『おらおらでひとりいぐも』 自由でやりたい放題

日本映画

原作は芥川賞作家・若竹千佐子の同名小説。

監督・脚本は『南極料理人』『横道世之介』などの沖田修一

主演の田中裕子にとっては15年ぶりの主演作とのこと。

75歳の日常を描く

主人公の桃子さん(田中裕子)は夫に先立たれて独り身。本作はそんな75歳のおばあさんの日常を描く。特段の物語などない。桃子さんの行動範囲は狭い。図書館と病院に通う以外は、ほとんどが家の居間でポツンと座っている。

さぞかし退屈な毎日かと思うのだが、そんなことはない。というのは、桃子さんにはほかの人には見えない三人衆がついているから。濱田岳青木崇高宮藤官九郎が演じる三人衆は桃子さんに「おらだばおめだ(私はあなただよ)」と語る。自分の分身が三人衆の形になって出てきているのだ。

この三人衆が一体何者なのかは、エンドロールになってようやく判明する(予告編でも示されてはいるのだが)。三人は「寂しさ1」「寂しさ2」「寂しさ3」と名付けられている。桃子さんは実は独り身の生活が寂しくて、脳内の自分の分身と対話するようになってしまったということらしいのだ。

(C)2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

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寂しさで賑やか

エンドロールで流れる主題歌の歌詞は、沖田修一監督が書いたとのこと。

おらは ひとり

今日も ひとり

でも おら 寂しくないのよ

だってこの家は

寂しさで 賑やかだ

おおぜいのおらで 賑やかだ

この「寂しさで 賑やかだ」というフレーズを映像化したのが、男性三人が演じる「寂しさ」と桃子さんとの愉快なやりとりということになる。さらに朝には六角精児演じる「どうせ」というキャラも登場する。「どうせ起きても仕方ない。毎日同じ1日だし、寝てたほうがマシだ」。そんなことを言い出す「どうせ」というキャラも桃子さんの分身なのだ。

最初は三人衆が『ブルーアワーにぶっ飛ばす』のようなイマジナリー・フレンドなのかと思っていたのだが、『インサイド・ヘッド』のような自分の中の感情がキャラになっているのだ。孤独な脳内対話があんな賑やかなシーンになっているのが何ともおもしろい。

本作のタイトルは宮沢賢治の詩から採られている。もともとの意味合いは賢治の妹が「ひとりで死んでいく」ことの決意を示した言葉だったのだが、本作においてはもっと明るくて前向きに「ひとりで生きていく」ことを示す言葉となっている。

(C)2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

人生を振り返る

桃子さんは暇にまかせて何をするかと言えば、地球の誕生やマンモスの生態に関して思いを巡らしたりもするわけだが、自らのこれまでの人生を振り返ってみたりもする。

桃子さん(若い頃を演じるのは蒼井優)はかつて64年に東京オリンピックが行われた時、お見合いをすっぽかして勝手に東京へ出てきてしまった経歴の持ち主。自分は親の決めた道を行くような古臭い女ではない。もっと自由な新しい女性なのだ。そんな思い込みが桃子さんに大胆な行動をさせたのだ。

そして、ソバ屋や居酒屋で働くうちに出会ったのが、旦那の周造(東出昌大『スパイの妻』とは異なり、にこやかで真っ直ぐな男性を演じている)だ。都会の女に憧れる桃子さんだが、東北の言葉を懐かしむ。居酒屋の同僚(三浦透子)もそうだし、周造も東北弁だ。何だかんだで都会の中で東北弁を探してしまうのだ。

そんな屈折したところが桃子さんにはあるのかもしれない。周造はいい旦那で、今では周造がそばにいないことが寂しいのだが、ひとりになったことが解放にも思えると語ってみたり、愛より自由と自立が大事だと宣言してみたりもする。実際にそういう気持ちもないわけではないのだろうが、それは本当は強がりの部分もあるのだ。そうでなければ「寂しさ」を三人も抱えることにはならないだろう。

(C)2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

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自由でやりたい放題な作品

現在の桃子さんの普段の会話は東京弁だけれど、脳内の会話は東北弁になる。実はこの脳内会話の部分では、桃子さんを演じる田中裕子は口を開かない。それでも脳内では東北弁によって「寂しさ」たちと会話をしているわけで、その声は昭和時代の桃子さんを演じる蒼井優が吹き込んでいるらしい。

ひとりの登場人物を複数の役者が演じることは珍しくはない。若い頃と年老いてからを別人が演じるのはごく普通のことだが、中にはブニュエルの『欲望のあいまいな対象』のように、まったく別の役者が同じ登場人物の別の側面を演じ分けるという珍しいアプローチもある。

本作では桃子さんの若い頃と現在の姿をふたりの女優が演じるわけだが、さらに「寂しさ」や「どうせ」など男優陣が演じるキャラも含めると、多くの役者が寄ってたかって桃子さんを演じるという形になっているのだ。かなり自由でやりたい放題の作品となっているのだ。

冒頭のエピソードにも驚かされる。『ツリー・オブ・ライフ』『ボヤージュ・オブ・タイム』テレンス・マリック風に地球誕生46億年の歴史が描かれるからだ。劇場を間違ってしまったんじゃないかと心配するほどこのアニメは続くのだが、それが終わると畳の部屋にポツンとした桃子さんが現れる。

そんな孤独で静かな桃子さんの日常は、脳内の「寂しさ」たちの登場によってジャズ・セッションへと移行してみたり、唐突なカラオケ・リサイタルになったりもする。ほとんど脈絡もない桃子さんの妄想だけで137分を持たせてしまうという何とも挑戦的な作品だったと思う。

主演の田中裕子で一番印象に残っているのは艶っぽい娼婦を演じた『天城越え』だが、どことなく捉えどころがないような気もするけれど、不思議に魅力がある女優さんというイメージ。調べてみると昔はサントリー・ウイスキーのCMに登場していたとのことで、今ではその枠で吉高由里子が活躍しているわけだが、どことなくイメージは重なるような気もした。捉えどころがない感じが……。

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