『人間の條件』 戦争はいやだ

日本映画

1959年から1961年にかけて公開された全篇で9時間半を超える大作。

監督は『切腹』『怪談』などの小林正樹

原作は五味川純平の大ベストセラーとなった同名小説。

物語

第二次戦争末期の満州。戦争そのものに疑問を抱いていた梶(仲代達矢)は、徴兵が免除される鉱山での仕事を選び、妻とした美千子(新珠三千代)と一緒にそこへ向かう。

梶はその鉱山の労務管理者として、中国人捕虜たちを管理する仕事を任される。会社からは増産を命じられているものの、鉱山での仕事の条件は決していいものではない。管理者となる日本人は中国人捕虜をまるで奴隷のように扱い、職場環境を改善して中国人捕虜の働く意欲を上げさせようとする梶と対立するようになっていく。

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空前絶後の超大作

日本映画の中では空前絶後の超大作と言える作品。全6部で9時間半の長丁場。1959年から毎年2部ずつが公開された。構成としては「第1部純愛篇」と「第2部激怒篇」では、主人公である梶が鉱山での中国人捕虜の待遇改善に奮闘する姿が描かれる。「第3部望郷篇」と「第4部戦雲篇」では、徴兵免除という約束を反故にされた梶の軍隊生活とロシア軍との戦闘が描かれる。そして、「第5部死の脱出」と「第6部曠野の彷徨」では、生き残り兵の撤退戦が描かれる。

『人間の條件』が日本映画における空前絶後の大作とされるのはその製作の規模と公開の仕方からしても理解できる。北海道で撮影されたという本作はスケール感がある映像で、延々と続く荒野は中国大陸のそれと言われても遜色ないくらいだし、その荒野を戦車が連なって走る様子など、大作らしい見せ場も持っている。しかし、大作でも凡作というのはよくあることで、本作が評価され未だに観る価値がある作品となっているのは、極めて真面目で重苦しい題材に真正面から取り組んでいるからだろう。

(C)1959 松竹株式会社

梶という男

主人公の梶は正義漢である。日本が戦争へと突き進み、それに対して誰も反対意見など言えなかった時に、梶だけは公然とそうした意見を貫き通そうとする。本作が公開された時、「日本に梶のような男はいなかった」とか、もしくは「いたとして死んでしまった」とか言われたのだとか。そのくらい梶は立派な男で、自分の信念を曲げることなく闘った男ということになる。

梶が闘ったのは敵国の兵士というわけではなく、理不尽なことを要求してくる間違った世の中ということになるかもしれない。梶が最初に徴兵逃れのために働くことになる鉱山でも、次に送られる戦地における軍隊生活でも、その後の捕虜生活でも、人間が人間として扱われないような状況があり、それに対して梶は常に異議を申し立てることになる。もちろんそれは戦争へと突き進む日本の中で戦争反対を唱える非国民のように忌み嫌われることになる。

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根本的矛盾

世の中には多くの矛盾があり、不条理が支配している。戦争はそれをより明確にする。平和な時代においても、殺したほうがいいと思うような輩は少なくない。戦争という非日常的な状況は、明らかにそれを助長するだろう。

鉱山では日本人が中国人捕虜を気分次第で虐げる状況があったし、軍隊では古参兵が新兵に対して同じことをしている。梶はそこに根本的矛盾があると語る。戦争によって国が国と戦い、他国の土地を侵略し、勝者が敗者に対して横暴に振舞うことを容認する。そのこと自体に間違いがあり、その間違いがあるからこそ、軍隊では上の者が下の者に対して暴力を振るうといったことが生じたりもする。そもそもの状況がおかしいから、そこに放り込まれた人間もそれに対応しておかしくなるということだ。

梶はそれを問題視し闘うのだが、それはある場所ではヒューマニズムと揶揄され、ある場所では「デタラメな境遇では、デタラメに生きるしかないんだよ」と呆れられる。ある兵隊は現在の状況が間違っていることは「歴史が証明するだろう」と語るのだが、梶はそれではすべてのことを「仕方ない」として受け入れることになるとして、最後まで諦めることをしないのだ。

(C)1959 松竹株式会社

被害者であり加害者でもある

梶は自分や仲間を守るために闘う。新兵の寺田(川津祐介)は愛国精神を植え付けられ、玉砕覚悟でロシアの戦車と闘おうとするのだが、そんな姿を梶はアホ呼ばわりする。「生きて日本へ帰ることを考えろ」という梶に寺田は助けられることになり、その後は梶の跡を追いサバイバルの方法を学んでいく。梶は自分とは相容れない寺田のことを見捨てることもなく、彼のためにも闘うことになる。

しかし、戦場で生きていくためには敵を殺さなければならない時もあるし、自分の仲間を助けるためには理不尽な要求をする仲間を殺すことにもなる。第5部、第6部では金子信雄演じる桐原伍長が非道な振舞いをする。桐原は戦争のどさくさに紛れ、同胞の少女(中村玉緒)をレイプするなどゲスな行動ばかりを繰り返す。梶はそんな桐原に人間以下の者という意味を込めて、「明日からは四つ足で歩け」と罵倒するわけだが、梶はその桐原を殺すことになる。梶は戦争の被害者でもありながら、同時に加害者ともなってしまうのだ。

第1部、第2部における鉱山では、梶は逃亡した中国人捕虜を処刑する場に立ち会わせられることになる。捕虜たちのリーダーである王亨立(宮口精二)は、処刑の瞬間が決定的な分かれ道になると語る。小さな誤謬は誰にでもあるし、それは修正が可能なものだ。しかし、決定的な瞬間に犯す誤謬は決して許されることのできない犯罪になる。人道主義の仮面を被った殺人狂の仲間になるか、人間という美しい名に値するかの分かれ道になる。

梶はその分かれ道で躊躇してしまう。処刑の中止を訴えることは自分の命を投げ出すこととなり、さらには結婚して中国の奥地まで一緒についてきた妻を悲しませることになる。そのことが決断を遅らせ、処刑の半分がなされた時になってようやく声を上げることになる。梶ほどの正義漢でも、憲兵隊の武器を前にして、彼らの決定に異を唱えることはやはり難しいことなのだ。

だからといって梶が「人間という美しい名」に値しないのかと言えば、そんなことはないと思うのだが、戦争という状況はそんな梶さえも歪めてしまうということなのだろう。その意味で本作は悪しき状況が、人間を狂わせてしまうということを何度も繰り返し見せていくことになるのだ。

虚しいラスト

そこまでして生き延びてきた梶はどうなるのかと言えば、最後は妻の美千子の下へと歩き続けるものの、途中で力尽き雪の小さな山となって死んでいくことになる。9時間半という時間をかけて観てきたドラマとしては何とも虚しい終わりなのだが、それが戦争なのかもしれない。

人間は努力は報われると思いたいし、行きつくところが死と決まっていれば何もできないかもしれない。ロシアの捕虜収容所まで何とか生き抜いてきた新兵の寺田は、ロシア軍の戦車の猛攻の中を生き抜き、飢餓状態で森の中を彷徨い、何度も死に目に遭いながらも生き永らえ、こんなところで死ぬわけがないと思っている。しかし、寺田はそこで死んでいくことになる。梶もここまで頑張ってきたのに誰もいない大地で死ぬわけにはいかないし、美千子のところへたどり着くまでは思うのだが、結局は虚しく終わることになるのが何とも言えず重苦しいラストシーンだった。

(C)1959 松竹株式会社

戦争はいやだ

本作が80年代にリバイバル上映された時、監督の小林正樹がパンフレットに寄せた文章が、本作の意義というものを十二分に示していると思うので引用しておく。

『人間の條件』を映画化したいと思った最大の理由は、私も梶と同じように戦中派の人間だからです。青春を戦争の中で送り、自分の意思に反して戦争に協力するという形でしか、あの時代を生き延びる事が出来なかった不幸な経験を、梶という人間像の中でもう一度確かめてみたいと思うからです。

愛する者との生活を守るために、進んで侵略戦争に協力するということ、被害者でありながら加害者であるということとの矛盾に引き裂かれながら、その立場の二重性を一つのものにしようと梶は努力するわけですが、結局、自分が被害者にならなければ、加害者である事を止められないのだという事態を、身をもって実証しなければならなくなります。

梶の中で悲劇として現われざるを得なかったこの二重性は、殆どの日本人が戦争の中で多かれ少なかれ経験した筈ですが、戦後の今、若い世代の観客にそれがどれだけの重さで感じとって貰えるかという事に、この作品の成否がかかっていると言えます。

戦争という非人間的なものに向いあいながら、それを人間的なもので越えようとして戦った梶という人間に共感することの中から、「戦争はいやだ」という単なる勘定を越えた確固とした戦争否定の立場を汲み取っていただきたいと思います。

主人公の梶は最後に死んでしまうわけだが、小林正樹は同じく満州で戦争を体験しながら帰ってきた。それでも帰ってきたことを素直に喜べない気持ちがあるのは、小林正樹も梶と同様に、生き残るためには自分も加害者にならなければならなかったという忸怩たる思いがあるからだろう。そうした罪の意識が本作を世に送り出すきっかけともなっているし、そのメッセージを説得力のあるものにしている。今では日本ではもう戦争を体験した人は少なくなっているわけで、その意味でも本作は貴重な作品だと感じた。

重くて暗くて絶望的な作品なのかもしれないが、普通に生きていたら「人間の條件とは何か?」などと考える機会もないわけだし、本作を観て一度くらいはそんなことに思いを巡らせるのも悪くないんじゃないだろうか。9時間半という長丁場も決して退屈なものにはならないと思う。

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