同じ空を見ている

日本映画

監督・脚本は『ヒメアノ〜ル』や『BLUE/ブルー』などの𠮷田恵輔

企画・製作・エグゼクティブプロデューサーは『新聞記者』などの河村光庸

英語のタイトルは「Intolerance」。

物語

ある日突然、まだ中学生の少女が死んでしまった。スーパーで万引きしようとしたところを店長に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれたというのだ。娘のことなど無関心だった少女の父親は、せめて彼女の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化し、関係する人々全員を追い詰めていく。

(公式サイトより引用)

加害者/被害者/第三者

きっかけとなったのはスーパーでの万引きだ。中学生の添田花音(伊東蒼)は万引きを疑われ、そこから逃走する。店長の青柳(松坂桃李)は彼女を追いかけていく。しかし、店長が花音を捕まえようとした瞬間、それを避けようと花音は車道に飛び出し、車に轢かれることになってしまう。

突然、娘の死を知らされた添田(古田新太)は、トラックに引きずられ無残な姿となった花音を見て慟哭する。そして、添田はモンスターと化して周囲を騒動に巻き込んでいく。学校ではいじめがなかったかと先生を問い詰め、花音を追いかけた店長には自分の娘が万引きなどするわけないと言いがかりをつけることになる。

事件の加害者側になる店長の青柳と、被害者遺族である添田。ふたりの関係は万引き事件とその後の花音の事故死によって、切っても切れない縁となってしまうわけだが、そこにはメディアや世間の噂というものも関わっている。添田が店長のいたずらを疑うのは花音の学校から不確かな情報があったからだし、さらに怒りを注ぐのはワイドショーが店長の発言の一部だけを切り取り悪者に仕立てあげたからだ。

事故について法律で裁かれることになるのは、最初に花音を轢くことになってしまった女性と、次に決定的な死因となったダメージを与えたトラック運転手なのだろう。それでもワイドショーが店長のことを取り上げるのは、万引き犯を追い詰めて殺したという物語が視聴者の興味・関心を煽ることを知っているからだ。

(C)2021「空白」製作委員会

歪んだ正義が胚胎するところ

ワイドショーでそうしたネタが取り上げられるようになると、加害者側の店長はもちろんのこと、被害者遺族である添田までバッシングを受けることになる。添田は古臭いタイプの漁師だ。気が荒くていつも怒鳴りちらしているから、仕事仲間の野木(藤原季節)からも添田が親だったとしたキツいとまで言われてしまう。そして、店長に対して公衆の面前で罵倒する姿がテレビに映し出されると、それを見た視聴者の一部は、最初の原因は万引きにあるにも関わらず盗人猛々しいといった反感から添田の態度を非難するようになるのだ。

その意味では、本作には、事件をネタにネットの向こう側という安全地帯からバッシングを浴びせてくる不特定多数の顔の見えない人物の存在がある。ちなみにこれは前回取り上げた『由宇子の天秤』とも重なる部分だ。『由宇子の天秤』のレビューにおいて、私は「正しさとは何なのか?」がわからなかったと記していたのだが、それはネットでバッシングを繰り返す人が具体像が描かれない顔が見えない存在でもあったからだし、バッシング自体が正しいこととは到底思えなかったからだ。

それに対して『空白』では、歪んだ正義というものが胚胎される素地というものが描かれていたのかもしれないとも感じた。それは万引き事件の起きたスーパーに勤務しているお節介なおばさん草加部(寺島しのぶ)の存在があったからだ。

草加部は善意に満ちたエネルギッシュな人で、スーパーでパートする以外にもボランティアにも積極的に精を出している。草加部は店長が万引き被害に困っているということを知っているから、店長の味方になり彼のことを励ましたり慰めたりと気を使っている。それでもそのお節介はちょっと度を越しているところもある。

ボランティアの仲間にも草加部のそうした態度は現われている。ボランティアはあくまで人のためになりたいという気持ちが重要だからなどと言いつつ、気の弱くてどんくさいボランティア仲間にそれをやんわりと強制しているのだ。自分のやっていることは正しいことだからという意識が、それを人にも強制することになってしまうのだ。

もちろん草加部のやっているお節介と、ネットでのバッシングにはまだまだ距離があるだろう。それでもどこかでつながる部分も感じられる。かつてはテレビの前の愚痴として消費されていたものが、今では自らネットにそれを書き込むことができるようになり、世間的にも誰かに罰を加えようという意識が一気に醸成されるようになっていく。草加部がやっていることは善意の押し売りだが、ネットで他人をバッシングしている人も自分なりの正義感から義憤に駆られている人もいるのだろう(当然ながら面白半分という場合もあるのだろうが)。

さらに草加部の善意は純粋な善意というよりも、他人からの承認欲求や、店長への好意から来ていることも本作では描かれている。こうした善意のいやらしさは、安全地帯に隠れて正義漢ぶるネットバッシングにも通じていることなんじゃないだろうか。

(C)2021「空白」製作委員会

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希望の光?

本作はネット社会の不寛容を描きつつも、それだけで終わらずバッシングを受けた店長や添田にも希望を感じさせるところが泣かせどころとなっている。

そもそも離婚して一人で花音を育てていたのは添田の粗暴な態度が原因なんだろうし、それが花音を積極的に前に出ないような内気な子にしてしまったきらいもある。その意味ではすべての原因は添田にあるとすら言える。そんな添田が改心することなどあり得ないことだと思えたのだが、本作ではあることがきっかけとなって添田は少しずつ変わっていくことになる。

添田のモンスターぶりはストーカーとなって店長を追い詰めると共に、最初に花音を轢いてしまった女性ドライバー(野村麻純)をも追い詰めることになる。というのも、添田は度々謝罪に訪れた彼女を無視し続けたからだ。そして、店長が自殺を図ったのと同じ頃、彼女も自殺してしまうのだ(店長は草加部のお節介によって助かるのだが)。

その報告を受けた添田は、それが自分のせいだと感じたのか彼女の葬式に出向くことになる。そして、添田の前に現われた母親(片岡礼子)に対して身構え、「絶対、謝らねえからな」と先に牽制する。添田は当然ながら恨みつらみをぶつけられると思っていたのだろう。しかし、その母親は負の連鎖を断ち切るように、自分の育て方が悪かったと謝罪するのだ。弱い娘を赦してやってくださいと。これに対して添田は返す言葉がない。

添田は被害者遺族だから怒って当然だと思っていたのかもしれないのだが、自分が加害者のような立場に置かれることとなり、今度は逆に罵倒される側になるはずが、その母親の態度はまったく予想外だったのだろう。それによって自分の愚かさを身に染みて感じたのかもしれない。

(C)2021「空白」製作委員会

同じ空を見ている

“空白”というタイトルは何を示しているのだろうか? 観る人によって色々な意味に取れそうなタイトルだと言える。添田にとっては、知っているつもりになっていた花音についての空白の部分なのだろう。別れた元妻(田畑智子)に指摘され、添田は初めて花音のことを何も知らないと気づくのだ。一緒に暮らしていたにも関わらず、花音にまるで関心を払ってなかったからこその空白だ。

それから添田はその空白部分を埋めるために自分なりに花音のことを知ろうと努力する。三匹のイルカのような雲が浮かぶ絵は、神様からの贈り物のようにも感じられた。父と娘はほとんど会話も交わすこともない関係だったけれど、同じ時に同じ空を見ていたことが明らかになるのだ。それはふたりにとってどんなふうに印象深い風景だったのだろうか。涙なしには観られないシーンだったと思う。

(C)2021「空白」製作委員会

添田はスーパーを閉店し交通誘導のバイトをしていた店長と再会する。店長は添田に対する後ろめたさからか、半ば反射的に土下座をするのだが、添田はもう店長を責める気はないようだ。そして、今はまだそんな気持ちになれないけど、そのうち謝罪できるようになるかもしれないと打ち明ける。それでも添田は花音が隠していた盗品と思しきマニキュアをこっそり捨てたことは黙ったままだし、一方の店長も添田に事故の再現させられた時、自分の都合のいい解釈をして誤魔化したりもしている。多分、すべてがキレイに片付くわけではないということだろう。

そんな添田が最後にポロリと漏らすのが、「どうやって折り合いをつけるんだろうな」という言葉だ。これは吉田監督が震災に関するドキュメンタリーで聞いた言葉なんだとか。天災にしても不慮の事故にしても、それに遭遇したことは不運だが、それでも折り合いをつけて生きていくしかない。それはわかっていても、どうすべきなのかの答えがあるわけでもない。だから問わず語りにそんなふうに漏らすしかないのだろう。

監督の𠮷田恵輔『BLUE/ブルー』が公開された時のインタビューで、冗談めかしながらも次の作品は一切笑いがない作品となり、そこで巨匠の仲間入りをするなどと語っていた。英語のタイトルが「Intolerance」となっているのは、ネット社会の不寛容を意味しているわけだが、サイレント時代の大作『イントレランス』(D・W・グリフィス監督)を思い出させるわけで、その心意気はまんざら冗談でもなかったのかもしれない。実際に前作の『BLUE/ブルー』も素晴らしかったし、本作もそれに負けていない。『犬猿』の時にも書いたことだけれど、𠮷田恵輔作品にはまったくハズレがない。

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