『STOP』 かき消される貴重な声

外国映画

キム・ギドク監督の第21作。

日本では2017年の5月に一部劇場で公開された。あっという間に劇場公開が終了してしまっていて、観ることが叶わなかった作品。その後にソフト化されることもなかった作品なのだが、実はU-NEXTで配信していたらしい。

物語

福島原発の近くに住むミキ(堀夏子)とサブ(中江翼)の夫婦は、2011年3月11日東日本大震災に遭遇する。酷い揺れがようやく収まり、窓を開けて外を確認すると、原発の方向で白い煙が上がっているのを目撃する。しばらくすると防護服に身を包んだ人間がやってきて、原発から5キロ圏内の住民として避難を命じられる。

福島の自宅から東京へと避難してきたふたりだが、ミキは妊娠初期の時期でもあり、お腹の子供に放射能による影響がないかと懸念し、精神的に不安定になっていく。

ギドクが描いた3.11

本作は『殺されたミンジュ』(2014年)と『The NET 網に囚われた男』(2016年)の間に製作された作品で、日本にとっては色々と不都合な部分もあるからか劇場での公開もごく限られたものとなっていた。製作する体制としても、ギドクが監督・脚本・撮影・編集などをひとりでこなす形になっているのは、公開する目途もないために製作費もごくわずかだったからだろうか。

役者陣は日本でオーディションされた日本人俳優が起用されていて、プロデューサー(合アレン)も役者のひとりとして出演している。新宿や吉祥寺などの人混みのなかで撮影しているようだが、使用しているカメラが一眼レフの目立たないカメラだったからか、映画の撮影とは気づかれることもなかったようだ。

韓国の映画監督であるギドクがわざわざ日本にやってきてまで撮影するというのは、原発事故の問題が我が国だけのものではないことを示しているだろう。しかも撮影期間はわずか7日間だというから、かなりの強行軍だったこともうかがえる。

ギドクとしてはそれでも撮らなければならないと考えたということなのだろう。表現することに対する強い意欲には驚かされる部分もあるのだが、その一方で商業作品としては拙劣な部分も見受けられる。『殺されたミンジュ』のレビューでも触れたが、細部の出来不出来よりも伝えたいメッセージのほうが重要だったということなのだろう。

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見えない放射能の恐怖

『STOP』で描かれるのは福島原発事故後の不安な日々だ。主人公となるふたりは福島に住むカメラマンと主婦で、妻のミキは妊娠している。突然の避難命令によって自宅から追い出され、東京へと移るわけだが、なぜかミキには政府の者と思われる男から連絡がくる。その男は未来のために堕胎を薦める。

夫のサブとしてはそんなことを受け入れることができるわけもなく、それを拒絶することに。ただ、福島原発で何が起きているかもよくわからないなかで、ミキは不安に駆られ取り乱す。サブはそれに対して、ミキを安心させようと、ただひたすら「大丈夫だから」という言葉を繰り返すしかない。

キム・ギドク監督作品『STOP』 福島原発事故について描いた作品。

立場の逆転

奇妙なのは、堕胎を求めていたミキと、「大丈夫」を繰り返していたサブが、途中で立場を逆転させるところ。

サブが最初に信じていたのは、日本はチェルノブイリとは違うという安全神話だろう。しかし、これにはまったく根拠がないことも理解していて、だから「信じることしかできない」とサブは語る。

そして、放射能の影響を自分の目で確かめるために、サブは何度も福島へと足を運び、現地で何が起きているのかを目撃する。そこでは福島の自宅を離れることを拒んだ女が、奇形化した子供を産むことになる。それ以降、今までとは逆にミキに堕胎を求めることになる。

それに対し、堕胎をしないように手足を拘禁された状態で東京に残された妻のミキは、いつの間にかに肝が据わる。すべてを受け入れる覚悟をし、奇形であろうがなかろうが子供を産むことを決断するのだ。

このあたりは先日取り上げた『人間の時間』(2018年)の主人公イヴが、自殺まで試みていたにも関わらず、土壇場で人類の存続のために生きるほうを選ぶことにもつながっていくのかもしれない。「母なる大地」はすべてを受け入れるということだろうか。

社会派ギドク?

そんな夫婦の間に絡んでくるのが政府の存在ということになるだろう。『人間の時間』のときにもちょっと書いたが、『殺されたミンジュ』と『The NET 網に囚われた男』という近作では社会問題や政治の方向へと舵を切っていたギドクは、この『STOP』でも政府の存在を絡めている。

本作の夫サブが最初は「大丈夫だから」を連発していたのに態度を変化させたのは、直接には奇形児の出産が要因だが、もうひとつには政府に対する信頼が揺らいだからでもあるのだろう。ミキに堕胎を強制しようとする政府は何かを隠しているようにも見えるからだ。

それから本作では福島出身で、福島の汚染された肉を飲食店に卸している男が登場する。これは東京という中枢を守るために、危険なものを地方に作るという、政府のやり方への批判も混じっているのは言うまでもない。ギドクは『The NET 網に囚われた男』においては国に翻弄される男を描いていたわけだが、本作も社会派監督のようなメッセージ性の強い作品となっている。

キム・ギドク監督作品『STOP』 一眼レフのカメラでの撮影風景

かき消される貴重な声

本作もギドクの諸作品と同様にツッコミどころは多い。放射能の影響がそれほど急に胎児に奇形として現れるのかは定かではないだろうし、事故の原因を電気の使いすぎに求めるのもあまりに短絡的と言えるかもしれない。それでもギドクは製作時に原発再稼働が決まりそうになっていた現実を前にし、原発に対して「STOP」と宣言することが重要だと考えたということなのだろう。

本作では、ふたりの子供は聴覚過敏という障害を持つことになる。奇形というよりは、誰にも聞こえない地鳴りの音を聞くという超能力めいた雰囲気もある。最後はこの子供の叫びで幕を閉じるわけだが、彼は地面から何を感じ取ったのだろうか?

事故が起きる前にも、原発が危険だと語っていた人はいたのだろう。それでも大方は安全だとされて、その貴重な声はかき消されていた。「杞憂」という言葉の語源が、「天が崩れ落ちてくるのでは」と心配したという故事だったように、原発を危険視する者も取り越し苦労ばかりしている変わり者扱いをされていたのかもしれない。

『デッドゾーン』(スティーヴン・キング原作)で未来を予知してしまう主人公が、周囲には狂気のようにしか見えなかったのと同じだろう。事故が起きてからその貴重な声に気づいても遅いわけだけれど……。

以前取り上げた『チェルノブイリ』でも、原子炉の欠陥は一部で指摘されていたにも関わらず無視されてしまっていた。『Fukushima 50』では事故が起きた原因そのものには触れられていないわけだが、ネットで調べてみると福島第一原発の電源に問題があることは国会において質問されていたらしい。この件に関して「大丈夫」としてスルーしたのは当時の総理大臣だが、それは現在の総理大臣と同じ人らしい……。

U-NEXTでは貴重な作品に出会える?

『STOP』は未だソフト化すらされていない作品だっただけに、U-NEXTで配信してくれていたのを見つけた時は小躍りせんばかりだった(なぜか英語字幕付きだが)。ちなみにU-NEXTで観ることができるキム・ギドク作品としては、私が調べた限り(2020年3月末日時点)では、『悪い男』『弓』『嘆きのピエタ』『殺されたミンジュ』『The NET 網に囚われた男』の監督作品と、『俳優は俳優だ』『鰻の男』『レッド・ファミリー』の脚本作品がある。ついでにまだ公開すらされていない『アーメン』もやってくれればいいのだけれど……。

ほかにもソフト化はされていても価格が高くて手が出ず、しかも近くのレンタル店ではなかなか扱ってない作品なんかも結構ありそうだ(調べきれていないけれど)。たとえばルキノ・ヴィスコンティ『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『若者のすべて』あたりなどはそれに当てはまるだろう。U-NEXTではそんな貴重な作品にも出会えるのかもしれない。

昨今は新型コロナウイルスの関係で、映画館も休館というところも多くなっているようだし、動画配信サービスをさらに活用するのもアリかもしれない。

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