『プロミシング・ヤング・ウーマン』 アクシデントか計算か

外国映画

監督・脚本はテレビシリーズ『キリング・イヴ Killing Eve』で製作総指揮や脚本を担当し、役者としても活躍しているエメラルド・フェネル

アカデミー賞では脚本賞を受賞したほか、作品賞を含む5部門にノミネートされた。

物語

30歳を目前にしたキャシー(キャリー・マリガン)は、ある事件によって医大を中退し、今やカフェの店員として平凡な毎日を送っている。その一方、夜ごとバーで泥酔したフリをして、お持ち帰りオトコたちに裁きを下していた。ある日、大学時代のクラスメートで現在は小児科医となったライアン(ボー・バーナム)がカフェを訪れる。この偶然の再会こそが、キャシーに恋ごころを目覚めさせ、同時に地獄のような悪夢へと連れ戻すことになる……。

(公式サイトより引用)

啓蒙活動としての夜回り

キャシー(キャリー・マリガン)が酔ったフリをして男に復讐をする。そんな場面から始まる。実はこの復讐の顛末てんまつは後になって知らされることになるのだが、わざわざ“お持ち帰り”され、男とふたりきりになるのを狙っているところから推測するに、キャシーはヤバい女でさぞかし恐ろしいサイコなことが起きたのだろうと思わせる(朝帰りの白シャツには、赤いシミが出来ている)。

しかし、それはこちらの早とちりだったようだ。キャシーは相手の男が酔って朦朧としている彼女に手を出そうとする現場を押さえてから反撃するのだが、それは相手に「何をやっているの?」と問いかけるだけだったのだ(シャツのシミはケチャップだった)。今までの泥酔状態は嘘だったことが明らかになり、男は戸惑う。そんなことをして男に近づくヤバい女の目的は測りしれないからだ(後半に登場する狂信的な弁護士の前でキャシーがビビッていたように)。

途端に映画のジャンルが変わったかのようにホラー映画のような不穏な音楽が流れ、男が追い詰められていく。キャシーに問い詰められてタジタジになる男の姿がちょっと笑えてしまう。それでもキャシーは男に手出しはせずに、「次は本物のサイコ女に引っかかるよ」と脅しをかけるだけ。キャシーの夜回りは、一種の啓蒙活動なのだろう。ほかの女性がそんな目に遭うことがないようにという……。

(C)2020 Focus Features, LLC.

“前途有望な若い女性”のその後

キャシーは元医大生で、“プロミシング・ヤング・ウーマン(前途有望な若い女性)”のひとりだった。それが今ではコーヒー店のバイトに甘んじ、夜は密かな夜回り活動に勤しんでいる。これは友人ニーナの死がきっかけとなっている。

大学時代にニーナは同じ医大の同級生からレイプされ、それが原因となって自殺したらしい(これは推測であって、本作ではレイプという言葉も出てこない)。キャシーはそのことを未だに引きずったままでいる。そのせめてもの復讐が夜回りの活動になっているというわけだ。

ところがある日、コーヒー店の客として現れたライアン(ボー・バーナム)によって事態は一変する。ライアンはかつてキャシーのことが好きだったと告白し、そんなライアンにキャシーも惹かれていくことになるのだ。30歳になるというのに親と同居でバイト生活という状況を鑑みれば、親の心配もわからなくはないわけで、キャシーはライアンとの関係を少しずつ進めて行こうと考える。しかしそのことがかえってキャシーを悲劇に引きずり込むことになる。

(C)2020 Focus Features, LLC.

キャンディコーティングした毒

本作について主演のキャリー・マリガンは「ラブコメ悲劇で、笑えるスリラー」だと説明している。これでは意味不明だが、実際に本作はそんな映画となっている。キャシーのやっていることは復讐だが、本作はそれとは似つかわしくない雰囲気を持っているのだ。タイトルの表記はピンクだし、コーヒー店の意匠も妙にかわいらしく、ミュージカル風なシーンまであって、全体的にポップな印象なのだ。

監督のエメラルド・フェネルは本作に対して「甘いキャンディに包まれた毒」といった表現をしている。レイプした犯人を始末する復讐譚といった重苦しい題材では、客には敬遠されてしまうかもしれないわけで、それでは誰にも本作が届くことはない。本作のメッセージを多くの人に伝えようとすれば、当然何かしらの策が必要で、そのために本作は描く中身と一致しないような雰囲気を持っているのだ。

最近観た『ナイチンゲール』も同様の復讐譚だったのだが、あまりにリアルな描写がなされ目を背けたくなる場面が続く。これは力作だが到底多くの人が観たいと思えるような映画にはなっていないとも言える。それに対して『プロミシング・ヤング・ウーマン』は見た目はかわいらしいから多くの人に訴えかけることができるだろうし、そのキャンディに包まれた中身には毒が仕込まれているわけで、本作を観終わった人は重いメッセージを持ち帰ることになるんじゃないだろうか。

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キャシーのターゲット

キャシーがターゲットにしているのは事件を起こした男子学生は当然のこととして、その周囲にも及んでいる。それは学生を弁護した弁護士(アルフレッド・モリーナ)や、彼らを処分しようとしなかった大学の女性学部長(コニー・ブリットン)や、事件を知りながらも見て見ぬフリをしていた同級生マディソン(アリソン・ブリー)などだ。

その学部長はキャシーに対して、お酒が絡んだレイプ事件はよくあることで、いちいち問題にして「前途有望な若者」の将来を汚すわけにはいかないという正論を述べる。酔っていた女性のほうも悪いと言わんばかり態度なわけだが、この正論はすぐにキャシーに論破されることになる。

キャシーは学部長の娘を同じような状況へと追い込み、事件の被害者家族の立場を思い知らせることになるからだ。これは単なるハッタリだったわけだが、被害者やその家族の側に立ってみれば、最初に言ったようなおぞましい正論は吐けるはずがないのだ。

こんなふうに本作では、「若気の至り」とかで何となくうやむやな形で済まされてしまうような社会全体の風潮そのものもターゲットにしているのだ。これは昨今の「#MeToo運動」などにも通じるメッセージだろう。

※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!!

(C)2020 Focus Features, LLC.

アクシデントか計算か

本作の結末は意外なものだった。キャシーは途中まではライアンとの将来のことも頭にあったのかもしれないのだが、そのライアン自身もニーナの事件に関わっていたことが明らかになり、キャシーは決意を新たにすることになる。事件の首謀者であるアルが主催するパーティーに乗り込み復讐を果たすことを計画するのだが、その計画を実行中にアクシデントが発生し、キャシーは返り討ちにあって殺されてしまうのだ。

最初はその展開に驚き、呆気ない幕切れに虚しさを感じていたのだが、その後の展開を見ていると、その結末はキャシーが望んだものだったようにも思えてくる。すべてはキャシーの計算だったのかもしれないと思うようになったのだ。

キャシーはそれまでの復讐でも説教はしたとしても、暴力的なことは一切していない。ラストでアルを傷つけたりしたりすれば、かえってキャシーのような女性が非難される可能性があるわけで、それでは復讐として意味がないと考えたのかもしれない。だからこそ自分が犠牲になることを選んだ可能性もあるということなのだ。

ラストでは男たちは一網打尽となりスッキリとした爽快な終わり方をするわけだけれど、それと同時にキャシーの暗い決意のようなものを感じるわけで、何とも言えない複雑な気持ちになる。最後のターゲットだったアルは事件について「まだ子供だったから」と言い訳して許されようとするわけだけれど、それは到底無理な相談というものなのだろう。しかし今まではそれが何となくまかり通ってきた現実があるわけで、女性にとってはまさに“地獄の悪夢”のような現実だったのだろう。

今年のアカデミー賞ではふたりの女性監督が監督賞にノミネートされた。ひとりは作品賞も獲得した『ノマドランド』クロエ・ジャオで、もうひとりが本作のエメラルド・フェネルだ。本作は際どい題材を扱いつつもそれをエンターテイメントとして成立させていた点が素晴らしかった。手法的には悪趣味とも言われかねないほどあからさまなところも感じられたから、保守的なアカデミー賞では嫌われたのかもしれない。それでも女性監督の勢いというものを感じさせる作品だったことは間違いない。

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