『ブレイキング・バッド』に登場した弁護士ソウル・グッドマンを主人公としたスピンオフドラマ(現在はNetflixで配信中)。
7年の年月をかけ、先日、全63話で完結した。
タイトルの「ベター・コール・ソウル」とは、主人公ソウル・グッドマンが劇中のCMで使っていたキャッチフレーズみたいなもので、「ソウルに電話しよう!」という意味になるらしい。
物語
アメリカ、ニューメキシコ州アルバカーキ。口は達者だがうだつの上がらない三流弁護士のジミー・マッギルは、病のために家から出られなくなった敏腕弁護士の兄チャックの世話をしながら、今にも崩れそうな日常を必死に支えていた。安い報酬の仕事に奔走しつつも、劇的な成功の糸口を求めてもがくジミー。そんな中、とある会計係の横領事件をきっかけに、ギャングのナチョや元警察官のマイクといった“ワケあり”な男たちと関わることになっていき…?自由の女神が見守るこの国で、一人の弁護士の運命が大きく動き始める――!
(公式サイトより抜粋)
『ブレイキング・バッド』の前日譚
ソウル・グッドマン(ボブ・オデンカーク)とは、『ブレイキング・バッド』(以下『BrBa』)に登場したどぎつい色のシャツに身を包んだいかがわしい弁護士だ。口がうまくて犯罪者をその罪から逃れさせるために、姑息な手段も厭わない。調子のいい言葉の裏では、自分のビジネスチャンスは逃がさない鋭いアンテナも張っている。そんなキャラクターがソウル・グッドマンだった。
『ベター・コール・ソウル』は『BrBa』のスピンオフとして、ジミー・マッギルという三流弁護士がいかにしてソウル・グッドマンになったかを描いていく。つまりは『BrBa』の前日譚ということになるわけだが、それだけではない。
『BrBa』と『ベター・コール・ソウル』は、「アルバカーキ・ユニバース」として世界を共有しているから、ソウル・グッドマンだけの話に留まらず、『BrBa』において麻薬組織に関わっている男たち、たとえば大ボスのガス・フリング(ジャンカルロ・エスポジート)やその用心棒たるマイク(ジョナサン・バンクス)、それからガスの宿敵であるサラマンカ・ファミリーの面々(トゥコ、ラロ、ヘクター)の過去が描かれる話ともなっている。
さらには、『BrBa』においては多くの登場人物が死んでいくことになるわけだが、そんな中を生き残りジーン・タカウィグと名前を変えたジミーのその後の姿も描かれることになる。つまりは『BrBa』の前日譚であると同時に、その後日談でもあるということになる(この後日談部分はモノクロ映像となっている)。『BrBa』を楽しんだ人にとってはやはり見逃せないドラマシリーズとなっている。
ソウルというキャラ
『BrBa』において主人公ウォルターが麻薬組織の連中と何とかやっていけたのは、ひとつにはソウルの手助けがあったからだ。ソウルは『BrBa』で初めて登場した時に、すでに裏稼業の仕事にかなり精通しているように見えた。だからこそ素人であるウォルター(ブライアン・クランストン)やその相棒ジェシー(アーロン・ポール)はソウルを頼ることになった。しかしながら『BrBa』においては、ウォルターが次第に殺しすら厭わないようになっていくのに対し、どこかでソウルは弁護士としての倫理みたいなものをわずかでも感じさせる部分があったとも言える。
それは悪になりきれないといったソウル=ジミーの性質みたいなものだったのかもしれないのだが、どこか憎めないような部分があることも確かなんじゃないだろうか。ワルたちの中で小突き回されるジェシーと似たような位置にソウルはいたということなのかもしれない。そんなジミーが主人公だから『ベター・コール・ソウル』は魅力的なドラマとなっていたのかも。
ちなみに『ベター・コール・ソウル』では、後半のエピソードで久しぶりに『BrBa』のウォルターとジェシーも顔を出すことになり、これもファンには堪らないサービスとなっている。
考え抜かれた脚本
物語を創作するアーティストは、たとえばキャラクターを設定する時、物語上には出てこないような裏設定みたいなものを考えたりすることがあるようだ。たとえばその主人公がそこまで生きてきた人生の経緯を考えてみるのだ。
出身はどこで、両親はどんな人物で、どんなふうに育てられ、どんな考えを持つに至ったか。どんな食べ物が好きで、趣味は何なのか。物語上はそうした背景は全く関係ないわけだが、そうした背景を設定しておくと、キャラクターにも説得力が生まれることになるし、何かしらのリアリティが生じてくるのかもしれない。
ソウルが初めて登場した時(『BrBa』のシーズン2のエピソード8)も、すでにそうした背景はある程度決められていたということが『BrBa』を観直してみるとよくわかる。『BrBa』のスピンオフである『ベター・コール・ソウル』の製作がいつ決定したのかはわからないけれど、ソウルは最初に登場した時にラロとイグナシオ(=ナチョ)の名前を出しているからだ。
ラロもナチョも『ベター・コール・ソウル』において初めて登場するキャラなのだが、『BrBa』の時にすでに名前だけは挙げられていたということだ。『BrBa』の時にはソウルが何がしかの修羅場をくぐり抜けてきた人物であることを示す背景のようなものだったこの謎のふたりの登場人物は、『ベター・コール・ソウル』で改めて丁寧に描かれることになるのだ。
そんな意味で、『BrBa』は綿密に組み立てられていたドラマだったと再認識させられることになる。多分、『ベター・コール・ソウル』を観た後で、もう一度『BrBa』を観直したならば、さらに「アルバカーキ・ユニバース」のつながりを発見することになるんじゃないだろうか。とはいえ、『BrBa』で62話、『ベター・コール・ソウル』が63話という大長編ドラマを観直すのはなかなか大変ではあるけれど……。
どうしてこんなところへ?
ジミーは敏腕弁護士である兄のチャック(マイケル・マッキーン)に憧れて弁護士を目指すことになるものの、その兄からは疎まれることになる。というのもジミーは調子がいいところがあるし、“滑りのジミー”を自称する詐欺師でもあったからだ。ジミーは悪だくみをして金を稼ぐことが好きで、その楽しさを忘れることができない。のちにジミーと結婚することになるキム(レイ・シーホーン)は、優秀な弁護士なのだが悪だくみの楽しさも知っていて、ジミーと一緒にそうした悪事を働いてしまう。
このドラマの登場人物たちはそんなふうにフラフラしている。弁護士として正義を実現すると言いつつも、悪だくみを企んだりもするし、そんなことをしつつも無料弁護士で慈善活動に精を出したりもする。悪の道に進んだかと思うと戻ってきて、真っ当に過ごしてみたもののうまくは行かず、ついつい元の道に戻ってしまう。そんなことを繰り返しているのだ。とはいえ、真っ直ぐに目的地に着くことのできる人のほうがもしかしたら少ないのかもしれない。だからこそジミーやキムのやっていることが褒められないことであるとわかっていても、何となく共感してしまう部分もある。
「善人の犯罪者もいれば、悪人の警官もいる。法に触れるかどうかの問題だ」。これはシーズン2のエピソード9でマイクが言っていた台詞。法に抵触すれば犯罪者ということになるわけだが、犯罪者の中にも善人もいるということでもあるのだろう。マイクにしてもジミーにしても、法を犯しているところはあるわけだけれど、どこかで善人の部分もあるわけでそこが共感につながるということなのかもしれない。
ジミーやキムは後から振り返ると、「どうしてこんなところへたどり着いてしまったのだろう」と思うような場所に自分が迷い込んでいることに気づく。元警察官なのにいつの間にかに麻薬組織と関わる仕事に関わることになるマイクもそんな一人なのだろう。マイクは息子が殺されたという出来事の復讐のために動いているうちに、裏稼業の仕事へたどり着くことになってしまったのだ。
“後悔”というテーマ
『ベター・コール・ソウル』は最後に“後悔”ということをテーマに据える。ジミーは『BrBa』の後、「シナボン」というシナモンロール専門店の店長ジーン・タカヴィクとして生きている。ソウル・グッドマンはお尋ね者になっていたからだ。それでも結局悪だくみを絶つことは出来ずに、最終的には警察に捕まることになる。
どうしてこんなことになった? ジミーはそんなふうに過去を振り返る。そして、ジミーはそれまでにも“後悔”ということについてウォルターやマイクに訊ねていたことが示される。誰にでもやり直したいことはあるわけで、ウォルターやマイクは明確にその決定的な出来事を指し示すことができたわけだが、ジミーにはそれがない。“滑りのジミー”の転倒詐欺でヒザを痛めたことが“後悔”だと語るのだが、結局やっていることは今と変わらないわけで、ジミーは最後まで変わることができないということを突き付けられた形になる。
「変わることができない」ということは、かつてジミーが亡くなったチャックに指摘されていたことだった。チャックはジミーの本性は詐欺師の“滑りのジミー”であって、弁護士になったことは過ちだと考えている。そしてジミーが“後悔”を語ると、チャックはそれを否定する。ジミーは結局変わることができないのだから、“後悔”なんか無意味だと言い放つのだ。この言葉はジミーの心の奥底に潜んでいたということなのだろう。
最終的に、相棒であるキムがすべてを告白したことを受け、ジミーもすべてを法廷で明らかにすることを決断したのは、それが変わることのできる最後のチャンスだったからということなのだろう。それによってジミーは終身刑務所で過ごすことになるのかもしれないけれど、ソウル・グッドマンでも、ジーン・タカヴィクでもない、本来のジェームズ(ジミー)・マッギルに戻ってこのドラマは幕を閉じることになる。
最終回でジミーとキムがタバコを吸うシーンは、初回のそれと同じ構図。かすかに光は射しているけれど薄暗い場所で、ふたりの関係性を示しているようでどこか哀愁漂う場面だった。
このドラマで主役のジミーを演じたボブ・オデンカークは、日本ではあまり知られていなかったんじゃないかと思うのだが、なかなかの才人のようだ。もともとは『サタデー・ナイト・ライブ』に出演していたコメディアンでもあり、放送作家としてはエミー賞も獲得したりもしているらしい。
『BrBa』は麻薬に関わる物語であり、切った張ったのやりとりをする世界の男臭い男が多い中で(ハゲ率が異様に高いのも特徴的)、口八丁手八丁といった感じのソウルが異彩を放っていたのはボブ・オデンカークがコメディアンとしての才能があったからなのかもしれない。最近では『Mr.ノーバディ』というアクション映画の主役も演じていて、こちらでは渋くキメていて別人のようだが、映画はとても気持ちよくスッキリさせてくれる作品なのでお薦め。
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