『“隠れビッチ”やってました。』 ギャップが大事

日本映画

原作はイラストレーターのあらいぴろよの同名コミック。

監督・脚本は『旅猫リポート』などの三木康一郎

物語

26歳独身の荒井ひろみ(佐久間由衣)の特技は異性にモテること。見た目は清純風で、どこか隙がある感じを装う。目的は餌食となる男性をおびき寄せ、相手に「好きです」と告白させるため。けれど、そこまで行けばゲームは終了。ひろみにとっては、チヤホヤされることで自信がチャージされればオッケーということらしいのだが……。

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“隠れビッチ”とは?

“隠れビッチ”のひろみは外面そとづらと普段のギャップが著しい。男性を虜にするときの繕い笑顔は麗しいのだが、シェアハウスに帰れば酷くガサツで女性らしさに欠ける。

告白させた男性には鼻をホジホジしつつお断りの電話を入れ、その後は自分の承認欲求を満たしたことを自慢げに同居人たちに触れて回り祝杯を挙げる。すべてが計算ずくのことだけに、男性にとっては最悪の敵になるだろうし、女性にとっても共感できるわけがない。

もともと“隠れビッチ”のあだ名は同居人の木村彩(大後寿々花)から頂戴したもの。“ビッチ”とは「性に奔放」な女性というイメージがあるけれど、本来は「嫌な女」のことを意味するとのこと。

なぜ「嫌な女」なのかと言えば、「性を駆使して欲望を満たす」から。ではなぜひろみが“隠れビッチ”なのかと言えば、外見上は清純派のフリをしつつも、中身は「チヤホヤされるのが生き甲斐なクズな女」だからということになる。

ただ、ひろみからすれば、彩のほうが「ヤリマンのブス」ということになる。ひろみは肉体関係はいつも拒否しているからだ。彩は恋愛は面倒だからと気軽に肉体関係を持つような友人ばかり。それでいてそんな関係から真実の愛が生まれるとでも勘違いしているのか、後になって自己嫌悪に陥ったりもしている。男の気持ちを弄びつつも身体の貞操だけは守るひろみと対照的でもある。

そんなふたりだからけんかになることもしばしばで、そこに割って入るのがもうひとりの同居人のコジ(村上虹郎)。ゲイのコジは一番真っ当に状況を把握していて、ふたりに「男に逃げるのをやめなさい」などと真面目に説教をしたりもする。

(C)「“隠れビッチ”やってました。」フィルムパートナーズ/光文社

餌食となる男性たち

本作の公式ホームページを見ていてようやく気付いたのだが、ひろみの餌食となる男性の名前にはある共通点がある。

「一途なバツイチ系」川田利光、「IT企業勤務の肉食系」永田裕志、「包容力のあるエリート系」小橋健太、「単純でノーマルな文科系」坂口征二、「真面目過ぎる草食系」船木誠勝。こうして並べてみると知っている人には一目瞭然なのだが、これらの役名はすべて実在する有名なプロレスラーのリングネームだ(川田利明だけ微妙に違うが)。

プロレスというのは「ある約束事」のなかで闘うという前提がある。本作の餌食となる男性たちはそうした約束事に従っている。まったく興味のない男とは食事になんて行かないだろうし、ましてや気のある素振りを見せてくるひろみは、当然こちらにも気があるわけで脈があるはず。そんなごく一般的な約束事だ。

しかし、相手のひろみはえげつないヒール(悪役)なのだ。餌食となる男性たちは、翻弄されるベビーフェイス(善玉)の側だろう。ヒールのひろみはルール無用の反則技を繰り出し、自分の必殺技だけを披露し、これから勝負という時になると遁走してしまう。

餌食欄にいる唯一の例外が安藤剛(小関裕太)で、この役名はプロレスラーとは縁がなさそう。というのは、安藤の場合は唯一ひろみが惚れてしまったという異常事態だったからだろう。ちなみに本命となる三沢光昭(森山未來)の役名も、亡くなってしまった二代目タイガーマスク・三沢光晴を思わせる名前となっている。

(C)「“隠れビッチ”やってました。」フィルムパートナーズ/光文社

※ 以下、ネタバレもあり!

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ギャップが鍵?

個人的には最近の劇場公開作品に気になる作品が少ないように思える。それだけに余計にNetflixの健闘が目立つようにも感じているところ。『アイリッシュマン』『マリッジ・ストーリー』のような充実したオリジナル作品が続けば、映画館の立場だってかなり危うい気さえしてくる。

そんなわけで新作のなかで極端に目を引くものがなければ、他人の評価を参考にしてみるのも悪くはない。今回は『キネマ旬報』誌の「キネ旬Review」のコーナーを参考にした。

そのなかで評価が高かったのが、この『“隠れビッチ”やってました。』『読まれなかった小説』『幸福路のチー』あたり。この三作は三人の評者が、4つ星(5つ星中)を献上している。このコーナーは結構辛口の評価が多いので、4つ星という評価だけでも期待させるのだが、三人が揃って4つ星というのはかなりの高評価と言える。

高評価の理由としては、「ラブコメ」風の見た目にも関わらず、「笑いの向こうにじわじわと自身の弱さの受容という真っ当なテーマをせり上がらせて川口敦子評)いくからということになるだろうか。

ひろみというキャラは、見た目の「清純さ」とは逆の内面の「ビッチさ」で観客をひかせる。しかし、その最悪のイメージからは想定外だった真摯な部分を垣間見させてくれるところは、ちょっとだけ感動的でもあるのだ。

本作の高評価も、ひろみのキャラと同様で、作品が醸し出す最初のイメージとのギャップで、うまいこと映画評論家たちを騙すことに成功したということになるかもしれない。

サイコ・スリラー映画?

本作のひろみのキャラはかなり極端で、シェアハウスの縁側で外に向かって叫び出すなど、演出的には観客が醒めてしまうギリギリを攻めてくる。ただ、そうした危なっかしいキャラも、後半のひろみの本来の性格が露わになる場面になると、すんなりと腑に落ちる。

ひろみは惚れてしまった安藤との関係が壊れヤケになっている時に、会社の上司でもある三沢と出会う。三沢はひろみの飲んだくれた姿を見ているし、“隠れビッチ”で男を弄んでいたことや、すね毛が濃いとか、そんなひろみの欠点すべてを知りつつも受け入れてくれた初めての男性だ。だからこそひろみは三沢の前だと素になることができるのだけれど、一方で素になると取り繕っていて今まで見えなかった部分も見えてくる。

ひろみは三沢と一緒に暮らし始めると些細なことで癇癪を爆発させるようになる。ここでのひろみは、一時の感情に支配される暴力的で手のつけられないサイコ女だ。牛乳を買ってきてくれなかったとかの理由で殴り倒されるに至っては、ほとんどサイコ・スリラー映画と化している。前半部の過剰な演出も、ひろみがそういうサイコ女であるということがわかれば妙に納得ということなのだ。

(C)「“隠れビッチ”やってました。」フィルムパートナーズ/光文社

弱さの受容

本作は原作者の実体験を元にしているとのことで、“隠れビッチ”ということを告白することだけでも自分をさらけ出しているわけだが、さらにその先がある。タイトルにもあるように、“隠れビッチ”は過去形になっているわけですでに卒業したわけだけれど、本来の性格の酷さも告白しているのだからなかなか潔い。

もともと“隠れビッチ”をやっていたのは、誰かからの承認を得たいという欲求があったからだ。それにこだわってしまうのは、父親からのDVで幼い頃に承認を得られなかったから。その代償として男から承認され、自信をチャージすることで何とか生きていたというのが“隠れビッチ”時代ということになる。

しかし、“隠れビッチ”から卒業したひろみを待っていたのは、感情をコントロールできない父親とそっくりの姿なのだ。ここまで自分の「弱さ」をさらけ出すことはなかなか勇気がいることだし、その「弱さ」を自ら認めるほどには成長したということなのだろう。

実は本作にはエンドロール後にも「おまけ」があって、三沢とひろみの先行きは前途多難という気もするけれど、最初に植え付けられた印象が最悪だっただけに、しおらしく涙なんかを見せたりするひろみの姿は許せてしまう気もする。やはりギャップが大事ということだろうか。

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