『アラビアンナイト 三千年の願い』 愛の回り道

外国映画

原作はA・S・バイアットの短編集『The Djinn in the Nightingale’s Eye』。

脚本・監督は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』などのジョージ・ミラー

原題は「Three Thousand Years of Longing」で、「切望の三千年」といったところだろうか。

物語

古今東西の物語や神話を研究するナラトロジー=物語論の専門家アリシアは、 講演のためトルコのイスタンブールを訪れた。 バザールで美しいガラス瓶を買い、ホテルの部屋に戻ると、中から突然巨大な魔人〈ジン〉が現れた。 意外にも紳士的で女性との会話が大好きという魔人は、 瓶から出してくれたお礼に「3つの願い」を叶えようと申し出る。 そうすれば呪いが解けて自分も自由の身になれるのだ。 だが物語の専門家アリシアは、その誘いに疑念を抱く。 願い事の物語はどれも危険でハッピーエンドがないことを知っていたのだ。 魔人は彼女の考えを変えさせようと、 紀元前からの3000年に及ぶ自身の物語を語り始める。 そしてアリシアは、魔人も、さらに自らをも驚かせることになる、 ある願い事をするのだった……。

(公式サイトより抜粋)

物語についての物語

魔人が願いを叶えてくれるという本作の元ネタは、有名な「アラジンと魔法のランプ」の話だろう。これは「アラビアンナイト」または「千夜一夜物語」として知られるイスラム世界の説話集の中にある一挿話だ。

そして、この「アラビアンナイト」には枠物語がある。妻の不貞によって女性不信になった王様が、生娘と一夜を過ごした後、翌朝、その首をはねるという悪癖を持つようになり周囲を困らせていた。それを止めるためにシェヘラザードが夜毎、物語を語ることになり、いい頃合いで「続きは明日」と先延ばしにする。物語の続きを知りたい王様はシェヘラザードと夜を過ごすことになり、それによってようやく王様の悪癖は収まったというのが大枠になる。「アラジンと魔法のランプ」は、シェヘラザードが語った多くの物語の中のひとつということになる。

本作もそんなふうに数々の物語が披露されることになる。その中には「アラビアンナイト」でシェヘラザードが物語によって王様の悪癖を治したのと同じようなエピソードもある(オスマン帝国のムラト4世の話)。そんな意味で『アラビアンナイト 三千年の願い』は、物語についての物語になっていると言える。

(C)2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

魔人の三度の幽閉

通常、願い事を叶えてくれるというのならば、誰もが断る理由などないはずだが、アリシア(ティルダ・スウィントン)はちょっと変わっている。というのも、彼女はナラトロジー=物語論の専門家だから、願い事の物語はどれもハッピーエンドがないということを知っていたからということになる。

ところが魔人(イドリス・エルバ)としてはそれでは困ってしまう。魔人はガラス瓶からは出られたものの、完全に解放されるのはアリシアに3つの願い事を叶えることが必要とされていたからだ。願い事をしてくれなければ魔人はそれを叶えることができないし、そうなると魔人はいつまでも自由になれないのだ。

魔人は自分の言葉を信用してもらうために、アリシアに3000年に渡る彼の物語を語ることになる。ここで語られる魔人の様々な話が本作の見どころだろう。魔人は3000年の間に三度も瓶の中に幽閉されたらしい。そこには3人の女性が関わってくる。最初はソロモン王に愛されたシバの女王(アーミト・ラグム)で、その次はオスマン帝国のスルタンと結婚することを願ったグルタン(エチェ・ユクセル)、そして最後の女性はトルコの商人に嫁いだゼフィール(ブルク・ゴルゲダール)だった。

バスローブのままのアリシアと魔人が会話しているのはホテルの一室なのだけれど、魔人が語る物語は世界のあちこちを見て回るような楽しさがあり、それぞれが極彩色で描かれる。魔人を最初に幽閉したのはソロモン王(ニコラス・ムアワッド)で、彼の求愛のための演奏シーンはファンタジックで魅惑的なものになっている。そして、その求愛を受けることになる、シバの女王の漆黒の肌の美しさも印象的だ。

ちょっと異質なのがオスマン帝国での豊満すぎる女性たちのハーレムの場面。あまり本筋に関係なさそうなこのエピソードが含まれているのは、美そのものとされたシバの女王と負けないくらいの視覚的なインパクトがその場面にあるからだろう。物語は何よりも聞き手を楽しませなければいけないし、映画なら観客を楽しませなければいけないわけで、本作の物語はそのあたりを十分に意識した盛りだくさんの内容になっているのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

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愛の回り道?

小気味好い感じで様々なエピソードが展開していく前半部に対し、本作は後半で失速した感もある。その後半部というのはアリシアが魔人に対して願いを打ち明けたところからということになるだろう。アリシアの願いとは、意外にも魔人に愛されることだった。あれだけ慎重に自分の願いを検討していたアリシアにしては唐突な感が否めない。

そして、愛し合うことになったふたりは、アリシアの暮らしていたロンドンへと移ることになる。ところがロンドンという場所が問題だったのか、魔人は体調を崩すことになってしまう。このあたりは詳しく説明されていないからよくわからないのだが、もしかするとアリシアの願いが魔人の能力を超えるものだったのかもしれないし、愛というものを願うというのは反則だったのかもしれない(たとえばグルタンの願いはスルタンと結婚したいという具体的なものだった)。とにかく最終的にはふたりはうまくいかずに離れることになってしまう。

魔人がアリシアの願いを叶える段階に入ると、映画は勢いを失ったかのようになってしまうのだ。願いが叶う段階には当然高揚感がありそうなものだが、本作の後半はどこかもの悲しい感じすらする。これはなぜなのだろうか。

思うにこのアリシアの願いは、もともとダメになるべくして選ばれたものというか、やはり最初にアリシアが言ったように願い事の物語にはハッピーエンドはないということなのだろう。

そんな愛の回り道を経て、本作で強調されているのが何かと言えば、これはすでに記しているけれどやはり物語ついての物語だということになるんじゃないだろうか。

(C)2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

魔人は実在するか?

そもそも魔人は本当に実在しているのだろうか。アリシアはかつてイマジナリーフレンドがいたことを告白している。魔人もアリシアが生み出してしまったイマジナリーフレンドだという可能性はあるだろう。

魔人はアリシアのご近所さんとも挨拶しているから実在なのかもしれないが、その一方ですべてがアリシアの脳内の妄想だという可能性は否定できないのだ(ご近所さんはアリシアがいつも独り言ばかりだと語っている)。

アリシアは原題ともなっている「Three Thousand Years of Longing」という物語をノートに書き記しているわけで、この映画全体がアリシアが生み出したという可能性もある。たとえばゼフィールの貧乏ゆすりと読書するときの癖はアリシアそっくりで、アリシアは自分をモデルにして魔人とゼフィールの切ない恋愛を描いたのかもしれないのだ。

(C)2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

物語のもう1つの役割

かつては物語は世界を説明するような役割を担っていた。ここでの物語は神話と言い換えることもできるだろう。しかし今ではその役割は科学によって取って代わられている。物語は廃れていくだろう。そんなふうにナラトロジー学者としてのアリシアは言う。それは正しいのかもしれない。しかしながら物語にはそれだけの役割しかないのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

物語は世界のあり方を説明するだけではなく、聞き手を楽しませてくれるものがある。アリシアは物語の中に感情を読み取るけれど、人の感情がわからないと語る。イマジナリーフレンドが果たしていた役割は孤独を癒すものだったけれど、物語というものにもそういう効用があるだろう。

本作のラストで示されることになるアリシアと魔人の関係は、魔人が時折アリシアのことを訪ねてきてくれるというものだった。そして、アリシアはそれで十分なのだと語る。これはちょっと不思議な関係だ。アリシアの最初の願いが実現したとも言えないし、かといって3つの願いが叶って魔人が解放されたわけでもなさそうだ。この不思議な関係は、アリシアが魔人が登場する物語を繰り返し読み返すことを指しているんじゃないだろうか。

アリシアは折に触れてその物語を読み返すと、魔人が会いに来てくれたような感覚を味わうことができる。物語にはそんな効用があるし、それによって救われる人もいるということだろう。だからまだまだ物語は廃れることはない。そんなことを本作は示そうとしていたような気がする。

個人的な話になるけれど、かつて映画関係のサークルに顔を出していた時、飲み会の四方山話の中で「物語というのは神聖なものなんだ」などと宣っていた御仁がいた。それが誰だったのかすら記憶にはないのだが、その言葉だけはなぜか記憶に残っている。未だに映画だけは飽きもせずに追いかけている自分も、物語というものに何かしら惹かれるものを感じているのは確かなのだろう。そんなふうに考えると、この映画がとてもいとおしいもののようにも感じられてきた。

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