『Mr.ノーバディ』 名誉挽回の一撃

外国映画

監督は『ハードコア』イリヤ・ナイシュラー

主演はアメリカのテレビドラマシリーズ『ベター・コール・ソウル』ボブ・オデンカーク

物語

主人公のハッチ(ボブ・オデンカーク)は、郊外にある自宅と職場の金型工場を路線バスで往復する、ルーティンで退屈な毎日を送っている。外見は地味で、目立った特徴もない。この世の理不尽なことはすべて全身で受け止め、決して歯向かうことは無い。妻には距離を置かれ、息子からもリスペクトされることはない。世間から見れば、どこにでも居る、何者でもない男だ。ある日、バスの車内でチンピラと居合わせる。「ジジイ」呼ばわりされたことで、ハッチは遂にブチ切れ大乱闘。しかし、この事件はその後ロシアンマフィアへとつながり、街頭での銃撃戦、カーチェイス、と派手にエスカレートしていくのだった…。

(公式サイトより引用)

退屈な日常

最初にハッチ(ボブ・オデンカーク)の普段の3週間を描いていくのだが、バスで職場と自宅を往復し、会計の仕事をこなすだけで判で押したような日々が続く。前回は“ループもの”の『コンティニュー』を取り上げたが、ハッチの日常もまるでループしているかのようにほとんど同じなのだ。

そして、火曜日はゴミ出し担当なのにいつも寝坊してゴミを出しそびれ、妻(コニー・ニールセン)には嫌な顔をされたりもする。夫婦仲は冷めきっているのか、ふたりが寝るダブルベッドの間にはクッションで作った壁がある。どうしようもないほど退屈だし、心躍ることもない毎日なのだ。

しかし、そんな3週間の後に、ひとつの事件が発生する。家族が寝静まった頃、強盗がハッチの家に侵入したのだ。ハッチはそれに気づいたものの、事を穏便に終わらせようとする。息子が強盗にタックルを浴びせ形勢を逆転しそうになりながらも、弱気なハッチはそれ以上深追いすることなく、強盗を逃がしてしまうのだ。

父親のそんな態度に息子は幻滅し、妻も不満げな表情だ。立つ瀬ないハッチの唯一の味方になってくれるのがまだ幼い娘で、彼女だけが不甲斐ない父親を頼りにしてくれている。盗まれた現金もわずかで、息子は殴られてちょっと傷を負ったけれど、事件は終わったはずだった。しかし、娘が大事にしていたネコのブレスレットがなくなってしまったことがハッチをキレさせることになる。

(C)2021 Universal Pictures

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舐めてた相手が……

『Mr.ノーバディ』のハッチはうだつの上がらない平凡な父親のフリをしているのだが、実はかつて……。本作のようなジャンル映画を「舐めてた相手が実は殺人マシンでした映画」などと呼ぶことがあるのだそうだ。たとえば『イコライザー』『96時間』『ジョン・ウィック』などがそれに当たる。

本作には、その『ジョン・ウイック』シリーズのデレク・コルスタッドが脚本に参加していて、パロディとも思える部分もある。ジョン・ウイックが殺し屋稼業に復活するのは犬を殺されたからだったわけだが、本作のきっかけもネコのブレスレットとされている。ネコはまだ飼っていないのだが、ハッチと娘はネコを飼いたいと思っていて、そんな娘の大事な物がなくなったことがひとつのきっかけとなる。

しかし、このブレスレットは後になってハッチの家にあったことが判明する。強盗に盗まれたと思っていたのは、ハッチの勘違いだったということだろう。ちなみにフロイトはそんな錯誤行為を無意識のせいとして捉えていた。たとえば嫌いな上司である“部長”の役職名を言い間違えて“課長”と呼んでしまったとしたら、その人は無意識にその上司を「低く見積もっている」ということになる。

ハッチの勘違いもそれと同様だろう。本当はブレスレットは手元にあったわけで、ハッチはキレる必然性はなかったのも関わらず、ハッチはそれを理由にして平穏無事な日々を捨て去るような行動に走る。それをよく探そうともせずに、いきなり強盗犯を捕まえるために家を飛び出していくのだ。それというのもハッチは無意識では、この退屈な毎日にうんざりしていたのだろう。だからかつてのような戦いの日々に戻りたくなってしまい、それが勘違いを誘発したということになる。

実はハッチの父親(クリストファー・ロイド)もラストの戦いを前にして「これ(殺し合い? 命のやり取り?)がやめられない」みたいな言葉をもらしている。引退して老人ホームで隠居していたのだが、毎日の映画三昧にも飽き飽きしていたのだろう。

監督のイリヤ・ナイシュラーは、本作を「依存症の人について描いている」と語っている。ハッチもその父親も一度エキサイティングな戦いの味を知ってしまったために、そこから抜け出すことはできなくなってしまっているということなのだ。

(C)2021 Universal Pictures

名誉挽回の一撃

ハッチの父親はかつてFBIで働いており、異母兄弟のハリー(RZA)とハッチはその父親と三人組で政府の仕事をしていたらしい。ハッチが「ノーバディ(nobody)」とされているのは「取るに足らない人物」ということでもあるが、「戸籍上は死んだことになっている」ということでもある。そして、その仕事から足を洗い、平穏無事な生活を手に入れたわけだが、結局それが堪えられなくなって、元の世界へと戻ってきたわけだ。

ただ、ハッチは長年の平穏無事な生活のせいか、ジョン・ウィックのようなカッコよさはない。バスでの乱闘でも相手にナイフで刺されたり、バスの外へと投げ出されたりして満身創痍になっている。それでもその痛みが楽しいとでも言うように、再び彼らに戦いを挑むことになる。

本作のラストのアクションなどを見ると、『ジョン・ウィック』の製作チームが練りに練ったものでとてもよくできているのだが、ジョン・ウィックとハッチとでは観客が抱く親近感が違うかもしれない。

ジョン・ウィックを演じたキアヌ・リーブスはスターだし、アクションをカッコよく決めるのも当然と思えるが、一方のハッチは冴えないおじさんだ。そんなおじさんがカッコ悪くても敵を倒していくとなれば、日頃それなりに鬱憤を抱えている観客としては、ハッチの姿に自らを投影してハッチが鬱憤を晴らしてくれるかのように感じるだろう。その分、気持ちの入り方が違うんじゃないだろうか。敵となるロシアンマフィアを全滅させるのはやりすぎではあるけれど、久しぶりに観た後にスッキリと気持ちよくさせてくれるアクション映画だったような気がする。

(C)2021 Universal Pictures

ハッチの父親を演じているのが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズでドクを演じていたクリストファー・ロイドだったのには驚いた。エンドロールまでそれに気がつかなかったのは、クリストファー・ロイドのほかの作品を観たことがなかったからで、クリストファー・ロイド=ドクになっていたからなのだが、今ではもう80歳を超えているようだが、元気そうな姿が見られて何よりだった。

ハッチを演じたボブ・オデンカークは、アメリカのテレビドラマシリーズ『ブレイキング・バッド』で犯罪者たちを助けて金を稼ぐ弁護士ソウル・グッドマンを演じてブレイクした人。

ソウル・グッドマンは口がうまくて調子がいい胡散臭い人間で、そのキャラクターがウケたのかスピンオフの『ベター・コール・ソウル』まで製作されることになった(現在、シリーズ5まで続いている)。そんなソウル・グッドマンとは打って変わった役柄の本作だが、すべてが終わった後に警察の取り調べを受けているシーンで「 Don’t Let Me Be Misunderstood」をバックに登場してタバコを吹かすボブ・オデンカークはとても渋く見える。こんな役柄を演じられるとは思わなかったので意外だったし、思わぬ収穫だったと思う。

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