『アルキメデスの大戦』 依り代としての戦艦大和

日本映画

監督・脚本・VFXは『ALWAYS』シリーズなどの山崎貴

原作は「週刊ヤングマガジン」連載中の三田紀房の同名漫画。

物語

舞台は第二次世界大戦開戦前の日本。世界最大の戦艦建造を企てている海軍上層部に対し、海軍少将の山本五十六(舘ひろし)は航空母艦の重要性を説く。昔ながらの戦争しか頭にない上層部の面々は航空戦などもってのほかで、世界に日本の威厳を示すためにも最大級の戦艦が必要だという考えを変えそうにない。

危機感を覚えた山本少将は巨大戦艦の見積もりの不正を暴き、上層部の計画を頓挫させるために、天才数学者・櫂直かい ただし菅田将暉)を海軍に招き入れる。

数学の力で戦争を止める?

天才数学者として将来を嘱望されていた櫂は、米国留学を計画中に山本少将と出会う。最初は軍の仕事に興味がなかった櫂だが、山本少将の言う「このままでは戦争が起きる」という言葉にひっかかりを覚え、日本に残ることになる。櫂は自分の能力である数学の力を使って、戦争を止めようと奮闘することになる。

しかし、戦艦についての情報はすべて軍規に守られていて櫂にはアクセスできない。それでもあきらめない櫂は、別の戦艦の寸法を巻尺で測っていくという作戦に。地道な作業によって一から戦艦の図面を描いた櫂は、そこから材料費や人件費を積み上げて見積もりを出そうとするのだが……。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

今も昔も変わらない日本

櫂は美しいものを見ると寸法を測らずにいられないという変人だが、天才らしい非常識さで目標へと突き進んでいく。彼のサポートに回る田中少尉(柄本佑)も最初は戸惑うものの、次第に櫂の才能に惚れ込んでいき、ふたりで見積もり案の不正を暴くことになる。会議の期日が迫るなか目標へ向けて少しずつ進んでいくという部分もハラハラさせるのだが、その会議での逆転劇も見どころ。

海軍上層部にとって既定路線である巨大戦艦建造を崩すのは容易ではない。一時は「総鉄量から建造費を割り出す」という斬新な方法で、櫂が方程式を導き出し事態は逆転する。しかしそれもつかの間、平山中将(田中泯)は見積もり案が精確なものでないのは、敵を欺くために味方をも欺いたものという論理によって再逆転される。

このあたりの展開は、日本では一度既定路線となったものを変えることは容易ではないことを示しているようでもある。巨大戦艦の見積もりが嘘だったのも、来年に予定されている東京五輪の予算が当初の何倍もの額に膨れ上がっていることを思わせなくもない。東京五輪では当初は「かつての施設を再利用する」などと調子のいいことを言っておきながら、開催が決まってみれば湯水のように税金を投入しているわけで、そのあたりの体質は今でも変わっていないのかもしれない。

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静かなるラストの攻防

閑話休題。

最終的な会議の結果では平山中将が負けを認め、櫂たちは勝利する。しかし、実際には史実も示す通り戦艦「大和」は建造され海に沈んだ。しかも『アルキメデスの大戦』の冒頭では丁寧にその最期の姿を観客に示しているのだ。

ここはそれほど長いシークエンスではないのだが、山崎監督たち白組の手腕が最大限に発揮されたところ。音を立てて落ちてくる爆弾や、海のなかを進む魚雷、波しぶきがカメラに飛び散る様子まで細かくVFXで再現していて見応えがあった。そして「大和」はアメリカ軍の航空部隊に集中攻撃を受け、なすすべもなく太平洋に沈んでいくことになる。

だから櫂たちの勝利はどこかで覆されることになる。会議の1カ月後、櫂は平山中将に呼び出される。平山中将は巨大戦艦は「依り代」として必要なのだと櫂に語りかける。戦争はもう避けられないのだが、日本は「負け」を知らない。すべての国民が玉砕するまで戦ってしまうかもしれない。それを防ぐには日本の「負け」を象徴するようなものが必要で、戦艦「大和」が日本の身代わりとなって沈むことで、日本人は初めて「負け」を知ることができるのだという。その言葉に櫂は動かされたのか、ラストでは戦艦「大和」が誕生し大海原に出て行く。

櫂の涙が示すのは?

櫂は平山中将の先を見通す目を信じたということだろうか。日本を守るためには、犠牲となる「大和」が必要だということを。ただ、平山中将が櫂に求めている数式は、「大和」を沈没させるためだけなら必要なものではない。

平山中将に同士であるとまで言わせた櫂は、自分の手で戦艦の図面を書いているとき、嬉々とした表情をしていた。美しいものを見るとその寸法を測りたくて仕方がないという変人の櫂は、図面のなかの美しさを見出して、その実物を見てみたいという気持ちにもなったのかもしれない。自分が描いた戦艦を現実化したいという思いに駆られる瞬間もあったのかもしれないのだ。数式が必要とされるとすれば、その戦艦が櫂の設計によってつくられたという、櫂のプライドのために必要だったということだろう。

また、櫂は自分をスカウトした山本少将の最初の言葉が嘘だったことにも気づいたのかもしれない。巨大戦艦を建造することは、国民の気持ちを煽り、戦争に突き進むことになってしまう。山本少将はそんなふうに櫂を説得した。それを避けるために櫂はスカウトされたわけだし、櫂の目的は戦争の阻止であったはず。

しかし山本少将の真の目的は違っていたようだ。巨大戦艦が無用の長物であることは本当だが、山本少将は航空母艦を使っての真珠湾攻撃という別の作戦を考えていたわけで、戦争を止めようとしていたわけではなかったのだ。櫂はその意味では山本少将にうまくノセられていたということになる。後にそれに気がついた櫂は、平山中将の案を選ぶしかなかったのかもしれない。

そのあたりを本作では詳細に説明するわけではない。ただ、戦艦「大和」に乗り込んだ櫂の涙だけで示している。涙には結局戦争を止められなかったという悔いがあることも推測できるが、櫂の複雑な表情には上に記載したような様々なことが巡っているようにも感じさせるのだ。

平山中将が語る「大和」誕生の秘密は史実ではないのだろう。「大和」の後には「武蔵」という巨大戦艦がつくられているし、「大和」が日本の「依り代」として沈むという考えはあくまでフィクションということなのだろう。それでも後から解釈すると、そんなふうにでも理解しないと到底理解できないようなことが日本では起きていたということなのかもしれないとも思えた。

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