『メランコリック』 説教される東大卒の悲哀?

日本映画

昨年8月に劇場公開された作品で、今年4月に入ってソフト化されたもの。

東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で監督賞を受賞した作品。

本作を製作したのは、One Gooseという映画製作ユニット。監督・脚本・編集を担当するのはアメリカで映画を学んできた田中征爾で、主人公・和彦を演じた皆川暢二はプロデューサーの仕事をし、松本役の磯崎義知はタクティカル・アーツ・ディレクター(護身術みたいなものらしい)として劇中のアクションシーンの構成・演出を担当したとのこと。

物語

東大卒の冴えない男・和彦(皆川暢二)は、いい歳なのに実家暮らしで、たまにバイトをする生活を送っている。ある日、近くの銭湯で高校時代の同級生・百合(吉田芽吹)と再会した和彦は、彼女と会いたいがために、その銭湯でハイトをすることに……。

しかし、その銭湯には裏の顔があり、銭湯の営業が終わった夜中に、別の仕事をする場所となっていた。その風呂場は「人を殺す場所」として貸し出されていたのだ。

サスペンス? コメディ?

銭湯が「人を殺す場所」として使用されるというのはあり得ない設定だろう。ただ、本作は裏稼業を描く緊迫感があるサスペンスというよりも、ちょっとユルい感じのコメディとも言える作品で、何となくその設定のユルさ加減も許せてしまうような気がした。

『湯を沸かすほどの熱い愛』にもあったように、銭湯のボイラー設備は死体の処理にも役立つかもしれないし、風呂場には水もふんだんにあるわけで、血を洗い流すのにはうってつけとも言えるからだ。本作の主人公・和彦は、銭湯の従業員として働くつもりが、夜の仕事のほうも目撃しまったことで裏の稼業のほうにも巻き込まれていくことになる。

(C)One Goose

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のん気な登場人物たち

本作が裏稼業の仕事を描きつつも、コメディとして成立するのは、主人公となる和彦やその周囲のキャラが、それらとは無縁のまったく弛緩した人物だからかもしれない。

そもそも和彦の置かれた状況なら、普通の親ならもどかしい思いを抱くはずだ。和彦は東大卒でありながら、すでに30歳になるというのに真っ当な仕事に就いていないからだ。ニート状態でいることに対して小言のひとつでも言いそうなものだが、和彦の両親はのんびりとしたものだ。

夕食の席で銭湯でのバイトを始めたことを告げる和彦に対しても、両親はそれに異を唱えることもなく、父親は夕飯が美味しいと母親を持ち上げたりしている。そののん気さ加減はかなり浮世離れしているのだ。

さらに和彦は裏稼業の仕事で得た特別手当で百合をデートに誘い、初めて経験する「この世の春」を謳歌しているというわけで、和彦自身もかなりののん気さなのだ。

(C)One Goose

東大卒の役立たずと金髪チャラ男

そんな和彦を説教するのが、同時期にバイトとして雇われた松本(磯崎義知)という金髪のチャラい男なのがおもしろいところ。実は松本は銭湯の裏の仕事のためにやってきた殺し屋なのだ。和彦がヤバい仕事に首を突っ込んでいるにも関わらず、あまりに無防備なのを見て、松本がたしなめることになるのだ。

本作のタイトルが「メランコリック」なのは、東大卒にも関わらず何の役にも立たない和彦の心情を示しているのかもしれないのだが、本作はそのタイトルに似合わずなぜか愉快なものすら感じてしまう。

最初はまったく相容れないように見えたふたりが、なぜか次第に相棒のようになっていくあたりが微笑ましいからだろうか。ふたりはその銭湯にとっての元凶となっているヤクザ者を殺すことを決心するのだが、その後の居酒屋での会話がいい。

和彦が殺し屋稼業ばかりで楽しそうに見えない松本に「趣味とかあるの?」とツッコむと、松本は「楽しみがなかったら生きていけないんですか」と反論し、逆に松本が「東大卒なのに何でこんなことやってるんですか?」と訊くと、和彦はキレぎみに「いい会社入って幸せにならなきゃいけないのか」と返す。それでも反論した和彦自身が「幸せにはなりたいけどね」とつぶやいてしまうあたりが何ともおかしい。どう見ても釣り合わないように見えるふたりが、妙にいいコンビになっているからだ。

(C)One Goose

本作は唐突に登場した新人監督による作品ということもあって『カメラを止めるな!』と比べられることも多いようだ。ただ、作品の中身はまったく異なる。『カメラを止めるな!』はよく言えば計算された作品なわけだが、すべての要素がつながっていくラストは悪く言えばあざとさみたいなものを感じてしまう部分もあるかもしれない。

一方で『メランコリック』は登場するキャラと同じで、作品自体の設定もユルい。東大卒というキャラながら、その学力を発揮する機会が一切ないという主人公の設定もそうだし、冴えない和彦になぜ興味を抱いたのかよくわからない百合(吉田芽吹の笑顔がいい)に関しても、特段説明がなされることもない。でも、そのおおらかな感じがちょっと気の抜けた楽しさにもつながっているような気もして好感が持てた。

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