『アイリッシュマン』 登場しない聞き手

外国映画

『グッドフェローズ』『沈黙 -サイレンス-』などのマーティン・スコセッシの最新作。

Netflixのオリジナル作品で1127日より配信中。一部で劇場公開もされている。

原作はチャールズ・ブラントのノンフィクションI Heard You Paint Houses

スコセッシのマフィアもの

マーティン・スコセッシが監督で、ロバート・デ・ニーロジョー・ペシが登場するマフィアものと言えば『グッドフェローズ』1990年)『カジノ』1995年)があるが、今回は20年以上の時を経て三人が再び勢揃いしている。しかも、アル・パチーノも共演するという夢のようなキャスト陣で、それだけでも期待が高まる作品だ。

デ・ニーロとアル・パチーノは、『ゴッド・ファーザーPARTⅡでも共演しているものの、登場する時代が異なるために一緒の場面には登場しなかった。さらに『ヒート』では犯罪者と警察という立場で対決する形になるものの、ふたりが語り合う場面ですら同じ画面には登場しないために、ふたりは仲が悪くて一緒に撮影してないんじゃないかという噂すらあった(これはマイケル・マン監督の明確な演出意図があったらしい)。

そんなふたりがマフィアを描く作品でがっぷり四つに組んで共演するというだけでワクワクするし、本作ではふたりがパジャマ姿になって語り合うというマフィアっぽくないかわいらしいシーンもある。さすがにふたりともいい年齢だし、この先共演する機会が何度もあるとは思えないので、そんな意味でも見逃せない作品と言えるだろう。

Netflixオリジナル映画「アイリッシュマン」 11月27日(水)独占配信開始

ジミー・ホッファという人物

主人公はフランク・シーランというアイルランド系の男。本作は彼の半生を描いていくことになるわけだが、フランク・シーランがなぜ有名になったかと言えば、ジミー・ホッファを殺したという告白をしたからだ。

ジミー・ホッファは全米トラック運転組合の委員長だった人物だ。彼をモデルにした映画も製作されていて、シルヴェスター・スタローン主演の『フィスト』や、ジャック・ニコルソン主演の『ホッファ』などがある。ネームバリューがあるふたりが主役に起用されていることからしても、モデルとなったジミー・ホッファの大物ぶりがわかるかもしれない。

劇中でも当時の人気はエルビスやビートルズ以上で、アメリカ大統領の次に権力を持つ人物とされている。ジミーは全米のトラックドライバーを束ねる立場にあり、彼の一言で全米の物流がストップすることになるとも言われ、また選挙においては約200万人の票を動かす力があると考えられていたのだとか。

ちなみに本作では触れられていないが、ジミー・ホッファはケネディ大統領暗殺に関わっていたとも噂されていた人物だ。なぜそんな陰謀説が出てきたのかは不明だが、劇中でも司法長官のロバート・ケネディと対立する場面があり、そうしたことからケネディ大統領が邪魔になったんじゃないかと周囲がみなしたということなのかもしれない。

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アイリッシュマンとは?

原作のタイトルI Heard You Paint Housesは、翻訳すれば「お前はペンキ塗りをやるって聞いたぞ」「ペンキ塗り」というのは隠語で、マフィアが銃で誰かを殺すときに壁に血が飛び散ることから、「ペンキ塗り」というのが「殺し」を意味することになったらしい。

そして、映画のタイトルであるThe Irishmanはアイルランド人であるフランクのことを指しているわけだが、このタイトルにも込められているものがあって、これに関しては町山智浩もラジオで解説している。

マフィアの世界では様々な不文律があるらしく、マフィアの幹部になれるのは生粋のイタリア人だけと決められているらしい。かつての『グッドフェローズ』でもそのことが触れられていた。

マフィアのボスは自分では何もしないが、それを誰かにやらせる。その手足となって働くのがアイリッシュということらしい。マフィアの争いはイタリア人同士の争いであり、そこにアイリッシュも絡んではいても口出しはできないし、顔の見えない上のほうの幹部連中の命令は絶対的なものとなるのだ。

誰かの半生

スコセッシの作品は「誰かの半生」を描いていくものが多い。本作はフランク・シーランの半生だし、レイジング・ブル』ジェイク・ラモッタというボクサーの半生で、『カジノ』はサムというギャンブラーの半生だった。

どれも立身出世して名を上げ、その栄光から転落してみたり、矢継ぎ早に出来事が起こり、ハイ・テンションで進んでいく。何かしらのテーマがあるというよりは、時系列は入り組んだりしながらも、「誰かの半生」を追い続けていくことになるのだ。

その意味では疾走感はあったとしても、逆にかえって平板に感じられる作品もあるように思える。そんななかで『アイリッシュマン』は、フランクとジミーの関係を中心にして展開していくために、情感に満ちた作品となっていたように思えた。

構成としては大枠としての老人ホーム(?)での老いたフランクの問わず語りから始まり、ある結婚式に向かうエピソードが振り返られる。さらにその道中で回想されるのが、まだ若いフランクが成り上がっていく頃の出来事だ。実は結婚式に向かう道中の、フランクの知らないところで予定されている出来事が、本作で中心となるエピソードになる。

そうした3つの時代を行き来しつつも観客が迷うことがないのは、スコセッシが交通整理がうまいからでもあるが、すべてがフランクがジミー・ホッファを殺さなければならなくなるという一点に向けて収斂していく脚本の素晴らしさでもあるだろう。

Netflixオリジナル映画「アイリッシュマン」 11月27日(水)独占配信開始

ラッセルとジミーの間で

フランク(ロバート・デ・ニーロ)は第二次大戦を戦った兵士で、戦場では上官の命令は絶対的なものだった。そんなフランクの戦後の上官となったのが、パットン将軍とも形容されたジミー・ホッファ(アル・パチーノ)だった。そして、フランクはこのジミーのことを崇拝している。

そのことをよく示しているのが、フランクの幼い娘ペギーの鋭い嗅覚だろう。ペギーは夜中にこっそり銃を持って出かけていくフランクを冷たい目で見ているのだが、ジミーのことは労働者の正義を守っている闘士のように見ている。

ペギーにとってマフィアのボスであるラッセル(ジョー・ペシ)やその子分であるフランクは胡散臭い存在で、逆にジミーは崇拝の対象となっているのだ。娘のためには暴力も厭わないフランクは、ペギーが崇拝するジミーのようになりたかったはずだが、次第に状況は変わっていくことになる。

ジミーは恐れを知らず、相手がマフィアでも自分の言い分を退けたりしない頑固さがある。ジミーのことが邪魔になってきたマフィアのほうの上の連中は、ラッセルを通してジミーを抑えようとする。その説得の役割を担うのがフランクで、フランクはラッセルとジミーの間で葛藤することになる。

ただフランクも自分を守るためにはラッセルの側に付く以外はないこともわかっている。だからジミーを説得しようと躍起になるのだが、それでも頑固なジミーは最後通牒も「あり得ないことだ」と撥ねつけてしまう。

ジミーが殺される場面は、『グッドフェローズ』でジョー・ペシが殺される場面とそっくりだったし、本作で殺されるジミーを演じているアル・パチーノは、『ゴッド・ファーザーPARTⅡ』では自分の兄を殺さなければならない側だったことなんかを想い出させたりもして、いろいろと感慨深いものがあった。

ジミーが出所してマフィアと対立するようになり、殺されるに至るシークエンスでは音楽も鳴りを潜めるし、ナレーションもほとんどない。それまで過去の出来事に様々に講釈を垂れていたフランクはここでは何も語らないのだ。フランクは感情を押し殺して行動するわけだが、ナレーションなどに頼らずともその痛みが如実に感じられた。

何度かジミーを助けられる可能性があることを示しながらも、自分や家族を守るためには命令を遂行するしかない。そうした葛藤を感じさせつつも、あくまでドライに描写されるジミー殺害のシークエンスは絶品だったと思う。

Netflixオリジナル映画「アイリッシュマン」 11月27日(水)独占配信開始

登場しない聞き手

ジミーは組合員の「連帯(solidarity)ということを何度も強調していた。マフィアのつながりもそうした絆は欠かせないだろうし、ジミーとフランクの関係も「ブロマンス(男性同士の近しい関係)」を感じさせるものがあったわけで、なおさらフランクの抱える痛みがいや増すというものなのだ。

本作では冒頭と結婚式、さらにエンドロールでもかかるのがin the still of the nightという曲。この曲は「I remember」と何度もリフレインされるようにノスタルジックな曲だ。その気分に乗せられるように、老人となったフランクがこの物語を語り始めるわけだが、最後まで聞き手は登場しない

フランクの部屋にはカトリックの神父や看護師はやって来ても、娘たちはまったく現れないのだ。だから本作ではボケた老人が問わず語りにこの物語を語っているようにすら見える。フランクは扉が開いているにも関わらず誰も訪れることのない部屋で、孤独に死んでいくことになるのだろう。フランクがジミーを殺してまで守ったものは何だったのかと虚しく思うほかない。

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