『NOPE/ノープ』 チンパンジーはなぜキレた?

外国映画

監督・脚本は『ゲット・アウト』『アス』などのジョーダン・ピール

原題の「Nope」とは、強い否定表現とのことで、日本語にすれば「無理!」みたいな感じになるらしい。

物語

舞台は南カリフォルニア、ロサンゼルス近郊にある牧場。亡き父から、この牧場を受け継いだOJは、半年前の父の事故死をいまだに信じられずにいた。形式上は、飛行機の部品の落下による衝突死とされている。しかし、そんな“最悪の奇跡”が起こり得るのだろうか? 何より、OJはこの事故の際に一瞬目にした飛行物体を忘れられずにいた。牧場の共同経営者である妹エメラルドはこの飛行物体を撮影して、“バズり動画”を世に放つことを思いつく。やがて起こる怪奇現象の連続。それらは真の“最悪の奇跡”の到来の序章に過ぎなかった……。

(公式サイトより抜粋)

あやしげな空?

ほとんど雨が降らないというロサンゼルス。見渡す限りの青空が広がっている。ある日、OJ(ダニエル・カルーヤ)の父親は飛行機部品の落下というあり得ない事故で亡くなってしまう。病院のレントゲンには父親の頭の中にはコインが入っている様子が確認できるし、乗っていた馬には鍵が突き刺さっていた。一体何が起こったのか?

OJはその出来事に未確認飛行物体(UFO)が関わっていると疑う。楽天的な妹のエメラルド(キキ・パーマー)はそれを利用しようと考える。決定的なUFO動画を撮ることができれば、それがバズり、ひと財産稼ぐことができると目論んだのだ。

ところがこれがなかなか難しい。OJとエメラルドは防犯カメラを設置するなどして、UFO映像をゲットしようと企むのだが、UFOが近づくと電化製品は不具合を起こし停止してしまうからだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

スポンサーリンク

『未知との遭遇』から『ジョーズ』へ

町山智浩によれば、本作はスピルバーグの『未知との遭遇』のように始まるわけだが、途中から『ジョーズ』のようなパニック映画になっていくとされる。UFOというのは通常は宇宙人の乗り物であり、そこから宇宙人が現れ、第三種接近遭遇が……。そんなふうに考えてしまうわけだが、本作はちょっとひねっている。

実はUFOだと思っていたものは生き物だったのだ。無機質に見えるその姿からは想像がつかないのだが、“それ”は空飛ぶ生き物であり、野生動物みたいなものなのだ。“それ”は地上の動物や人間たちを吸い込み、食い尽くしてしまう。そして、残った余計な物を吐き出すことになる。コインや鍵が落ちてきたのは、“それ”が吐き出したゴミだったということになる。

“それ”は空に浮かぶ雲の中に隠れている。OJたちが設置した防犯カメラの映像には、空を流れていく雲の中に、なぜかずっと同じ場所に固定したままの雲もある。“それ”はそうした雲に潜んでいる。また、“それ”は野生動物だから、目が合うと襲ってくるらしい。海の中に隠れて人間を襲ってくるジョーズのように、“それ”は雲の中に潜みながら地上の動物や人間を狙ってくるのだ。

しかしながら、本作はそんな単純なパニック映画だとするならばあまり怖くはないとも言える。怖かったのは何が起きているのかわからなかった前半部分で、納屋に潜んでいた“黒い何か”が動き出すところ。ここなどはゾクゾクさせるものがあるのだが、“それ”の正体がわかってしまうとそれほどハラハラさせることもない。『ジョーズ』は単純だったけれどずっとハラハラドキドキさせられたわけで、『NOPE/ノープ』が『ジョーズ』と同じような映画を狙ったとすればちょっと肩透かしだったようにも思える。

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

奇妙なエピソードは?

ただ、本作は『ジョーズ』のような単純さとは別のものも混じっている。たとえばチンパンジーのエピソードが冒頭に用意されているのはどんな意図なのだろうか?

チンパンジーのエピソードは実際にあった事件をもとにしているらしい。テレビドラマに出演中のこのチンパンジーは番組のマスコットキャラみたいな扱いだったのだが、撮影中にキレてしまう。チンパンジーはその場で大暴れし、子役の女の子を襲い、顔に酷い傷を負わせることになる。

このエピソードではチンパンジーが見世物として扱われ、それに我慢がならずにキレる姿が描かれる。ところがこの悲劇を生き延びたジュープ(スティーブン・ユァン)は、自ら経営するテーマパークで“それ”を見世物として利用することになる。ジュープはそのチンパンジーと仲が良かったのか、射殺される前にグータッチしようとしていた。そのこともあってジュープは野生動物を手懐けられると考えていて、“それ”のことを利用しようとしたのだ。

しかし、“それ”は見世物とされることに怒ったかのように、空を見上げてくる観客たちを一網打尽にして食い尽くしてしまうことになるのだ。このチンパンジーのエピソードは野生動物を手懐けることはできないということを示しているのだろう。

ちなみに本作の冒頭に引用されているのは、「私はあなたに汚物をかけ、あなたを辱め、あなたを見せ物とする」という旧約聖書のナホム書からの一節だ。ここでは「見る側」が優位の立場にあり、「見られる側」は劣位の立場にあると言えるかもしれない。

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

映画の歴史と黒人

そもそもOJとエメラルドはハリウッドの撮影所に馬を提供する仕事をしていた。この馬も見世物用の馬ということになるわけだが、その際の注意事項説明では次のようなエピソードが語られている。

まずは、劇中ではこれが最初の映画ということになっている「動く馬」の映像が登場する。「動く馬」は実際にはエドワード・マイブリッジという人が撮った有名な連続写真のことだ。これは映画前夜の代物で、エジソンがこれをヒントにキネトスコープ(一人用の映画)を作り、それがのちに映画の起源とされるリュミエール兄弟のシネマトグラフ(みんなで観るタイプの映画)につながることになる。

このエピソードでジョーダン・ピールが何を語ろうとしているのかと言えば、黒人差別の歴史ということだろう。最初の映画に登場する黒人。それが「動く馬」で馬に乗っている騎手なのだが、そのカメラマンであるエドワード・マイブリッジや馬の名前は後世に伝わっているのに対し、黒人騎手の名前は無視されているのだ。

アメリカの有名な小説にラルフ・エリソンが書いた『見えない人間(Invisible Man)』というものがある(私自身は未読)。これは黒人がアメリカ社会において見えない存在になっていることを描いた作品とのこと。

この本の原題はH・G・ウェルズのSF小説『透明人間(The Invisible Man)』とほぼ同じだ。透明人間が人からは見えないのと同じように、映画の起源に黒人がいたにも関わらず、その存在は見えないものとして扱われているということを示している。つまりは黒人は邪険に扱われてきたということを示すエピソードと言えるのだろう。

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

無理に解釈すれば……

そんなふうに邪険に扱われてきた黒人たちは、先ほどの「見る側」と「見られる側」との関係で言えば、「見られる側」という弱い立場(劣位)に置かれていると言える。『ゲット・アウト』というジョーダン・ピールのデビュー作では、黒人は白人たちに売り買いされるような立場にあった。白人は黒人の肉体を羨望し、それを利用しようとしていたからだ。

また、『ゲット・アウト』では冒頭近くでシカが車ではねられて瀕死の状態になるが、その後の白人の屋敷にはシカの頭部が誇らしげに飾られていた。白人はシカ狩りでゲットした獲物を誇らしげに飾るわけだが、黒人の肉体も誇るべき狩りの成果ということではシカと同じということだろう。ここではシカと黒人は同じ位置にいるということになる。主人公の黒人は白人たちに紹介されることになるわけだが、これは獲物となる黒人を見世物として晒しているということになる。そこから推測すれば、『NOPE/ノープ』において見世物にされたチンパンジーというのは黒人のメタファーだったとも言えるのかもしれない。

本作では、最終的に生き残ったエメラルドが、“それ”が人間の姿をしたバルーンを捕食する瞬間をカメラで捉えることに成功する。「見られる側」だった黒人が、「見る側」の立場に取って代わったということになるわけだ。そういった意味で本作は単なるパニック映画ではないものを孕んでいるということになるのだと思うのだが、それが『ジョーズ』のようなパニック映画とうまく結びついていたとは言えなかったんじゃないだろうか。

余計なエピソードとも思える部分を無理やり解釈するとそんなふうな読み方もできるかもしれないけれど、これはかなり好意的な解釈なんじゃないだろうか。ジョーダン・ピールは『ジョーズ』を観た観客が海面を怖がって見つめたように、『NOPE/ノープ』を観た観客が空を怖がって見つめることを望んでいたようだが、そんな映画にはなっていなかったようにも感じられた。

created by Rinker
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

created by Rinker
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

コメント

タイトルとURLをコピーしました