『新聞記者』 真実はブラックボックスのなかに?

日本映画

現在公開中の『i-新聞記者ドキュメント-』と同じく、東京新聞社会部記者の望月衣塑子氏の著書を原案にしたサスペンス。

監督は『オー!ファーザー』『デイアンドナイト』などの藤井道人

本作は今年の6月末に劇場公開され、1122日にBlu-ray&DVDがリリースされた。

物語

東都新聞記者の吉岡(シム・ウンギョン)は、現政権を揺るがすかもしれない匿名のFAXを受け取る。そこにはある医療系大学の新設計画にまつわる極秘情報が記されていた。吉岡はその情報の真偽とそれを送付してきた人物について調査を始める。

一方、内閣情報調査室(内調)に勤務している官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合な人物を貶める情報をマスコミに流していた。杉原はそれが国を守るための仕事だと理解していても、国民を騙すことになっていることに疑問を抱くようになっていく。

フィクションとリアル

本作は現在公開中の『i-新聞記者ドキュメント-』で被写体となっている望月衣塑子氏の著作を原案としたフィクションだ。『i』でも取り上げられていた加計学園問題を、『新聞記者』では架空の大学という設定にして物語の中心に据えている。

ほかにも伊藤詩織氏がモデルと思わしき人物や、元文部科学省事務次官で新聞にスキャンダルを暴露された前川喜平氏をモデルとした人物も登場する。この部分はあくまでフィクションということで名前は変えられているだが、現実の出来事をモデルとしていることは明らかだろう。

さらに原案者でもある望月衣塑子氏や、上記の前川喜平氏は本人役としても登場する。ネット番組という体裁の劇中劇に本人役で顔を出しているのだ。このネット番組で論じられていることはすべて現実の出来事を話題に撮影されたものとのこと(you tubeなどでも公開されている)。

ここでの議論が劇中で何度も引用されるのだが、現実の出来事への批判がそのまま劇中の政権批判とも重なっている。この劇中劇で望月氏が批判しているのは現実の安倍政権だが、それがそのまま劇中の政権にも当てはまることになるわけで、フィクションとリアルがシームレスにつながっていく設定になっているのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

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賛否両論の作品

本作は観た人の評価が極端に分かれるようだ。10点満点にする人か、0点にする人か、その両極端に分かれるのだ。しかもそれは作品そのものの評価というよりは、題材とされている出来事に対する評価にも見える。というのは本作は現実の政治状況そのものを描いているからで、それだけに無関心ではいられないところがあるからだろうか。

たとえば現実の殺人事件をモデルにした映画だとしたら、被害者に対する同情を感じてみたり、あるいは逆に加害者の行動にも一抹の理解を示してみたりするかもしれない。けれどもそれは所詮は映画のなかの出来事でしかないし、現実をモデルにしていたとしてもやはり他人事に過ぎないという意識もあるかもしれない。

しかし政治となると話が違ってくる。政治が決定する事柄はわれわれ国民の生活にも様々影響してくるからだ。自分が汗水垂らして納めた税金が無駄なところに使われていたら怒りを覚えるだろうし、彼らの決定がより直接降りかかってくる可能性だってないわけではないからだ。そういうわけで本作は作品そのものよりも、描かれている現実の出来事に対する「観る側の姿勢」によって評価が極端に分かれているように見えるのだ。

(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

エンタメかプロパガンダか

本作の河村光庸プロデューサーは「多くの人に観てもらうためには、プロパガンダ映画でなく、それをエンタテイメントにしなければいけない。」とインタビューで語っている。

もしかすると吉岡と杉原が追っていた大学の新設計画の中核に、「生物兵器の開発」という荒唐無稽なネタをぶち込んできたのもエンターテインメント作品であることを示しているなのかもしれない。その影でこっそりと総理のお友達に税金が大量に流れたという話も出てくるわけだが……。

本作は、国のためには平気で一般人を貶めることも厭わない内調の場面では、グレーな色調で無機質感が強調されていて、そのトップを占める多田(田中哲司)の睨みには背筋も凍るような凄みがある。睨まれた吉岡と杉原は、自分がいつ自殺した神崎(高橋和也)と同じ立場へと追い込まれるかという恐怖に震えることになるだろう。

そんな意味では本作はサスペンスとしても優れているし、現在わが国で起きている状況わかりやすく示していたと思う。ただ、そうは言ってもやはり本作は中立ではないと思うし、もっと踏み込んで言えばリベラル側のプロパガンダとして機能していると思う。

先日取り上げた『i』では、官房長官の会見が官邸側のプロパガンダにしかなっていないことを示していたわけで、だったらリベラル側もカウンター・プロパガンダとして何か打ち出すべきなんじゃないか。そんな意識も当然働いているんじゃないだろうか。

だから本作はリベラルの意識を持つ人にとっては評価される作品となるだろう。現政権に対する異議申し立てをしてくれた作品となっているからだ。一方で保守の側からすれば、トンデモ作品ということになるだろう。青臭い考えのサヨクが政権を貶めるような印象操作に勤しんでいるということになるからだ。

(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

真実はブラックボックスのなかに?

おもしろいのは同じ映画を観ていても、リベラルには真っ当なものと感じられ、保守にはトンデモ作品になってしまうことだ。

本作で登場する「内調」という組織は現実に存在するが、実際のところ内部で何が行われているのかは謎に包まれているらしい。本作ではリベラル側からの目線で、内調が世論を政権の都合よく誘導している様子が誇張して描かれているのだが、これはあくまで推測でしかない。現実に起きている出来事を見ると、リベラル側からすれば内調の内部では似たようなことが行われているだろうと推測できるということなのだろう。

しかし保守の側は、内調のブラックボックスの部分にもっと気高い何かを読み込むことになる。保守の側にだけ特別な情報源があるわけではないと思うのだが、内調は「国のために仕事をしているわけだから」という意識がそうさせるということなのだろう(この「国のため」という意識は、ほかのすべてものを下位に位置付けるらしい)。

昨今、現政権の「桜を見る会」に関する話題が世間を賑わしている。野党側の追及に対しては現政権は明確に答えようとはしてないように見える。あったはずの名簿をすっかり破棄してしまったなどとという都合のいい言い訳を信じるならば別だが……。

本作の劇中で吉岡は、極秘書類の提供者であった神崎が自殺しなければならなかった理由を「どうしても知りたいんです」と語っていた。これは吉岡の父が自殺したことにつながる問題だからでもある。それでもこの「知りたい」という気持ちは、吉岡だけではなくジャーナリストにとって根本的なものでもあるのだろう。

国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい。

これは日本新聞協会が定めている「倫理綱領」だ。民主主義とは国民に主権があるということだ。主権があるはずの国民が正確な情報を知らされなくて、一体どんな判断が下せるのだろうか。国民には何も知らせずに見えないところで好き勝手に何かを進めているというのでは、何か後ろ暗いことがあると思うのが普通なんじゃないだろうか。

もっとも政権を担う立場にある人たちは、本作の内調トップの多田が言い放ったようにこの国の民主主義は形だけでいいんだと考えているのかもしれない。だからこそ国民の「知る権利」など無視するし、愚民に説明する義務はないという態度になるのだろう。

ところで、本作で吉岡と杉原が追っていたケースでは、ふたりが「知りたい」と考えていたことは明らかになったのだろうか?

本作では「生物兵器の開発」というネタと、「税金の無駄遣い」というネタが並列的に提示されるだけで、どちらを糾弾しようとしているのか曖昧な部分が残る。最初はこの意図がわからなかったのだが、このレビューを書いているうちに、国民は「知る権利」を妨げられているということを示しているんじゃないかとも感じられてきた。ここでもやはり権力側の「由らしむべし知らしむべからず」という姿勢を感じざるを得ない。

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