『ふたりのマエストロ』 父と息子の厄介な関係

外国映画

監督・脚本は『バルニーのちょっとした心配事』などのブリュノ・シッシュ

主演のイヴァン・アタル『ミュンヘン』などにも出ていた人で、シャルロット・ゲンズブールの旦那さんらしい。

物語

父も息子も、パリの華やかなクラシック界で活躍するオーケストラ指揮者の親子。父・フランソワ(ピエール・アルディティ)は、40年以上の長きに渡り輝かしいキャリアを誇る大ベテラン。ひとり息子のドニ(イヴァン・アタル)も、指揮者としての才能を遺憾なく発揮し、今やフランスのグラミー賞にも例えられるヴィクトワール賞を受賞するほど破竹の勢い。
だが、栄えある息子の授賞式会場に、父の姿はなかった。祝いの言葉のひとつもよこさない父の素振りに呆れ果て、受賞パーティもそこそこに、恋人のヴァイオリニスト・ヴィルジニ(キャロリーヌ・アングラーデ)との情事に耽るドニ。いっぽうのフランソワも「自慢の息子さん、快挙ですね!」と仕事仲間からたびたび煽られることが癪に触り、「今日の演奏は最悪だ!」と周囲に当たり散らす始末。

(公式サイトより抜粋)

父と息子の厄介な関係

有名な父親を持つ息子は大変だ。周囲は偉大な父親に倣って同じ道へと進むことを求めるだろうし、そうなったとすると常に父親と比べられることになる。それでも父親を越えられないことも多いわけで、そうなると“ダメな二世”扱いされることになる。

それとは逆に簡単に越えられてしまう父親というのも複雑だろう。本作はそんな後者の場合を扱っている。父親であるフランソワ(ピエール・アルディティ)はもう40年もクラシックの世界で活躍しているベテランだ。しかし業界での評価は息子のドニ(イヴァン・アタル)のほうがいいらしく、ドニはフランスのグラミー賞と言われるヴィクトワール賞を獲得することになる。そうなると“ダメ二世”とは別の問題が生じることになる。

フロイトは、息子が母親のことを手に入れようとして、父親に対して敵対心を抱くような心理を「エディプスコンプレックス」と呼んだ。本作では特段母親を巡って争っているわけではないけれど、ふたりは同じ業界に生きているために、互いのことを競争相手として見てしまうことになり、それがふたりの間に勝ち負けみたいなものを意識させることになってしまう。

ふたりが別の世界で生きていたのなら、フランソワもドニの成功を素直に喜べるのかもしれないけれど、ふたりは同じ土俵の上に乗っているわけで、そうなるとフランソワとしては単純にドニの成功を喜ぶことができないのだ。

一方のドニとしても、父親に勝ってしまうことは複雑だ。息子としては父親の衰えを見ることはイヤなものだし、父親が負けることを見るのもイヤだろう。それなのにドニは憧れであった父親を越えてしまうことで、父親に“負け”を突き付けることになってしまうのだ。

『サントメール ある被告』に描かれたような母と娘の関係には複雑なものがある気もするけれど、『ふたりのマエストロ』で描かれる父と息子の関係にも、女性同士の関係とは別の厄介なものがあるのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2022 VENDOME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS

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驚きの事実?

本作ではある間違いが生じて、ふたりは互いと向き合うことを余儀なくされる。本当はドニに依頼されるはずだったミラノ座の音楽監督就任が、苗字が同じだったために間違ってフランソワに依頼されてしまうのだ。

フランソワは長年の夢が叶ったと舞い上がり、いつになく上機嫌になっている。そんなフランソワに対して真実を告げるのは残酷だ。ドニはどうやって真実を告げるべきか思い悩むことになる。結局、ドニは悩むだけでほとんど何もすることができない。最終的にはその事実を母親(ミュウ=ミュウ)に伝え、それによってようやくフランソワも間違いに気づくことになる。

そこから行動を起こすのはフランソワだ。指揮者としてはドニに負けたことを改めて突き付けられ、少なからぬショックを受けたはずのフランソワだが、彼は久しぶりにドニと向き合うことを選ぶことになる。そこで明らかにされるのは、母親の裏切りという話であり、実はドニはフランソワの息子ではないかもしれないという驚きの事実だ。

(C)2022 VENDOME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS

とはいえ、これは事実なのかどうかはわからない。フランソワもドニも互いのパートナーに「君に出会えたことが人生で最良の出来事だ」と語っている。ふたりとも同じような感覚の持ち主ではあるわけだ。その意味ではふたりは似ているわけだけれど、フランソワはわざわざ自分の息子ではないのかもしれないなどと不確かなことを言ってドニを焚き付けるのだ。

それでもこのことはフランソワなりのやさしさだったらしい。フランソワはドニに「自分のことが怖いか」と問いかける。かつて父親フランソワはドニが水を怖がることに理解を示していたのだが、母親の対応は違っていた。母親はドニを水の中に突き落とすことでその恐怖を克服させることになる。

フランソワがドニと正面切って向き合うことをしたのは、ドニに父親という恐怖を克服させるためだったのだ。ドニは恋人のヴィルジニ(キャロリーヌ・アングラーデ)からも言われていたように、父親フランソワから脱却できないままでいたのだ。フランソワとしてはドニにとっての恐怖の対象である自分がわざわざ出向くことで、ドニがそれを克服することを望んだのだ。正面からぶつからなければ恐怖は克服できないということなのだろう。

(C)2022 VENDOME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS

音楽は心地いいけれど

本作は実はリメイクなんだそうな。2011年のイスラエル映画『フットノート』(ヨセフ・シダー監督)がオリジナルということになる。私はこの作品を観ていないのだが、カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたようだ。とても評価された作品ということになるだろう。

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一方で本作はだいぶあっさりとしている。88分の上映時間ということもあり、退屈ではないけれど掘り下げ方には物足りなさを感じる。ラストは予定調和的な大団円となるし、それなりに聴き覚えのあるクラシック音楽の心地よさもあってちょっとだけ感動的ではあるのだけれど、インパクトには欠けるのだ。

ラストのアレは意外と言えば意外だったけれど、ドニが斬新な指揮者だから成り立つものなのだろうか。そのあたりはクラシックに関して素人だからよくわからないけれど、最終的な和解に至るまでの葛藤が見たかった気もする。

本作にはドニの息子マチュー(ニルス・オトナン=ジラール)も登場する。マチューは父親と祖父のケンカを見ているからか、音楽の道には進まないらしい。能天気そうな雰囲気だけれど、かえって利口な子なのかもしれない。同じ道に進めば父親とも戦うようなことにもなるわけで、そんなことは面倒くさいというのは今の若者っぽい。最後に良かった点を探すとすれば、難聴のバイオリニスト・ヴィルジニを演じたキャロリーヌ・アングラーデが魅力的だったと思う。

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