『春画先生』 アレがやりたかったのね

日本映画

脚本・監督は『麻希のいる世界』などの塩田明彦

主演は『きのう何食べた?』などの内野聖陽

物語

“春画先生”と呼ばれる変わり者で有名な研究者・芳賀一郎は、妻に先立たれ世捨て人のように、一人研究に没頭していた。退屈な日々を過ごしていた春野弓子は、芳賀から春画鑑賞を学び、その奥深い魅力に心を奪われ芳賀に恋心を抱いていく。やがて芳賀が執筆する「春画大全」を早く完成させようと躍起になる編集者・辻村や、芳賀の亡き妻の姉・一葉の登場で大きな波乱が巻き起こる。それは弓子の“覚醒”のはじまりだった。

(公式サイトより抜粋)

春画とは何か?

春画は今の人から見れば、いかがわしい性的な交わりを描いた禁制品ということになるのかもしれないけれど、実際にそれらが流通していた江戸時代にはまったく違ったものとして受け取られていたらしい。

劇中で“春画先生”こと芳賀一郎(内野聖陽)が「春画とワインの夕べ」という集まりで演説をしていたように、春画は“笑い絵”などとも呼ばれていたのだ。ひとりで楽しむのはもちろんのこと、致す前の男女が使用したり、あるいは家族が笑いながら楽しむものだったというのだ。

『春画先生』は、映画では初めて無修正で春画が引用された作品ということで、劇中には男女の交わりの絵がいくつも登場する。中には局部をあからさまに描いたものもあったりして、それを家族で笑いながらというのはにわかには信じがたいのだけれど、江戸時代にはそんな“おおらかさ”があったらしい。西洋文化の影響もあって、そうした日本の美点(?)は失われてしまったのだ。

主人公とも言える弓子(北香那)はこれから先、自分の人生にはおもしろいことなど何も起こらないだろうという日々を送っていた。ところがそんな退屈な日々を揺り動かす出来事が起きる。勤務先の喫茶店で客の男性から「春画を勉強してみないか」と誘われたのだ。

同僚の話によればその男は“春画先生”と呼ばれる変わり者で、「気をつけたほうがいい」と注意を受けることになる。弓子も最初は春画先生の誘いに乗るつもりもなかったのだが、次の日、気づいてみるともらった名刺の住所を訪ねている自分を発見することになる。そんなふうにして弓子は奇妙な春画の世界に足を踏み入れることになる。

(C)2023「春画先生」製作委員会

春画の芸術論

芳賀は一応は真っ当な研究者らしい。芳賀は弓子に春画を見せ、その鑑賞の仕方などを指南する。春画にはいかがわしい部分もあるけれど、そこばかりに目が行くとかえって見えなくなるものがある。男女の交わり以外の部分にも目をやれば、その時代の様々な風景が見えてくる。芳賀は大学教授らしく真っ当な芸術論を展開し、弓子もそれを興味津々と楽しむことになるのだ。

芳賀はただの変わり者ではない物知りでもあり、様々なうんちくを聞かせてくれる。いわゆる「四十八手」は性行為の体位の種類を表したものだが、芳賀によれば、もともとは法蔵菩薩の「四十八願」をありがたがった庶民がそれを変形したものだとか。

もっとも、ネットを調べてもそんな説は珍しいみたいだから、どこまで芳賀のうんちくを信じていいのかはわからないのだけれど……。

(C)2023「春画先生」製作委員会

セクハラまがい?

研究とはいえ喫茶店で堂々と春画を鑑賞してしまう芳賀も、今ならセクハラ騒ぎになってすぐに表舞台から去ることになるような人物なのだが、本作にはもっと時代錯誤なキャラクターがいる。

それが辻村(柄本佑)という芳賀が執筆している本の編集者だ。辻村は芳賀のお気に入りとなった弓子に馴れ馴れしく、挨拶代わりにお尻を触ってみたりする男だ。こんな風景は昭和の時代ならまだしも最近は即アウトになるような振る舞いだろう。

春画を題材としつつも、芳賀の振る舞いは意外にも紳士然としているから、本作は変わり者研究者とその弟子となった弓子のほのぼのしたコメディとして展開していく。ところがこの辻村の登場でそれは急にあやしくなってくるのだ。

(C)2023「春画先生」製作委員会

完全にアウト

辻村は弓子とバーで飲みながら芳賀の逸話などで喧喧囂囂とやり合うことになるのだが、それらがしばらく続いた次のカットではいきなり弓子がベッドで男の上に股がっているシーンへと展開する。

あまりの急展開なのだが、あとになってそれは辻村だったことが明らかになる。辻村曰く、芳賀には女を“その気”にさせてしまう何かがあるのだという。芳賀の周りにいる女性の多くがそんなことになり、それに手をつけてしまうのが辻村ということになる。

このことは芳賀も了解していて、今までも辻村はそんな女をたくさん抱いてきたらしい。ただ、辻村曰く、弓子は今までの女性とは違うのだという。なぜか芳賀にとって弓子は特別の存在で、その証拠に芳賀は行為中の声を聞きたがったらしい。昨日の夜の行為は、辻村の盗聴行為によって、すべて芳賀に聞かれていたのだという。

これまた完全なアウトだ。コンプライアンス云々に目くじらを立てる昨今からすればあり得ない行為だからだ。

それでも辻村は変な理屈で弓子を丸め込んでしまう。芳賀は奥さんを亡くしてすでに7年も経つが、未だに女断ちをしている。そんな先生が弓子のあの時の声を聞きたいというのだから、そのくらいいいじゃないのかというのだ。弓子も弓子でなぜかしぶしぶそれを受け入れることになる。

時代に逆行するような映画だろう。わざわざ今こんな作品をやろうという意図が謎めいても感じられたのだが、ある人の登場によって、なるほど「アレがやりたかったのね、久しぶりに」と謎が氷解したような気がした。

  ※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2023「春画先生」製作委員会

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アレ?

それが安達祐実演じる一葉だ。一葉は芳賀の元妻の双子の妹だ。そんな一葉が芳賀に取り引きを仕掛けてくる。芳賀が探していたレアもの春画が欲しければ、弓子を好きにさせろというのだ。

弓子はその相手を知らないわけで、これは芳賀のために好色な誰かに「カラダを売れ」という意味合いになる。しかし弓子はどうにも芳賀のことが好きになってしまったらしく、その取り引きに応じることになる。

そして、弓子が連れていかれた場所で行われるのが、女王様然とした風貌で現れた一葉と弓子とのSMプレーなのだ。最初は意味不明だったのだが、その後に芳賀もそれに加わることになって何となくわかってくる。芳賀は覚醒した弓子からの罵倒に歓喜することになるのだ。

最近の塩田明彦では『さよならくちびる』が特に印象深くて忘れていたのだが、『月光の囁き』の監督でもあるのだ。塩田明彦は「久しぶりに谷崎がやりたかった」のだ。

『月光の囁き』は谷崎潤一郎的マゾヒズムを描いた作品だった。本作でも最後には、芳賀は亡くなった奥さんの代わりのサディストを求めていたということが明らかになる。芳賀はマゾヒストだったのだ。

芳賀が弓子の怒った顔が好きだと言っていたのは、そんなところに弓子のサディストとしての素質を認めていたということだったのだ。

本作では一葉が弓子にお小水を飲ませるシーンがあるけれど、弓子はそれをごくごくと飲み干すことになる。これは安達祐実のお小水が美味しかったというわけではなく、実はワインとビールの混合物だったからだ。

谷崎にも同じようなネタがあったはず。どの小説だったかは忘れたけれど、男が崇拝する女性のう◯こを食べるというもので、それがとてもかぐわしくて美味しかったというのだ。これは女性のほうがやり手で、先回りしてそんなう〇こみたいな食べ物を仕込んでいたというのがオチなのだが、やっていることはまさに変態だろう。

本作が時代に逆行するような“おおらかさ”があったとしたら、それは谷崎のそれなのだろう。本作が時代に逆行しているように見えたのは、そんなおおらかな変態としては世間の目くじらなんか気にしてはいられないということだったのだろう。

追記(10/28):気になって調べてみると、『少将滋幹の母』にあるエピソードだったようだ。しかし、このう〇こエピソードは『今昔物語』などにも出ている由緒正しい(?)話だったようだ。

タイトルロールの内野聖陽の変人ぶりも女王様風の安達祐実もよかったし、柄本佑のブルーのパンツも強烈だった。それでもやはり弓子を演じた北香那を見せる映画になっていたんじゃないだろうか。

予告編なんかを観るとそれほど目立つ存在には見えないのだが、本編は北香那を魅力的に前面に押し出している。

家政婦の代わりに和装になってみたり、フォーマルなドレス姿もあるし、春画先生が惚れた怒った表情も麗しかった。無から有を生み出す春画の肌の白さという春画先生のうんちくも印象的だが、北香那の裸の肌の白さも強調されてとても美しく撮られていたと思う。

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