『猿楽町で会いましょう』 「したいこと」と「したくないこと」

日本映画

本作は第2回未完成映画予告編大賞MI-CANでグランプリを獲得した作品の本編ということになるらしい。通常ならば完成した本編からダイジェストで予告編を作ることになるわけだが、このコンテストでは実際には存在しない映画の予告編を製作し、その予告編の出来如何によって本編製作への道がひらけるということらしい。

監督・脚本は、林海象監督に師事し、CMディレクターなどをしていたという児山隆

英題は「colorless」。

物語

小山田修司(金子大地)は、フォトスタジオアシスタントから独立した、駆け出しのカメラマン。売り込みに行った雑誌編集者の嵩村秋彦(前野健太)には、「作品にパッションを感じない。ちゃんと人を好きになったことがある?」と厳しく意見される。仕事の代わりに嵩村に紹介されたのは、インスタグラム用の写真を撮影してくれるカメラマンを探していた、読者モデルの田中ユカ(石川瑠華)だった。

渋谷でユカと待ち合わせた小山田は、作り笑顔のユカを何気ない会話でリラックスさせながら撮影してゆく。ユカに彼氏がいないと知った小山田は、写真チェックを口実に彼女を猿楽町のアパートに誘う。なにもしない約束でユカを泊めるが、強引に迫って彼女に泣かれてしまった。目を覚ました時にはユカの姿はなく、小山田の撮った写真だけはしっかりとユカのインスタグラムにアップされていた。

(公式サイトより抜粋)

求めていたミューズ?

冒頭に登場するのはカメラマンの小山田(金子大地)で、彼は編集者の嵩村秋彦(前野健太)から「作品にパッションを感じない。ちゃんと人を好きになったことがある?」と指摘される。それは図星のところもあったようで、小山田は自分の撮りたいものが何なのか未だにわからないでいるようだ。そんな小山田の前に現れたのが田中ユカ(石川瑠華)で、小山田が撮ったユカの写真は評判がよく、彼女が大事な存在になっていく。

その時撮った写真でコンテストに応募したところ、それが評価され、賞を獲得することになる。小山田にとって田中ユカは被写体として大いに刺激を与えてくれるミューズとなるのだ。もっと彼女のことを知りたくて小山田は彼女に告白し、ふたりは付き合うことになる。彼女を撮ることが小山田にとってのパッションになっていくのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2019 オフィスクレッシェンド

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“転”

本作はchapter2に入ると時間を遡り、小山田のミューズたるユカの真の姿を明らかにする。chapter1ではユカは小山田と付き合うことになっても一定の距離感を持ち、どこか秘密を抱えているようにも見えるのだが、chapter2で視点が変わり、ユカの過去が暴かれることになると、観客としては唖然とすることになる。そこで明らかとなるのは、ユカがとんでもなく浅はかで嘘ばかりの女性ということだからだ。

ユカがchapter1で語る印象的な台詞は、すべてが誰かからの受け売りだし、読者モデルなどと虚勢を張ってはいても実際には売れているわけでもなく、性風俗まがいのマッサージ店で働いて金を稼いでいるというあり様なのだ。しかも小山田には「彼氏はいない」と言いつつも、実は元カレ(柳俊太郎)の家に半同棲のような状態になっていて、ユカは嘘をついて小山田と付き合っていたのだ(これに関しては何とか言い逃れることになるのだが)。

(C)2019 オフィスクレッシェンド

何を描いた作品?

『猿楽町で会いましょう』を観た客の多くは、ユカというビッチに不快な気持ちになるのかもしれない。小山田とのその後を描くchapter3では、ユカは浮気の証拠を突き付けられて絶体絶命な状況にありながらも、最後まで自分の嘘を認めることはないからだ。

本作はユカを演じた石川瑠華のヌードも辞さない体当たりの好演もあって、ユカに小山田が翻弄されたように、観客もユカに騙されることになるだろう。カメラマンが主人公だった『浅田家!』でも、主人公のカメラマンは被写体のことが理解できるまで写真を撮らないとされていた。

もしかすると小山田もユカがファインダーの向こう側でとてもいい表情を見せてくれるのは、そこにふたりの関係性が写っているからだと考えていたのかもしれない。それほどユカはいい表情を見せてくれるわけだが、後から振り返ってみれば、そんな表情もすべて単なる仕事上のもので、そこに何かを見出すのは小山田の勘違いだったということになるのだろう。

chapter1の視点人物たる小山田に感情移入していた観客も、chapter2でユカの本性が明らかにされるとイヤな気持ちになるだろう。そういう狙いの映画があったとしてもおかしくないわけだし、そんな映画を目指していたとしたら成功しているとも言えるだろう。しかし、製作陣の本当の意図を考えてみたとしたらどうなるだろうか?

(C)2019 オフィスクレッシェンド

「したいこと」と「したくないこと」

本作においてユカと対照的な人物として描かれているのは、モデル仲間の大島久子(小西桜子)かもしれない。久子はモデルの学校でユカと知り合り、ユカを風俗まがいの店に誘う。それはその紹介料が自分の懐に入るためだったようだし、久子は成功のためには他人を蹴落とすことなど気にしていない。

一方でユカはと言えば、自分が積極的に動くというよりは、他人に流されてばかりいる。上京してきた時に声をかけられた元カレとの関係もそうだし、風俗へと足を踏み入れるのも久子の誘いがあったからだし、その風俗店では編集者の嵩村の性的な誘いにノリ、それが小山田との関係につながることになる。ユカはバイト先では「自分にはやりたいことがあるから」などと店長に宣言して胡散臭く思われているのだが、その実、人に流されるばかりで自分のやりたいこと(=パッション)を見出せているとは言い難いのだ。

久子との関係では、ネット上に久子の悪口を書いたことに関して問い詰められても言い返すほどの強さもないし、その場でコーヒーを頭からかけられてもユカは反撃することもできずに逃げ帰ってしまう。それというのもユカにはモデルの仕事が本当にやりたいものだとは思えていないからなのだろう。それに対して久子は、人を押しのけてでもやるという強い意志を持っているのだ。本作の英題は「colorless」だが、久子はすでに自分のカラーを持っている女性だが、ユカは未だ自分のカラーが見出せていない状態なのだろう。

しかし、久子のような人のほうが例外的な存在なんじゃないだろうか。冒頭でパッション云々と語っていた編集者の嵩村が、実際にパッションを感じさせる人ではなかったように、明確なやりたいことなどを見出せている人のほうが少ないのだろう。

ラストでは、ユカはインタビューを模したCM撮影の中で「あなたはどんな人ですか」と問われると、それに答えることができない。青年期には「アイデンティティの獲得」といったことが問題とされたりもするわけだけれど、実際に「確固たる自分」を確立している人がいるのかは謎だし、自分のことを明確に定義できて、自分のやりたいことも理解しているなんて人はかえって珍しいだろう。

ユカはそんなフワフワした生き方をしていたからこそ、あちこちで嘘をつくことになってしまい、傍から見るとビッチに見えてしまうというのが本作なんだろうと思う。それでもビッチに見えてしまうユカを断罪しようという映画ではないのだ。

本作においてユカが心底感情を露わにしたのは、風俗店でバイト先の男(大窪人衛)に襲われた時と、小山田から難詰を受けた時だけだろう。つまりは自分がしたいことはよくわからないけれど、自分がしたくないことは明確にわかっているということなのだ。それだけに自分のやりたいこと(=パッション)を見出すことはなかなか難しいことでもあるのだ。

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