『夜明けのすべて』 大切な宝物のような……

日本映画

原作は『幸福な食卓』などの瀬尾まいこの同名小説。

監督は『ケイコ 目を澄ませて』などの三宅唱

主演は『舞妓はレディ』などの上白石萌音と、『キリエのうた』などの松村北斗

物語

月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんはある日、同僚・山添くんのとある小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのに、やる気が無さそうに見えていた山添くんもまたパニック障害を抱えていて、様々なことをあきらめ、生きがいも気力も失っていたのだった。職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく二人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。

(公式サイトより抜粋)

じんわりと泣けてくる

何ともやさしい映画だった。号泣させられるわけではないのだけれど、主人公の二人とその周囲の人たちのささやかで自然なやさしさが感じられてくると、それだけでじんわりと泣けてくるのだ。そんなじんわりの状態はずっと続き、温かな気持ちのままスクリーンを見続けているといった映画だった。みんながこの映画を観て自分のことを振り返れば、もっと世の中が生きやすくなるのかもしれない。そんな気持ちにすらなってくるような素晴らしい作品だったと思う。

三宅唱監督の作品は『きみの鳥はうたえる』『ケイコ 目を澄ませて』しか観ていないけれど、この二つの作品で共通していたのは現在進行形で描かれていることだと感じていたのだが、『夜明けのすべて』においてもそれは貫かれていたのかもしれない。

本作の主人公は二人いて、最初に登場するのは藤沢さん(上白石萌音)で、冒頭は藤沢さんの言葉で綴られていく。藤沢さんはPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる時があり、そのことで新入社員として勤務していた会社を辞めざるを得なくなる。そして、その5年後に話は飛ぶことになる。

5年後に藤沢さんが勤めているのが栗田科学という小さな会社で、新人社員として登場するのがもう一人の主人公である山添くん(松村北斗)ということになる。山添くんはパニック障害を患い、電車に乗れないような状態になってしまい、歩いても通えるような栗田科学で働くことになったのだ。『夜明けのすべて』は、この山添くんの立場からすると現在進行形ということになる。

ちなみに私は原作を読んだわけではないのだけれど、原作者自身もパニック障害を患い、それがきっかけで原作小説を書くことになったようだ。映画版と原作の違いは判断できないけれど、映画は山添くんが栗田科学という場所で変わっていく姿を現在進行形で追う形になっているのだ。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

痛みを知ったからこそ

恐らく藤沢さんも栗田科学という場所にたどり着くまでには紆余曲折があったのだろうし、入社してからもPMSによって少なからぬトラブルがあったのだろう。それでも栗田科学という場所は、そんな人をうまく受け入れてくれる土壌がある。

栗田科学の社長(光石研)は弟を亡くしている。この弟の死は恐らく自殺ということなのだろう。グリーフケアにも参加しているこの社長は、自分が痛みを知ったからこそ、他人に対してやさしくすることができているのだ。だからメンタルヘルスに問題を抱えている人に対しても理解があり、そういう人を積極的に受け入れているという側面もあるようだ。

そして、社長の周囲に対するやさしさというものが社員にも浸透しているようで、栗田科学の人たちはみんなとてもやさしい。そんな場所だからこそ、PMSの症状に対しても理解しつつ見守ってくれることになり、藤沢さんもうまくそこに馴染むことができたのだろう。

そしてこれも推測だけれど、藤沢さんに対してもたとえば久保田磨希演じる同僚社員のようなお節介な人がいて、気遣いをしてくれていたのだろう。それが藤沢さんの山添くんに対する態度にもつながってくる。お節介というのも一種のやさしさで、藤沢さんは新入社員である山添くんに対して先輩としてあれこれと世話を焼くことになるのだ。

とはいえ藤沢さん自身もPMSを抱えているわけで、最初はやる気のない感じでスカしている山添くんに対してイライラをぶつけてしまったりしながらも、次第にその関係性は変化していくことになる。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

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いけ好かないヤツ?

以前の山添くんは、ビシッと決めたスーツ姿でバリバリと仕事をこなす生き方をしていたのだろう。それは今でも徹夜で仕事をしている上司(渋川清彦)の姿や、同僚であり彼女でもある千尋(芋生悠)の様子からも見てとれる。

スーツの仕事から作業着の仕事へと変わることになった山添くんとしては、その違いが落ちぶれたもののようにも感じられ、栗田科学ではやる気のない態度になってしまう。そんな意味では山添くんは傲慢なヤツということになる。

パニック障害の発作が起き、藤沢さんが自宅まで送ってくれた時も、山添くんのいけ好かないところが表れていた。藤沢さんが自分のPMSのことを打ち明け「一緒に頑張ろう」と励ましてくれたにも関わらず、山添くんはそれをすんなりと受け入れることができないのだ。山添くんはPMSは女性にはよくあることという程度の認識しかなく、自分のパニック障害の苦しさとはまったく別物だと考えているのだ。

ただ、そんな山添くんもひとりでは難しいこともあり、それが髪を切ることだった。たまたまそんな時に山添くんの自宅へ自転車持参で顔を出した藤沢さんは、「わたしがやってあげる」と言い出し、山添くんがそれを受け入れたところあたりから、彼はちょっとずつ変わっていくことになる。

自分にできないことがあると認めることは、自分の病気を受け入れて、それとうまくやっていこうとすることにつながっていたのだろう。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

横並びの関係

藤沢さんと山添くんの関係は一応先輩と後輩ということになるけれど、ほとんど横並びの関係でもある。以下のインタビューでは「横並び」でしゃべることが重要視されていることがわかる。

ちなみに『ケイコ』の場合は、主人公ケイコが視覚障害者ということもあって、弟との対話の場面など向き合ってやり取りする形が多かったかもしれない。声に頼ることができないケイコの場合は、相手の顔を見なければコミュニケーションが成り立たないからだ。それとは対照的に、本作は横並びの関係となっているのだ。

藤沢さんはたまたま出会った山添くんの彼女・千尋から職場での様子などを聞かれる。そして、千尋から「ありがとうございます。彼と向き合ってくださって」と感謝の言葉をかけられるのだが、藤沢さんは「席が隣なだけですから」と謙遜することになる。藤沢さんは山添くんに向き合うというよりは、隣に座って同じ方向を見ていると感じていたということなのだ。

そんな意味で、本作で移動式プラネタリウムの仕事に二人が関わっていたのは効果的だった。このプラネタリウムのエピソードは原作にはないオリジナルのものらしい。プラネタリウムというものは映画と同じで、暗闇の中でみんなが同じ方向を見つめることになるわけで、二人の横並びの関係性が強調されることになるからだ。

山添くんは栗田科学は自分の居場所ではないと感じていたけれど、藤沢さんのお節介もあって次第にそこに解け込んでいくことになる。最初はお菓子のおすそ分けも面倒くさそうにしていたけれど、自分でもたい焼きを差し入れるようになっていたわけで、栗田科学の人たちのやさしさというものを感じ、ごく自然に日頃の感謝を伝えたいといった気持ちになったのだろう。

最後は山添くんの言葉で締められることになるわけだけれど、「出会えてよかった」という素直な言葉が自然に出てくるあたりに、山添くんの変化を如実に感じることになるわけだ。

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

本作では栗田科学の人たちのやさしさが溢れている。世話焼きの藤沢さんが山添くんに自転車を差し出したり、たまたま出会った山添くんの彼女にまで初詣のお守りを渡したりするのは信じ難いやさしさだけれど、それだけではない。そのほかの社員たちのさりげない気配りも随所に垣間見られ、それらがごく自然な形でさりげなく描かれているのだ。

山添くんがそんなやさしさに触れる内に自然とやさしさを身につけていったように、本作を観る人も映画の中のやさしさに触れて少しはやさしさを身につけることができるのかもしれないし、そうなればいいと思う。

そんなふうに思うのは、自分もどこかで最初に登場した山添くん的なところがあるからだろう。というよりも、栗田科学の人たちのようなやさしさを持ち続けられる人のほうがかえって珍しいと言えるかもしれない。普段の生活の中では、人に対するやさしさを忘れてしまうこともあるけれど、本作を観れば大切なものを改めて思い知らせてくれることになるはずで、折に触れて見返したいという気持ちになるような心に響く作品だった。

山添くんが明るい日差しの中をゆっくりと自転車で走っていくという16ミリフィルムで撮られた映像も素晴らしかったし(撮影は月永雄太)、のんびりと同じフレーズを繰り返す音楽もうまくハマっていたと思う。

三宅唱作品の『きみの鳥はうたえる』と『ケイコ 目を澄ませて』は、どちらもその年の「映画ベスト10」に選んだのだけれど、そうした評価とは別に『夜明けのすべて』は単純に「この作品が好き」と思わせるし、「大切な宝物」のような気持ちがしてきた。こうして思い返しながら感想を書き連ねている時にも、何度もじんわりと涙がにじんでしまうようで、そんなことは初めてだったかもしれない。

上白石萌音の親しみやすい感じが、松村北斗のクールな感じと対照的でとてもよかったと思う。恋愛とは別の二人の微妙な関係性を示すことはなかなか難しいような気もするけれど、ポテチの一気食いシーンは二人の気兼ねなさを示しているようでおもしろかった。この行動は上白石萌音のアドリブらしいのだが、とても微笑ましいシーンだった。

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