『17歳の瞳に映る世界』 言葉以上のもの

外国映画

監督は『ブルックリンの片隅で』などのエリザ・ヒットマン

原題は「Never Rarely Sometimes Always」。

ベルリン国際映画祭審査員グランプリ(審査員大賞)を受賞した作品。

物語

ペンシルベニア州に住むオータムは、愛想がなく、友達も少ない17歳の高校生。ある日、オータムは予期せず妊娠していたことを知る。ペンシルベニア州では未成年者は両親の同意がなければ中絶手術を受けることができない。同じスーパーでアルバイトをしている、いとこであり唯一の親友スカイラーは、オータムの異変に気づき、ふたりで事態を解決するため、ニューヨークへ向かう……。

(公式サイトより引用)

中絶のための旅

『17歳の瞳に映る世界』の舞台となっているアメリカでは妊娠中絶を巡る対立があり、それは大統領選挙の争点にもなるほどなんだとか。プロチョイスと呼ばれる中絶権利擁護派と、プロライフと呼ばれる中絶反対派の対立は、宗教的なものが大きく影響しているわけだが、地域的にも差があるようだ。

主人公オータム(シドニー・フラニガン)の地元のペンシルベニアのような田舎は中絶反対派が多く、ニューヨークのような都会には中絶権利擁護派が多いようだ。田舎は保守的で宗教的には右派の人が多いということなのかもしれないし、逆に言えば、都会にはそんな場所がイヤになったリベラルな人が集まっているということでもあるのかもしれない。

オータムが地元の病院で検査をしてもらった時の先生は、立場的には堕胎など認めないというもので、脅しのような中絶の怖さをアピールするビデオを見せようとする。この先生は人の良さそうなおばあさんに見えたけれど、中絶反対派ということだったのだろう。

オータムは地元で中絶できる場所を調べることになるが、ペンシルベニアでは親の同意が必要となるということで、オータムとしてはそれだけは避けたいらしく、親の同意が不要なニューヨークの病院まで旅をすることになるのだ。

(C)2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

プロチョイスとプロライフ

ペンシルベニアの病院が何としてでも中絶を止めさせようとするのに対し、ニューヨークの病院はオータムのような中絶を望む女性を守ろうとする立場だ。ニューヨークの病院はどうやら中絶権利擁護派が運営に関わっているらしく、そういう女性に対しての援助の制度が整っているようだ。

オータムはまだ17歳で当然ながらあまりお金もないわけだし、クレジットカードを使って今回の中絶が親にバレてしまうことも望んでいない。そんな金銭面の問題にも配慮がなされていて、望まない妊娠をしてしまった女性たちを守る立場が貫かれている。

「中絶というのは子供を殺すことです」と語る中絶反対派の意見はもっともなのかもしれないけれど、世の中には望まない妊娠をしてしまう女性もいる。そんな女性も「自分の身体のことは自分で決める」ことができるわけで、中絶をする権利があるということから、そうした立場はプロチョイス(pro=肯定、choice=選択)と呼ばれる。一方で宗教的な信条や生命を尊重するという意味合いで中絶に反対する立場は、プロライフ(pro=肯定、life=生命)と呼ばれる。

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原題が示すもの

オータムが妊娠した経緯に関しては映画の中では一切触れられることがない。それでもカウンセラーとのやり取りの中でのオータムの表情が変わっていくという描写は、彼女に何が起こっていたのかを推測させることになる。

カウンセラーはオータムにかなり立ち入った質問をすることになるが、その時の回答の選択肢として示されるのが、原題となっている「Never Rarely Sometimes Always」という4択だ。これは望まない妊娠をした女性が回答しやすいように配慮されているということらしい。言いにくいことを語らなくても、質問に対する回答として4択のどれかを選んでいるうちに、おおよその事情が把握できるということになっているのだ。

「この1年間で相手がコンドーム装着を拒否した?」「相手が避妊の邪魔をして妊娠させようとした?」「相手に脅された?」「相手に殴られたり、暴力をふるわれた?」、そんな質問にオータムは「一度もない/めったにない/時々/いつも」の4択で答えていくことになるわけだが、それまで弱味を見せまいとするのか冷静な表情を保っていたオータムが、次第にその表情を崩しうろたえる様子が長回しで追われることになる。

あくまで推測に過ぎないのだが、オータムの父親は義父で、その父親との間で望まない関係が生じ、だからこそオータムは家族の誰にもそのことを言えなかったということなのだろう。とにかくカウンセラーは事情を色々と聞き取りはするけれど、それは女性を守るためで、「あなたが中絶を望むなら、それを援助する」という立場なのだ。

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言葉以上のもの

本作では、窮地に陥ったオータムに付き添いニューヨークまで同行するスカイラー(タリア・ライダー)という従妹がいる。もしかしたら偏見なのかもしれないけれど、ふたりの関係はちょっと独特で、今時の若い女の子なのにハードボイルド映画の中に出てくる男たちのように寡黙で余計なことは一切しゃべらない。

スカイラーはオータムがバイト先で嘔吐するのを見て事情を悟り、すぐに計画を実行に移すためにセクハラ店長をごまかして売上金をくすねて旅費にする。その後のバスでの旅の間も、スカイラーは事情を根掘り葉掘り聞こうともしないし、オータムも不機嫌に押し黙ったままだから、ふたりの感情というものを観客は推し測るしかない。それでも何気ない描写がその感情を示すことになっている。

ふたりはニューヨークへと旅をすることになるわけだが、なぜか巨大なスーツケースを転がしている。途中で必要とされる何かが入っているのだろうかと思っていたのだが、そんなこともなく初めてのニューヨークを歩くのに邪魔なだけにも見える。最初の計画では中絶はすぐに終了し、その日のうちに帰るはずだったわけで(問題が生じて3日間拘束されることになってしまうが)、この荷物はあまり意味のないものだったからだ。

これに関してはちょっと疑問を感じていたのだけれど、この記事の解釈は妙に納得させるところがあった。

それ(短い旅なのに余計なスーツケースを持ってきていること)は、彼女が旅慣れていないお上りさんであることの証し。同時に、オータムが下した決断の重さの象徴でもある。そして、オータムが運びきれないスーツケースをスカイラーが運ぶとき、それは中絶の重荷を分かち合う2人の友情を物語るアイテムになる。

ふたりに会話をさせて感情を説明したりはせずに、ふたりが重い荷物を運ぶ描写でそれを示すということだろう。その意味でとても映画的な映画だったと言える。

オータムが妊娠を知った後に初めてした行動も意外なものだった。オータムは中絶反対派のパンフレットの中身をチラ見しただけで、おもむろに鏡に向かうと自ら鼻ピアスのための穴を開けるのだ。

これもどういった意図なのかと思っていたのだが、映画が終わった後に振り返ってみると、プロチョイス的に「自分の身体のことは自分で決める」という意志の表れだったようにも感じられた。同様に、カウンセラーの女性の腕にタトゥーがされているという描写も似たような心情を表しているようにも感じた。台詞の中にはそんな言葉は一言もないのだけれど、それを感じさせる演出なのだ。

その顕著な例がオータムのスカイラーに対する態度だろう。オータムはずっと付き添ってくれているスカイラーに最後まで何の感謝の言葉もない。オータムはいつもツンとしていて、人から理解されにくいところがある。それでもスカイラーだけはずっと味方になってくれている。ただ、面と向かってスカイラーに感謝を伝えるほど素直でもないのがオータムなのだろう。しかし、スカイラーがバスで出会った青年(セオドア・ペレリン)から金を借りる代償としてキスを差し出している最中には、オータムはこっそりと手をつなぐのだ。それだけで言葉以上のものを示して見せる手際は感動的だった。

日本では同じ日に公開になった『プロミシング・ヤング・ウーマン』と同様に、『17歳の瞳に映る世界』の監督もエリザ・ヒットマンという女性だ。エリザ・ヒットマンはNetflixで5月まで配信されていた『ブルックリンの片隅で』の評判も良かったようだし(残念ながら見逃してしまった)、来月には長編デビュー作だという『愛のように感じた』も公開予定となっていて、これまた注目の監督が出てきたようだ。

コメント

  1. ささくに♪ より:

    初めまして。その考察は自分も正解だと確信してます。ただ、見た目には分からないように、巧みに構成が組まれ、観終わった後に作品を思い返してみると。。彼女の行動や視線から、「あの人だ。。」と答えが分かってきます。

    ある意味、この監督は怖い

    • nick nick より:

      コメント、ありがとうございます。

      具体的には描かれてませんが、やはりそういうことなんでしょうね。
      この映画は確かに「巧みに構成が組まれ」ていた気がします。
      ずっと無表情だった主人公が感情を露わにする部分がとても印象に残りました。

      まだソフト化もされていないようですが、
      この監督の『愛のように感じた』も撮り方などがとてもよく練られた作品だと思いました。

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