『赤い殺意』 動物的な自己防衛本能

日本映画

『復讐するは我にあり』などの今村昌平監督の1964年の作品。『キネマ旬報』のベストテンでは日本映画部門の第4位となった。

原作は『秋津温泉』などを書いた藤原審爾

近くのレンタル屋には今までなかった作品だが、7月2日にDVDがリリースされたもの。

物語

旦那と息子が実家に帰っていた夜、ひとりで家に居た貞子(春川ますみ)は強盗に出くわす。金を奪われ逃げようとした貞子だが、強盗に力づくで犯されてしまう。ショックのあまり自殺を決意したものの死に切れない貞子は、せめて息子に会ってから死のうと自らを慰めるのだが……。

流されるばかりの女

レイプという惨い題材を扱っていてはいるものの、どこか悲惨な部分よりも滑稽さが感じられる。貞子は「死なねば、死なねば」と独白しつつも、やることなすこと失敗するからだ。紐で首を吊ってみれば、体の重さに紐が切れてしこたま尻をぶつけたり、真剣にやっているのだがすべてがうまく決まらないのだ。

そうした失敗に対しても、自分には非がないレイプ事件に関しても、貞子は自分のなかですべて正当化しつつ生きる方に向かっていく。ついさっきまで死のうとしていたにも関わらず、気がつくといつの間にかご飯を貪り食っているというあたりが、今村昌平が自らの作品を重喜劇など呼んだ所以だろうか。

貞子は高橋家の嫁のような位置にいるが、まだ籍は入っていない。高橋家にとって貞子は「妾の子供」というやつで、幼いころに高橋家に引き取れ、都合よく女中扱いしてきたもの。そんな貞子に今の旦那・吏一(西村晃)が手を出して子供が生まれたため、夫婦のような形になっているが、その子供の籍は本家にある。貞子は自らの子供も高橋家に奪われてしまっているのだ。

喘息持ちで吝嗇家の吏一は今でも貞子を女中扱いで、バカだのデブだのと罵るばかりだが、貞子は謝るばかりで言い返すこともできないでいる。貞子は流されるばかりで今の境遇にいるわけだが、それを変えようとするほどの意欲も才覚もなさそうなのだ。

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殺意の目覚め

そんなある日、強盗犯の平岡(露口茂)が再びやってくる。強盗に加えレイプもしている平岡だが、実は心臓に病を抱えていて、薬のために金が欲しかったのだという。再び犯行現場にやってきたのは、貞子のことが忘れられなくなったからで、貞子に「優しくしてもらいたいんだ」と懇願する。そうした関係が続くうちに貞子には子供ができ、次第に平岡に対する殺意を覚えるようになる。

今まで受け身に徹していた貞子だが、平岡との関係をきっかけにして変わっていく。こっそり貯めていたへそくりを手切れ金として渡してみたりと、受け身ではなく自らの考えで行動するのだ。そして、それらの次善策も平岡に受け入れられなかったとき、お茶に毒薬を仕込んで平岡を殺すことを決意する(なぜ殺意が「赤い」のかは最後まで不明だった)。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『赤い殺意』はモノクロ作品。貞子(春川ますみ)と平岡(露口茂)。

動物的な自己防衛本能

『赤い殺意』の貞子は「死なねば死なねば」と言いつつ死に切れない。生き物だからこその自分を守るべく防衛本能が働くからだろうか。名誉とか貞淑のために死のうという人間的な意志よりも、自分を守ろうという動物的な本能のほうが強いということかもしれない。

たとえば貞子は生きていくために過去の記憶すら歪曲している。自分はふしだらな女じゃないと自らに言い聞かせるために、自らの記憶を捻じ曲げて貞淑な妻だったフリをしていたのだ。こうした自己正当化も防衛本能の一種だろう。だからレイプ事件の後は「しょうがなかった。どうしようもなかった。」と自分を慰めつつも図太く生きていくことになる。

そんな貞子が平岡への殺意という能動的な感情に動かされることで、流されるばかりだった人生を変えていく。結末には偶然の出来事が重なっていくのだが、最後に高橋家を仕切っているのは貞子なのだ。

弁護士を立てて子供を自分の籍に入れ、吏一とも正式の夫婦になる手筈も整う。表面上はこれまでと同じように腰を低くしつつも、どこかで計算づくで旦那と姑をあしらっているようにも見えるのだ。貞子は強い女だとか闘う女ではないのだが、のらりくらりと窮地を脱し、泥臭く勝ちを拾うようなしぶとさがある。最後の貞子の笑い声は、いつもの独白が漏れ出てしまったものなのか、無意識のものなのかはわからないのだが、貞子という女性の生命力には天晴れと言うほかない。

今村昌平の初期作品

最近になって初期の作品がDVD化されている今村昌平。

処女作の『盗まれた欲情』はテント劇場の賑わいの雰囲気がよく出ていたんじゃないかと思う。『西銀座駅前』はフランク永井の歌から出来た歌謡コメディ。恐妻家の主人公が妄想に耽るところがおもしろい。

そして、『果しなき欲望』は一番のエンターテインメント作品。戦後のごたごたの最中に隠してあったお宝を巡って、欲に目が眩んだ連中がすったもんだを繰り広げる。『赤い殺意』にも登場していた二代目水戸黄門の西村晃をはじめ、殿山泰司小沢昭一加藤武などの個性的な役者陣が揃っているのを観てるだけで楽しい。

実は未だに観ていない今村作品も多くて、『にっぽん昆虫記』『人間蒸発』あたりの再リリースも期待したい。

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