『少年の君』 いじめ告発?

外国映画

監督のデレク・ツァンは『インファナル・アフェア』やジャッキー・チェン映画などに出演しているエリック・ツァンの息子。

本作は監督作品としては3作目で、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。

物語

進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン。全国統一大学入試(=高考)を控え殺伐とする校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜め卒業までの日々をやり過ごしていた。そんな中、同級生の女子生徒がクラスメイトのいじめを苦に、校舎から飛び降り自らの命を絶ってしまう。少女の死体に無遠慮に向けられる生徒たちのスマホのレンズ、その異様な光景に耐えきれなくなったチェン・ニェンは、遺体にそっと自分の上着をかけてやる。しかし、そのことをきっかけに激しいいじめの矛先はチェン・ニェンへと向かうことに。彼女の学費のためと犯罪スレスレの商売に手を出している母親以外に身寄りはなく、頼る者もないチェン・ニェン。同級生たちの悪意が日増しに激しくなる中、下校途中の彼女は集団暴行を受けている少年を目撃し、とっさの判断で彼シャオベイを窮地から救う。辛く孤独な日々を送る優等生の少女と、ストリートに生きるしかなかった不良少年。二人の孤独な魂は、いつしか互いに引き合ってゆくのだが・・・。

(公式サイトより引用)

いじめ告発?

『少年の君』は観客の評価がとても高いようだが、その評価はラブストーリーとしての評価だったんじゃないだろうかと感じた。監督の言葉らしきものが冒頭に示される。いじめは世界的な問題だから、この映画で希望を持ってほしい云々と。しかし、本作を観て希望を抱けるとも思えなかったからだ。

確かにいじめ問題は描かれる。冒頭ではいじめに屈し自殺してしまう女の子が出るし、その後にその代わりにターゲットにされる主人公チェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)が受けることになるいじめも壮絶だ。もはや犯罪行為であって、早急に警察が介入すべきといった事案なのだ。

ちなみに本作は重慶という都市を舞台としているのだが、なぜか学生たちの親はみんな出稼ぎに行っているらしい(これが重慶だけの特徴なのか、中国の地方都市の現状なのかは不明)。チェン・ニェンもひとりで古いマンションに住んでいるのだが、そこにいじめっ子たちが押しかけてきてドアを叩くなどやりたい邦題。それというのも大人たちの姿がそこにないからだろう。受験戦争でストレスフルになっていて、その鬱憤晴らしでいじめもエスカレートしていくのかもしれない。

チェン・ニェンは自殺騒動があった時に知り合った刑事とのつながりがあるのだが、結局刑事は緊急の時には役に立たないわけで、チェン・ニェンはたまたま知り合った不良少年であるシャオベイ(イー・ヤンチェンシー)を頼ることになる。チェン・ニェンは一度彼を助けたことがあり、その彼にボディーガードを頼むことになるのだ。前途有望な少女と、チンピラを自認するストリートチルドレン。そんなふたりが次第に惹かれ合うことになる。

『少年の君』

巧みなミスリード

いじめ問題の解決は呆気ない。というのも主犯格である少女が殺されて発見されることになるからだ。途中までその殺人はシャオベイが単独でやったように描かれていくのだが、実はチェン・ニェンが手を下したことが明らかになる。つまりはシャオベイはチェン・ニェンを庇っていたことになるわけだ。

本作はこんなふうにうまく観客をミスリードしていく。エリート予備軍であるチェン・ニェンが、チンピラであるシャオベイの行き過ぎた行動で将来を危うくしたのかと観客に思わせておいて、実はシャオベイが犠牲になろうとしていたことが判明するわけだ。

ミスリードはほかにもある。冒頭ではチェン・ニェンが英語教師となっている場面が描かれる。その授業では「was」と「used to be」の違いを学んでいる。「was」は単純な過去形だが、「used to be」というのは「失った」というニュアンスになると説明されている(かつてはそうだったけれど、今ではそうではないということだろう)。その後に高校時代の回想に入るわけで、回想で描かれる恋物語の相手であるシャオベイは恐らく失われることになるのだろうと匂わせている。しかし実はそうではなかったというのがラストシーンとなるのだ。

『少年の君』

スポンサーリンク

泣かせる演出

チェン・ニェンは今、大事な全国統一大学入試を控えている。それに合格すれば、彼女にはバラ色の未来が開ける。そんなふうに考えられている。シャオベイとの会話の中でチェン・ニェンはこんなふうに語る。「勉強して、テストを受けて、いい学校に行って、一番頭がいい人になって答えを見つけたい。もしできるなら、世界を守りたい」。それに対してシャオベイは「君は世界を守れ、俺は君を守る」と返す。このあたりの台詞はセカイ系を思わせるような雰囲気がある。

後半ではシャオベイが罪を被り警察に捕まろうとし、それを受け入れていいのかチェン・ニェンは葛藤することになる。加えて、ふたりの関係を見抜き、真実を語らせようとする刑事がしつこくふたりに介入してくる。

ふたりの最初の出逢いは強制的なキスから始った。チンピラにリンチされていたシャオベイを守るために通報したチェン・ニェンがそれに巻き込まれ、チェン・ニェンがシャオベイにキスすることを強制されるのだ。そして、シャオベイが警察に捕まるシークエンスでは、シャオベイはレイプ犯を装って捕まることになり、そこではシャオベイがチェン・ニェンを襲ったというていで無理やりのキスを演じることになる。どちらも強制されたキスなわけだが、ふたりの感情はまったく違ったものになっている。泣かせる演出としてとてもうまかったと思う。

『少年の君』

中国の事情?

公式サイトの記載によると、「諸般の事情により殆ど宣伝が行われないまま公開された」とされている。いじめを題材にしているほか、過酷な受験戦争やストリートチルドレンの存在など、中国の恥部が描かれていると当局が考えたのかもしれない。

それでも本作は250億円近い興行収入となり大ヒットを記録したらしい。エンドロールではこの映画がヒットしたことにより中国国内でいじめに関する法整備がなされたというテロップが出る。もしかすると冒頭の監督の言葉も含め、中国国内の事情によって無理やり入れられているのかもしれない。そんなふうに感じるほどちょっと違和感があるテロップだった。

冒頭の言葉は「希望を持ってほしい」というものだった。しかし、いじめに対する解決としては本作は到底無理がある。というのも、チェン・ニェンはいじめっ子を階段から突き落として殺してしまうわけで、そんな方法は解決にならないからだ。

これは勝手な推測だが、本作はいじめ問題を描いたものというよりは、いじめという障害によって燃え上がってしまうラブストーリー狙っていたんじゃないのだろうか。本作のキモとなるのはシャオベイが殺人の罪を被る後半部分なわけで、多くの人はそこに涙したんじゃないだろうか。個人的には全体的にリアリティに欠けるような気がしてあまりノレなかったけれど……。

それでも役者陣はとても素晴らしかった。役柄としては殺されても仕方ないんじゃないかとすら思えるほど理不尽ないじめを主導するジョウ・イエは誰が見ても見目麗しいし、シャオベイを演じたイー・ヤンチェンシーはアイドルグループのメンバーとのことだがハングリーな面構えをしていた。

一番驚異的だったのがチョウ・ドンユイ。高校生を演じているわけだが、その華奢な体の線もあって、中学生と言っても通じるほど初々しい。実はもう20代半ばだったらしい。彼女はコン・リーチャン・ツィイーを発掘したチャン・イーモウに見染められてデビューした「13億人の妹」などと言われる人気者らしい。その『サンザシの樹の下で』も観てみたくなった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました