『神は見返りを求める』　ダメな部分が愛おしい

脚本・監督は『BLUE/ブルー』や『空白』などの𠮷田恵輔。

主演は『ヒメアノ～ル』などのムロツヨシと、『銀の匙 Silver Spoon』などの岸井ゆきの。

物語

主人公・イベント会社に勤める田母神（ムロツヨシ）は、合コンでYouTuber・ゆりちゃん（岸井ゆきの）に出会う。田母神は、再生回数に悩む彼女を不憫に思い、まるで「神」の様に見返りを求めず、ゆりちゃんのYouTubeチャンネルを手伝うようになる。登録者数がなかなか上がらないながらも、前向きに頑張り、お互い良きパートナーになっていく。そんなある日、ゆりちゃんは、田母神の同僚・梅川（若葉竜也）の紹介で、人気YouTuberチョレイ・カビゴン（吉村界人・淡梨）と知り合い、彼らとの“体当たり系”コラボ動画により、突然バズってしまう。イケメンデザイナ一・村上アレン（栁俊太郎）とも知り合い、瞬く間に人気YouTuberの仲間入りをしたゆりちゃん。一方、田母神は一生懸命手伝ってくれるが、動画の作りがダサい。良い人だけど、センスがない…。

恋が始まる予感が一転、物語は“豹変”する――！

（公式サイトより抜粋）

表の顔と裏の顔

𠮷田恵輔の作品では、たとえば『机のなかみ』や『ヒメアノ～ル』のように、前半と後半でまったく違ったテイストになることがある。それは『神は見返りを求める』も同様だ。

なぜテイストが変わるのかと言えば、人間には表の顔と裏の顔があるからだろう。それは『犬猿』では、キラキラした部分とドロドロとした部分として描かれていた。本作も、主人公の田母神（ムロツヨシ）は前半では“神”のようにやさしい人として描かれることになるが、後半になるとそれは一変することになる。

田母神はイベント会社に勤めていて、その合コンで飲めない酒で酔いつぶれていたゆりちゃん（岸井ゆきの）と出会う。田母神はそんなゆりちゃんを親切に介抱してやることになるのだが、それがきっかけで田母神はYouTuberとして活動しているゆりちゃんの手伝いをすることになる。

私自身はYouTuberの動画を見るという習慣がないので、正直に言えばどんな動画が人気になるのかは見当がつかない。ゆりちゃんはフラフープをしながらパスタを食べる動画とか、テレビドラマを完全再現したりする動画を公開したりしている。これがごく普通のYouTuberなのかどうかはわからないけれど、それを見た職場の同僚が引いていたところからすると、ちょっとイタい感じがする女の子というイメージがゆりちゃんなんじゃないだろうか。

田母神はそんなゆりちゃんを純粋に助けるという気持ちで手伝いを始めたということになるのだろう。ところがゆりちゃんが人気のYouTuberになると状況は一変する。

ふたりの変貌

ゆりちゃんはそれまでと態度を一変させる。田母神への視線は尊敬の眼差しから、一気に軽蔑的なものになる（岸井ゆきのが変貌が残酷だ）。ゆりちゃんは人がいいけどイタい女の子に見えても、実際にはイベント会社の合コンに参加している計算高い部分もある。実際に成功者となったゆりちゃんにとって、田母神は邪魔者でしかなくなっていくのだ。こうして邪険に扱われた田母神は、今度は男の小ささを露わにするようになっていく。

ゆりちゃんが独りで製作した動画で炎上騒ぎを起こした時、ゆりちゃんは迷惑をかけた田母神に体を差し出そうとするものの、田母神は「見返りなんか求めていない」とそれをはねつける。これはカッコつけた部分もあるわけだけれど、本心でもあったのだろう。ゆりちゃんがそんなふうに田母神に誠意を見せてくれれば十分だったのだ。

ところがゆりちゃんが田母神の恩を忘れてしまったかのような態度になると、田母神も恩を売ったことをあげつらうような面倒くさい男に豹変する。本作は「見返りを求める男」と「恩を仇で返す女」の物語なのだ。こんなふうに人間には表の顔と裏の顔がある。キラキラしている部分とドロドロした部分がある。だからこそ本作も前半と後半ではテイストが変わってくるのだ。

誰かに見られてる

𠮷田監督の前作の『空白』でも、ある出来事の加害者側と被害者側とは別に、第三者としてメディアの存在があった。当事者以外の第三者がその出来事を引っかきまわすような役割を担っていたのだ。本作にもそんな第三者の存在がある。

そもそもYouTuberの世界は、視聴者という第三者によって支えられている。公開された動画を評価する基準は何よりも再生回数であり、顔の見えない多くの第三者の評価がYouTuberの価値を決定づけることになる。

ただ、視聴者はやはり顔の見えない存在であって、その代わりの第三者として田母神の同僚である梅川（若葉竜也）の存在がある。梅川はそれほど登場場面が多いわけではないのだが、田母神とゆりちゃんの関係にとっては重要な役割を果たす。

田母神とゆりちゃんがふたりだけで動画製作をしていた頃は、ふたりの関係はとても良好で、いい雰囲気があった。ところがそこへ第三者である梅川が入り込むと変化が生じる。梅川は調子がいい男だ。話している相手に合わそうとするのか、誰かをけなすことによって話し相手を持ち上げようとする。これが梅川の処世術だ。梅川はゆりちゃんには田母神をけなし、田母神にはゆりちゃんの悪口を吹き込むことになる。

多分、梅川本人は相手を持ち上げるつもりであり、人の悪口を触れ回っているつもりはないのかもしれない。それでも梅川が介在することで、ゆりちゃんと田母神の関係もおかしくなる。さらにそこからつながった人気YouTuber（吉村界人・淡梨）やイケメンデザイナ一（栁俊太郎）の若い感覚からすると、田母神は古臭いということになり、もっと成功したいゆりちゃんは田母神を切り捨てる方向へシフトチェンジすることになるのだ。

その後の田母神がGOD.Tという暴露系YouTuberとなり、ゆりちゃんの裏の顔を晒した動画をアップすることになるのも、やはり第三者の存在を意識しているからだろう。ふたりだけの痴話ゲンカでは埒が明かなくなってくると、味方になってくれたりする第三者の存在が必要とされるということなのかもしれない。

ダメな部分が愛おしい

最近になってようやくU-NEXTで𠮷田恵輔の初期作品を観ることができた。『なま夏』というデビュー作と、『メリちん』という自主製作だったという未だソフト化もされていない幻の作品だ。

これらを観ると、𠮷田作品は初期の頃から一貫しているということがわかる。昨年の『BLUE/ブルー』などでも負ける側に寄り添っていたように、𠮷田恵輔は登場人物にダメな部分がなければ、そのキャラを好きになれないらしい。

そして、𠮷田監督によれば、本作の田母神はもちろんのこと、もう一方のゆりちゃんも監督の分身なのだとか。これは田母神のようにいいカッコはしたいけれど、どうしても見返りを求めてしまうし、感謝されなければ憤慨してしまうような器の小さな人間だということだろう。さらに、仕事の面で自分が上に行けることになれば、世話になった人を裏切ってしまうこともあったということなのだろう。

しかしながら、𠮷田監督は自分の分身でもある主人公たちのダメな部分を愛おしいとも感じているのだろう。だから愛すべきダメな主人公たちを突き放すことはないのだ。ちなみに本作のキャッチコピーには「見返りを求める男と恩を仇で返す女の心温まりづらいラブストーリー♡」となっている。ネット上で醜い争いを繰り広げたふたりのどこが「ラブストーリー」なのかとも思えるけれど、ラストではそれまでのわだかまりは消えていたようにも感じられる。

本作ではふたりの諍いがトーンダウンしていくきっかけに何か決定的なことが起きるわけではない。もしかすると迷惑系YouTuberに遭遇して、やっていることの虚しさに気づいたからなのかもしれないし、久しぶりにふたりが自撮り棒を振り回して直接対決したことで、思うところがあったのかもしれない。結局痴話ゲンカはしているけれど、田母神は第三者が介在してこなかったかつての時代を思い起こしたりしているからだ。本作は人間の汚い部分を見せつけることになるけれど、同時にそんな部分も愛おしいとも感じさせてくれるのだ。

昨年の『BLUE/ブルー』と『空白』はどちらも素晴らしかった。私自身は『BLUE/ブルー』のほうを昨年のベスト10に推したけれど、それが『空白』になっても違和感はないほどどちらも水準が高かった。そんな二作品に続き、『神は見返りを求める』もオリジナルの脚本というのがスゴいところだと思う。