『丘の上の本屋さん』 少年と古書店主のふれあい

外国映画

監督・脚本はクラウディオ・ロッシ・マッシミ。公式サイトの情報によれば、1970年代後半からイタリアの公共放送でトキュメンタリーやバラエティなどを制作していた人とのことで、2016年には長編映画も撮っているらしい。

原題は「Il diritto alla felicità」で、「幸福を得る権利」という意味になるとのこと。

物語

イタリアの風光明媚な丘陵地帯を見下ろす丘の上の小さな古書店。店主リベロは、ある日、店の外で本を眺める移民の少年エシエンに声を掛け、好奇心旺盛なエシエンを気に入ってコミックから長編大作まで次々と店の本を貸し与えていく。リベロが語る読書の素晴らしさに熱心に耳を傾けるエシエン。感想を語り合ううちに、いつしか2人は友情で結ばれていく…。

(公式サイトより抜粋)

少年と古書店主のふれあい

舞台はイタリアの小さな村の古書店だ。この古書店は丘の上の広場にあり、その向こう側には風光明媚な丘陵地帯が広がっている。店主のリベロは(レモ・ジローネ)そこをひとりでやりくりしている。隣にはカフェらしきものがあり、店員のニコラ(コッラード・フォルトゥーナ)はいつも暇を見つけては古書店にも顔を出す。ニコラは古書店の客の一人のキアラ(アンナマリア・フィッティパルディ)にご執心らしい。

映画はほとんどがその広場と古書店の内部だけで進行する。朝一番の客は、ポジャン(フェデリコ・ペロッタ)という男だ。彼はゴミ箱を漁って本を探し出してくるらしい。リベロは売ることのできないそんな本を一応買い取ってやる。彼は人がいいのだ。リベロはオルゴールの音楽を聴きながら、ゴミの中に紛れ込んでいた古い誰かの日記を読んでみたりする。

そんな客とも言えない客の一人がエシエン(ディディー・ローレンツ・チュンブ)少年だ。エシエンはブルキノファソからやってきて6年ほどになるそうで、イタリア語はペラペラだし読み書きもできる。しかし、本を買うほどのお小遣いはないらしく、そんな事情を察したリベロは特別にエシエンに店の本を貸し出してやることになり、老人と少年の関係が始まることになる。

(C)2021 ASSOCIAZIONE CULTURALE IMAGO IMAGO FILM VIDEOPRODUZIONI

本屋さんの務めとは?

ほとんど何も起きない映画だ。リベロはたまにやって来る客を相手にしながら、時間ができると日記を読み進める。そして、エシエンはマンガから始まり、リベロのお薦めの本を次々と読破していく。そのブックリストは公式サイトにも掲載されている。『ピノッキオの冒険』『イソップ寓話集』『星の王子さま』『白鯨』などと続いていく。誰もが知っている有名な本が並んでいるけれど、エシエンくらいの小学生レベルではちょっと難しそう本もある。それでもエシエンはたちまちそんな本も読んでしまうのだ。

リベロの店は一応初版本とかも扱っていて、それなりに稼いでいるのかもしれないけれど、あまり商売っ気はなさそうだ。それ以上に本が伝えていく理念のほうが大事だと考えているのだろう。

発禁本コーナーにはいかがわしい本が並んでいるのかと思うと、意外な本が並んでいる。カントの『純粋理性批判』、ガリレオの『天文対話』、ボッカチオの『デカメロン』、フローベールの『ボヴァリー夫人』、D.H.ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』、マキアベリの『君主論』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』、ダーウィンの『種の起源』などだ。

どれも後世では高く評価されている本だが、かつては発禁にされたことがあったらしい。リベロは発禁本の普及を本屋の務めだと考え、それらを客に進呈することにしているらしい。商売人というよりは、本の持つ価値や可能性というものを信じているのだろう。

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子供たちを教え導く映画

リベロという名前は「自由」という意味だ。これは普遍的で大事な理念だ。リベロはそういう理念が本によって学べると考えている。だからエシエンにも本によって色々なことを学ばせ、考えさせようとしている。リベロがそんなふうに啓蒙的に振舞ったように、『丘の上の本屋さん』子供たちを教え導くような内容になっている。

エシエンは公園で本を読むことになるのだが、彼のことを家に誘ってくる不審な男が登場する。エシエンはその言葉を無視して別の場所に移動して事なきを得るのだが、このエピソードも子供たちに「知らない人について行ってはいけない」という知っておくべき知識を示しているということなのだろう。

リベロがエシエンを導いたように、本作も観客(もしかしたら子供たちが意識されている?)を導いていくような役割をしているのかもしれない。

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いささか唐突なラスト

90分に満たない小品だし、とてもいい話だ。ただ、最後がいただけない。リベロが最後にエシエンにプレゼントする本がある。というのも、リベロは病気で亡くなってしまうからだ。リベロは自分でもそのことに気づいていて、最後にプレゼントするのが「世界人権宣言」についての本なのだ。

もちろん「世界人権宣言」は悪くない。一度くらいは読んだっていいだろう。かく言う私も映画が終わった後に一度目を通してみた。基本的人権というのは今では当たり前と思えるかもしれないけれど、1948年に「世界人権宣言」が発表される前はそれが蔑ろにされていたということなのかもしれない。それだけに人類にとって重要な宣言なのかもしれないけれど、映画の中で唐突にそれが称揚されて終わるというのはちょっと安易だったようにも感じられた。その理念はいいとしても、それをリベロが彼なりの言葉で示したほうがよかったんじゃなかろうかとは思う。

リベロは『イソップ寓話集』のイソップがアフリカからやってきた人で、エシエンと同じ肌の色をしていたと語っている。これが本当なのかどうなのかはよくわからない(Wikipediaの「イソップ」の項目によると異なっている)。

それでもイソップは元奴隷だったとのことで、基本的人権が奪われたような状況にあったということなのだろう。その姿がエシエンと重ねられているのだ。原題にもなっている「幸福を得る権利」というものは、誰にでも平等にあるのだからそれではマズいわけで、だからこそリベロはエシエンに手を差し延べたということなのだろう。実際にはエシエンがどんな背景を持っているのかは示されないのだけれど、リベロとの出会いがその後の人生の大きな財産になったことは確かなんじゃないだろうか。

読書好きな人には堪らない映画かもしれないし、“イタリアの最も美しい村”のひとつとされるチヴィテッラ・デル・トロントの風景は癒されるものがある。ただ、ちょっと穏やかすぎて食い足りなさは残る。その分穏当で文科省特選的な作品になっていて、ユニセフも製作に関与してるのだとか。リベロと収集家との会話の「『ユリシーズ』って読めないよね」という部分は、ちょっと正直な感じがして好感が持てたけれど……。

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