『PIG/ピッグ』 聖ニコラス?

外国映画

監督・脚本はマイケル・サルノスキ。本作が長編デビュー作とのことだが、本作の評判が良くて次は『クワイエット・プレイス』の第3弾の監督をすることが決まっているらしい。

主演は『リービング・ラスベガス』『フェイス/オフ』などのニコラス・ケイジ

物語

オレゴンの山奥で、孤独な男ロブ(ニコラス・ケイジ)はトリュフ狩りをする忠実なブタと住んでいた。
ロブはトリュフバイヤーのアミール(アレックス・ウルフ)と希少で高価なトリュフを売買し、わずかな物資で生活していたが、ある日大切なブタが何者かによって強奪されてしまう。
ロブはブタを奪還するためにポートランドの街まで下り、アミールと手がかりを捜す。
ロブはブタの行方を辿る中、故郷でもあるポートランドで自身の壮絶な過去と向き合うことになる。

(公式サイトより抜粋)

俺のブタを返せ

ロブ(ニコラス・ケイジ)はトリュフ・ハンターの仕事をしている。この仕事では昔からブタが土の中に埋もれているトリュフを探して当て、それを人間が収穫してきたらしい。ロブとこのブタはいいコンビで、山奥の小屋でふたり(?)きりで暮らしている。寝る時もベッドのすぐ側に相棒はいて、ロブは親しげに相棒に話しかけるのだ。

ロブの小屋には、週に一度だけアミール(アレックス・ウルフ)というトリュフを買ってくれる男がやってくる。黄色のスポーツカーでクラシック音楽を聴きながら。彼はロブに食糧を持ってきてくれたりもしている。それでもロブはなぜか彼に冷たく、彼が話しかけても一言も口を開くことはない。ロブは世捨て人なのだ。世間を捨て、相棒のブタとトリュフを獲り、ひっそりと暮らす。それだけを望んでいるのだ。

ところがある夜、小屋に何者かが押し入り、ロブを殴り倒し、相棒のブタを連れ去ることになる。ブタはトリュフ・ハンターの仕事にとっては必需品だ。特にロブの相棒は優秀だったらしい。ロブは相棒を助けるために久しぶりに山を下りることになる。

2020 Copyright (C) AI Film Entertainment, LLC

リベンジスリラー?

『PIG/ピッグ』のキャッチフレーズには「慟哭のリベンジスリラー」などとあり、そうなると愛犬の敵討ちのために悪の組織を全滅させる『ジョン・ウィック』系統の作品なのだろうと勝手に思っていたのだが、実際にはまったくの別物だった。

主演のニコラス・ケイジは、ウィキペディアの記載なんかを読むと借金苦もあって作品を選ばずに多くの作品に出演しているとのこと。その作品群は玉石混交なのかもしれないけれど(昨年の『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』は結構酷かった)、とても人気はあるようで、本作は以前にシネマカリテの映画祭で上映された時は、一番の観客動員を誇ったとか。私が本作を観た時もたまたまサービスデーだったこともあって満席だった。劇中よくわからない箇所で一部の客席から笑いが漏れていたのは、多分熱心なファンにはわかるネタだったということなのだろう。

これも推測だが、ニコラス・ケイジの作品には復讐をやり遂げるような男が主役となったものもありそうだし、本作のニコラス・ケイジの風貌からしてもいかにも怒りを爆発させそうな何かを秘めているように見える。これはニコラス・ケイジのイメージを使った戦略だったのかもしれない。私としては残虐な復讐劇を期待してしまっていたのでちょっぴり肩透かしだったのだが、意外にも主人公ロブはとても静かな男で、ニコラス・ケイジもかなり抑えた演技をしている。

実際にはロブは料理人だったようだ。それは表の顔であって、裏があるのかとも思ってもいたのだがそんなこともなく、料理人としてポートランドの街では有名な人物だったらしい。アミールの両親にとっても、ロブの料理はとても想い出に残る味だったようで、そのことはアミールの記憶にも残っていた。それほど有名なシェフだったらしい。本作ではそうしたロブの過去が次第に明かされていくことになる。

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ユニークな闘い方

ロブの目的は相棒のブタを取り戻すことだ。そのためにアミールを足として従え、彼のスポーツカーに乗ってポートランドの街をうろつくことになる。ブタを盗んだ相手が誰なのかはわからなくても、何かしらの悪意があるわけで、ただの料理人がそこに乗り込んでいって何ができるのかということになるわけだが、ロブはアミールの助言も聞かずに突き進んでいくことになる。

しかしながら、このロブのやり方がユニークだった。ロブは街の裏ボスみたいな人物のところへ乗り込んでいって、賭けのゲームに参加することになる。このゲームは一定の時間殴られ続けるというもので、それによって金を稼ぐらしい。ロブはただ延々と殴られることで、裏ボスから金と情報を引き出すことになる。

次に訪ねたレストランのシェフに対しては、ロブはただ静かに話をするだけだ。それでもふたりは過去にも関係があったらしく、いつの間にかその男もロブに情報を与えることになる。その情報というのがブタを盗んだ犯人の情報であり、それはアミールの父親(アダム・アーキン)だったのだ。

そして、最後のアミールの父親に対しては、ロブはなぜか料理を振舞うことになる。ロブは自分が過去に誰に対してどんな料理を振舞ったかということをすべて記憶しているのだという。アミールの父親にとってその料理は奥さんとの想い出の料理だったのだ。アミールの父親はそれによって屈服し、すべてを白状することになる。

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聖ニコラス?

ロブは相棒のブタの行方を突き止めることになる。結果的に相棒は殺されてしまったけれど、その目的を達するまでにロブがしたことは、無抵抗を貫き、対話をし、やられた相手に贈り物を差し出すことだった。

「やられらたやり返せ」というのはごく普通だが、イエスは「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」と言ったと新約聖書には書かれている。実はこの言葉には様々な解釈があるらしいのだが(※1)、ごく一般的に言えば「やられてもやり返すな」ということを示しているとされる。

旧約聖書では「目には目を」という言葉があるように、「やられたらやり返せ」というのはごく当たり前にも感じられる。しかし、この言葉は実際には「同害報復」を論じたものとされる。過剰な報復を戒める意味合いだったのだ。日本のテレビドラマでは「倍返し」とか「10倍返し」なんて台詞が人気になっていたが、そんなのはやり過ぎだからダメですよと言っているのが「目には目を」だったということだ。

しかし、イエスは「目には目を」ではなくて、「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」と語った。もしかしたら本作でロブが無抵抗を貫いたのは、この言葉が念頭にあったのかもしれない。さらにロブは対話により相手を屈服させ、次にはやり返すのではなく贈り物を与えることで相手を屈服させることになる。「やられたらプレゼントを」とでも言うべきだろうか。これはほとんど聖人のなすことのように思えてくる。

しかもロブは実際にはブタがいなくてもトリュフ・ハンターとしての仕事に差し支えはないとも語る。ただ、相棒のブタを愛していたから、彼女を取り戻したかったというのだ。この愛ゆえの行動ということもまさにイエスの教えにつながるんじゃないだろうか。

ちなみにサンタクロースのモデルとなったのは「聖ニコラウス」とされているわけで、本作のニコラス・ケイジの白いもじゃもじゃのヒゲはサンタのそれを思わせなくもないような気がしてきた。血塗れのサンタというのは珍しいだろうけど……。

オバマ元アメリカ大統領は、2021年のお気に入りの映画の1本として本作を挙げているのだとか。それがどんな理由なのかはわからないけれど、もしかしたら「やられたらやり返せ」ではない別の方法が本作の中に見出せると感じたのだろうか?

(※1)たとえばこのサイトの記述によれば、イエスは暴力を使わない「平和的な闘い方」を示したということになる。この解釈はとてもおもしろいし説得力がある。

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