『私をくいとめて』 女性のリアルな感情?

日本映画

原作は『蹴りたい背中』『勝手にふるえてろ』などの芥川賞作家・綿矢りさの同名小説。

監督・脚本は『勝手にふるえてろ』などの大九明子

主人公を演じるのは“のん”こと元能年玲奈

物語

アラサー女子の黒田みつ子(のん)は充実した「おひとりさま」ライフを送っていた。休みになると「おひとりさまチャレンジ」と称して、食品サンプル作りを体験してみたり、ひとり焼肉を堪能したりと楽しんでいる。

ひとりでも寂しくならないのは、みつ子は脳内の相談役であるAと常に会話をしているからだ。Aはみつ子に助言を与えたり、的確なツッコミを入れたりしてみつ子を飽きさせないのだ。

そんな生活がいつまでも続くものだと信じていたみつ子だが、職場で出会った営業マンの多田くん(林遣都)のことが気になるようになり……。

のんの一人芝居

『勝手にふるえてろ』の綿矢りさと大九明子のコンビの作品ということもあって、主人公のキャラクターには共通点がある。どちらもそれなりに社会人として世間に順応してそうに見えるのだが、意外と腹の中に抱えている物も多いようで色々とこじらせてしまっているのだ。

『勝手にふるえてろ』のヨシカの場合は妄想癖が著しく、その妄想が日々を楽しくしているのだが、『私をくいとめて』のみつ子の場合はイマジナリーフレンドのような脳内の声が味気ない日々をやり過ごすことを可能にしている。なぜかAの声はちょっと低音が響く男性の声(中村倫也)になっていて、自分との対話なはずなのに、素敵な男性とやり取りをしているように感じているのかもしれない。

みつ子を演じるのんは、Aとの声のやり取りだけで笑ってみたり泣いてみたりと忙しく、ほとんど一人芝居めいている。事務所移籍問題なんかでのんにとっては久しぶりの主演作ということになったわけだが、ほとんど出突っ張りの本作はのんのファンにとっては存分に楽しめる作品なんじゃないだろうか。

(C)2020「私をくいとめて」製作委員会

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紆余曲折ありの展開

みつ子と多田くんはご近所さんということが判明し、食事をおすそ分けする関係になるのだが、そこから先にはなかなか進まない。これはみつ子のこじらせ具合を示してもいるのかもしれないのだが、多田くんとの進展はほったらかしにしていく展開は脱線気味にも感じられた。

温泉施設での唐突な怒りの噴出や、イタリア行きのエピソードが入ることで、全体の流れが寸断されてしまっているのだ。イタリアに行った親友・皐月の結婚と妊娠を素直に喜べないみつ子は、それを認めることでちょっとは成長するということなのかもしれないのだが、皐月を演じるのが橋本愛だということもあり、テレビドラマ『あまちゃん』のコンビを再現したいという製作側の意図も感じる。ふたりが揃えばそれなりの宣伝効果もあるという判断から、切るに切れなかったのだろうか。個人的には橋本愛が見たかったからこの作品を選んだわけだけれど……。

(C)2020「私をくいとめて」製作委員会

女性のリアルな感情?

独身男性が結婚する前に、年貢の納め時とばかりに友人男性と最後に浮かれ騒ぐ。そんなエピソードはよく映画で見かける。独身男性は幸せな結婚を求めつつも、それによって失われるであろうほかの女性との自由な関係を名残惜しむわけだ。

本作はその女性バージョンみたいなものなんだろうか。みつ子は多田くんのことが好きで、それを先に進めたいという気持ちもあるのだが、同時にAと一緒にお気楽に過ごしていた「おひとりさま」時代を捨て去ってしまうことを不安にも感じている。その不安の切迫度はふたりの関係を壊しかねないほどで、それまでは声だけの存在だったA、幻想の中である男性の姿(前野朋哉)となって現れるまでになる。

それほどまでに「おひとりさま」時代が捨てがたいというのがちょっと意外だと思えたのは、どちらかと言えば女性は恋愛に対するプライオリティが高いと勝手に思い込んでいるからだろうか。ふたりは付き合うことになり「ハネムーン期」と言ってもいい時期なのに、そんな葛藤が描かれるのは珍しいんじゃないだろうか。そんなわけでふたりの関係は遅々として進まず、紆余曲折を経ることになりカタルシスには欠けるのだが、そんな複雑な感情のほうが女性のリアルを捉えているのかもしれない。

(C)2020「私をくいとめて」製作委員会

今年の傾向?

年の瀬だし恒例の「ベスト10」の時期でもあり、今年観た作品に関して振り返ってみていたところ、何となく感じたのは女性監督の作品が目立っていることだ。本作『私をくいとめて』の大九明子監督もそうだし、同じ日に公開された『ワンダーウーマン1984』パティ・ジェンキンス監督も女性だ(『WW84』はガル・ガドットは相変わらずカッコいいのだが、トランプ批判の部分がちょっとピンとこなかった)。

ざっと調べた限りでもこのブログで取り上げた中では、『37セカンズ』HIKARI監督)『罪と女王』メイ・エル・トーキー監督)『ストーリー・オブ・マイライフ』グレタ・ガーウィグ監督)『はちどり』キム・ボラ監督)『82年生まれ、キム・ジヨン』キム・ドヨン監督)『朝が来る』河瀨直美監督)『燃える女の肖像』セリーヌ・シアマ監督)などが女性監督の作品となっている。まだキャリアの浅い若手の監督の作品も多いのも特徴的と言えるかもしれない。

全体的に女性の監督が増えているのかどうかはわからないのだが、参考までに自分がその年の「ベスト10」として挙げた作品を調べてみると、これまでは10本中1本くらい女性監督の作品が混じっているという結果だった。そんな例年から比べると今年の「ベスト10」では、もっと女性監督の作品の比率が高くなりそうな気がしている。

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