『ゴッドランド/GODLAND』 力強い自然と小さな人間たち

外国映画

監督・脚本は『ウィンター・ブラザーズ』などのフリーヌル・パルマソン

アカデミー賞の国際長編映画賞のアイスランド代表作品。

原題は「Vanskabte Land」。

物語

若きデンマーク人の牧師ルーカスが、植民地アイスランドへ布教の旅に出る。任務は、辺境の村に教会を建てること。しかしアイスランドの浜辺から馬に乗り、陸路ではるか遠い目的地をめざす旅は、想像を絶する厳しさだった。デンマーク嫌いでアイスランド人の年老いたガイド、ラグナルとは対立し、さらに予期せぬアクシデントに見舞われたルーカスは、やがて狂気の淵に落ちていく。瀕死の状態で村にたどり着くが……。

(公式サイトより抜粋)

珍しいアイスランド映画

デンマーク人の牧師がアイスランドへ布教に行く話ということで、『ゴッドランド/GODLAND』はアイスランドを舞台にしている。アイスランドを舞台にした映画など観る機会は滅多にない。以前、『ひつじ村の兄弟』という作品があったけれど、アイスランド映画を取り上げたのはその作品くらいだっただろう。

ちなみに『インターステラー』は、地球ではない別の惑星の一場面としてアイスランドの風景が使われていた。荒涼とした風景がそこを別世界のように感じさせるということなのだろう。本作はそんなアイスランドの風景が存分に観られることになるわけで、そこが見どころとなっている。

物語は前半と後半に分けられる。前半では主人公である牧師ルーカス(エリオット・クロセット・ホーヴ)の布教の地までの旅が描かれていくことになる。そして、後半ではその土地に到着してからの牧師の活動が描かれる。

ルーカスはアイスランドの人々に触れ合いたいという気持ちから、直接船で布教地へと向かうのではなく、島を横断するようなルートを選んだということらしい。そこで目にする風景はほとんどが手つかずの自然ということになる。ルーカスたち一行が馬に乗って進んでいく道は、人工物などは一切なく、舗装された道などもどこにない。そんな道なき道を往き、テントで野宿しながら荒涼とした風景の中を進んでいくことになるのだ。

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「神の国」あるいは……

本作のタイトルは「ゴッドランド」というものだが、これは英語版のタイトルから採られているらしい。ところがそもそもの原題は「Vanskabte Land」というもので、これはデンマーク語で「悲惨な土地」あるいは「神に見捨てられた土地」ということになるらしい(『IMDb』のトリビアの記載を参照)。英語版のタイトルがなぜ原題と正反対のものとなっているのかはよくわからないけれど、原題はデンマークからすると辺境の土地となるアイスランドのことを示しているということなのだろう。

それから劇中では、二度に渡ってタイトルが出てくることになるのだが、もうひとつのタイトルは「Vansköpuð Land」というものだったようだ。これはアイスランド語で同じ意味を指す言葉ということのようだ。

監督のフリーヌル・パルマソンは、アイスランドで生まれた人だが、デンマークの国立映画学校で映画を学んだらしい。本作は長編作品としては3作目ということになり、北欧の映画界では注目の人材ということ。フリーヌル・パルマソンは、どちらの国についても詳しく知っているからこそ、本作が生まれたということなのだろう。

主人公のルーカスはデンマーク人であり、アイスランド語をまったく理解しない。通訳の男からはアイスランド語を色々と教わる。アイスランド語には天候に関する言葉が多いのだとか。たとえば雨に関する言葉は特に多いらしい(前半部ではほとんど雨が降っている)。通訳はそうした言葉を色々と挙げるのだが、ルーカスはあまり興味がないのかすぐに諦めてしまう。

ところがこの通訳が増水した川に流され、道半ばにして横死してしまうことになる。そうなるとルーカスはアイスランド語をまったくわからないわけで、道案内として現地で雇われたガイドのラグナル(イングヴァール・E・シーグルズソン)に頼るしかなくなってしまうのだが……。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

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宣教師と植民地主義

辺境の地に渡りキリストの教えを布教する牧師。そんな牧師は、キリストの福音を世界中の人に伝えるという熱心さを持った善意の人かと思っていたのだが、それは私の勝手な思い込みだったのかもしれない。

ルーカスは先を急ぐために増水した川を強引に渡ることを主張する。そのことを最初は与えられた使命に対しての熱意と見ていたのだが、その後のルーカスの態度を見ていると、すべてを「神の思し召しだ」という都合のいい言い訳で済ましてしまっている。自分のせいで通訳を殺しているにも関わらず、そのマジックワードですべてが赦されるとでも考えているように見えるのだ。

ルーカスは自分が信じている神の素晴らしさを、未開の土地の野蛮な人々にも教えてやるといった傲慢さがある。私自身は本作で初めて知ったのだが、アイスランドは長らくデンマークの植民地だったのだという。アイスランドがデンマークから独立したのは1944年だというから、それほど昔ではない。それまで長い間アイスランドはデンマークに支配される状況にあり、本作が描いているのは19世紀後半のそんな時代なのだ。

たとえば、キリスト教の宣教師を描いた作品『ミッション』でも、キリスト教の布教と植民地主義は分かちがたく結びついていたと言えるのかもしれない。とはいえ、宣教師たちはそうした宗主国側の考えとは別に、現地の人たちのことを考えていたはずで、だからこそ『ミッション』の宣教師たちは現地の人たちと一緒に植民地主義と闘うことになったのだ。そんな宣教師と比べると、ルーカスは自分勝手な存在に見える。

本作はアイスランドにおいて、デンマーク人の牧師が撮った写真が見つかったという設定から始まっている。ルーカスは布教の際に当時はまだ珍しかった写真機を持参し、アイスランドの風景やそこで暮らす人々を写真に収めていたのだ。

ルーカスは一種の観光気分でもあったのかもしれないし、後半で現地の女性アンナ(ヴィクトリア・カルメン・ゾンネ)と親しくなったりする一方で、ガイドではあるものの不親切なラグナルとは対立的な関係となっていく。ルーカスには、キリストの教えによって現地の人に救いをもたらそうなどという意識はなかったということなのだろう。

ルーカスがアイスランドに派遣されたのは、そこに教会を建てるためだ。それはキリスト教の布教のために違いないわけだが、その一方で宗主国側の人間として自分たちの宗教を植民地の人たちに押し付けるということにもなっている。ルーカスのキャラはそうした宗主国デンマークの傲慢さを示しているということなのだろう。

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罪の告白に対して

そんなルーカスと対立する形になるのが、現地ガイドのラグナルだ。ラグナルはルーカスとの出会いの時から、ルーカスがアイスランド語を理解していないことを知って、彼に向って「デンマークの悪魔め」などと罵っている。しかし、ラグナル自身は実はデンマーク語を理解している。

アイスランドでは宗主国であるデンマークの言葉も学ぶことになっているということなのだろう。ラグナルはおばあさんが休日にはデンマーク語を話していたから、自然に覚えてしまったらしい。ところが、ラグナルは最後の最後までデンマーク語を知らないフリをしている。そうした意味では、ラグナルは偏屈で意地悪なじいさんということになる。

ラグナルは最後に、ルーカスの馬を殺したのは自分だと告白することになる。そして、ラグナルはルーカスに「祈ってくれ」と懇願することになるのだが、これはどういう意図だったのだろうか? ラグナルはルーカスに救いを求めていたのか、あるいは罪を犯しても祈れば赦されると考えているキリスト教そのものを揶揄していたのだろうか。その後の展開からすると、後者のようにも思えるわけで、宣教師がもたらしたものは別の形の戦いでしかなかったということになる。

アイスランドの風景がとても印象的な作品だ。前半の最後には、厳しいアイスランドの自然に身も心も疲れ果てて死んだようになってしまったルーカスと、赤黒い溶岩を噴き出す活火山が対照的に描かれる。日本の自然の印象はもっと穏やかで、人間はその自然と一体となって生きていくというイメージとなるわけだが、アイスランドでは自然の力が圧倒的にも見える。そんなふうに活き活きとして力強い自然と比べると、人間はごく小さくて脆い存在とも思えてくることになる。

馬が死んで、それが土に還るまでをタイムラプスで見つめていく場面がある。ここは実際に2年もかけて本物の馬が朽ちていく様子を撮影したものらしいが、馬は次第に骨となって土と同化していくことになる。ここでも生き物は自然の営みの中では小さな存在だと感じさせるのだ。

ほかにも羊をまるごと解体する場面などもあり、吊り下げて臓物を取り出したりもする。都会で生活していると忘れてしまうことだけれど、実際にはそんなふうに生き物を屠って食べていかなければ人は生きていけないということなのだろう。

そういう意味ではリアルな世界を描いているわけだが、本作は『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』のように、スタンダードサイズの画面を丸く縁どる形になっていて、そんな装飾もあって全体的にはおとぎ話のような雰囲気もあった。

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