『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』 新しいやり方

外国映画

監督・脚本は『ビデオドローム』『ザ・フライ』などのデヴィッド・クローネンバーグ

カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。

クローネンバーグの初期作品には『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』があるが、これはタイトルが似ているだけで無関係らしい。

物語

そう遠くない未来。人工的な環境に適応するよう進化し続けた人類は、生物学的構造の変容を遂げ、痛みの感覚も消えた。
“加速進化症候群”のアーティスト・ソールが体内に生み出す新たな臓器に、パートナーのカプリースがタトゥーを施し摘出するショーは、チケットが完売するほど人気を呼んでいた。しかし政府は、人類の誤った進化と暴走を監視するため”臓器登録所”を設立。特にソールには強い関心を持っていた。
そんな彼のもとに、生前プラスチックを食べていたという遺体が持ち込まれる…。

(公式サイトより抜粋)

ボディ・ホラーへの回帰

1999年の『イグジステンズ』以来、久しぶりにいわゆるボディ・ホラーというジャンルにその第一人者であるデヴィッド・クローネンバーグが戻ってきた。本作はクローネンバーグの過去作品を色々を想起させる部分もあり、これまでの集大成みたいにも感じられる作品となっている。

私が初めて観たクローネンバーグ作品は、多分『ザ・フライ』とか『デッドゾーン』あたりで、どちらかと言えばメジャーな系列に分類される作品だったと思う。そんな意味ではボディ・ホラーだけの監督ではないわけだけれど、一番らしさが感じられるのはこのジャンルであることも確かだろう。

設定はかなり不思議だ。未来の人類は痛みも消えるような形で進化していて、感染症なども克服したらしい。その一方で今までにはなかった病もあって、主人公のソール(ヴィゴ・モーテンセン)は”加速進化症候群”というものを患っている。ソールは身体の中に新しい臓器を生み出してしまうのだ。

ただ、ソールは”加速進化症候群”を商売のネタにしている。彼はパートナーのカプリース(レア・セドゥ)と組んで、ソールの身体の中に出来た臓器に何らかの形でタトゥーを施し、それを取り出してみせるというパフォーマンをやっているのだ。

(C)2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.

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新しいやり方

この手術パフォーマンスは劇中で「新しいセックス」と言われることになるわけだが、これはクローネンバーグの過去作品を観ていれば、すんなりと受け止められるだろう。クローネンバーグは過去の作品でも、そんな新しいセックスのやり方をいくつも示してみせていたようにも思えるからだ。

『クラッシュ』は自動車事故に性的エクスタシーを感じるというアブノーマルな人たちの話で、これは原作があるからか倒錯的とはいえわかりやすいとも言える。ところがクローネンバーグのオリジナル脚本の作品となるとなかなか厄介で、男女を問わず身体に開いた穴が性的な意味合いを帯びてくる。

たとえば『ビデオドローム』では、主人公の男は腹に開いた女性器のような穴に、男性器の象徴とも言われる銃を突っ込んだりしている。ヴァンパイアものとも言える『ラビッド』では、女性の身体に開いた傷口から男性器のような突起物が出てきて、それが男たちの血を吸うことになっていた。『イグジステンズ』では背中に人工的に開けた穴に、ゲームのコントローラーを差し込み、ゲームの中でヴァーチャル・リアリティとしてのセックスを楽しんだりもしていたのだ。

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凡庸で常識的な人間としては、クローネンバーグのような常識を逸脱していきがちな変態の考えを理解するのは難しいのだが、上記の作品などは彼なりの新しいセックスのやり方を示していたとも感じられる。そうしたことからすれば、手術が新しいセックスという台詞も奇妙なものではないだろう。ソールの身体に開いた穴からカプリースが臓器を取り出すという行為自体が、一種の官能的なシーンとなっているのだ。

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進化した人類の行方

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、そんなクローネンバーグらしいそんなネタ以外の新しい要素も用意されている。それが人間の進化という部分になるだろうか。

冒頭ではプラスチックを食べる少年が、その母親によって殺されるシーンが描かれる。この少年は特異体質でプラスチックを消化できる身体を持っている。母親はそれが恐ろしくて自ら息子に手をかけることになるのだが、この少年の父親ラング(スコット・スピードマン)も人間の進化というものを探っている人物だ。

実はラングは自らに手術を施すことで人間の進化を促そうとしているのだ。これは政府が過度な進化を恐れているのと正反対で、ラングたちは保守的な政府とは対立する立場にある。政府は人間の進化を監視するために”臓器登録所”というものを作り、その施設のティムリン(クリステン・スチュワート)もこの物語に関わってくることになる。

ラングたちのグループは手術をすることで、産業廃棄物から作られたチョコレートバーのような食糧で生きられる身体になったらしい。そのチョコレートバーは普通の人間が食べると死んでしまうような代物なのだが、ラングたちはそんなゴミのようなもので生きていくことを選んだということになる。

正直に言えば、このラングたちがどんな動機でそんな選択をしなければならないのかはよくわからないし(人類が切迫詰まっているようには見えない)、それとソールたちが関わることになる理由も何だかよくわからないままだった気もする。

新しいセックスのやり方というのは、それが理解できないとしても、変態なりに追求すべき官能の世界があるのだろうという感じで納得することはできるのだが、環境汚染に適応するために自らの身体を進化させようとまでする動機は謎だった。とはいえ、クローネンバーグ作品は『ビデオドローム』や『ザ・ブルード/怒りのメタファー』なども未だによく理解していないから、物語がよくわからないのもいつも通りとも言えるのかもしれない。

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内なる美とは内臓である

それでも本作の美術などにはクローネンバーグらしさを感じることができるだろう。本作では様々な介助用品のようなものが登場する。進化しているはずなのに、食事を食べるのにも、夜寝る時にも、それを補助する何かが必要になっているのがおもしろい。

ブレックファーストチェアは朝食を食べるのを補助するものらしいのだが、まるで生きているかのように不気味に動いたりしてまったく快適には見えないのだ。『戦慄の絆』の手術道具や、『イグジステンズ』の組立式の銃や見たこともないようなゲームコントローラーのように、クローネンバーグ作品のこうした美術はいつも手作り感に溢れていて、とても奇妙で独創的だ。

それから本筋とはまったく関係ないところで耳を身体のあちこちに張り付けた男のダンスがあったりして、そんなおぞましい細部も印象的だった。また、本作における「内なる美」というのは、人の内面などではなくまさに人の身体の中身、つまり内臓であるという感覚はまさしく変態だろうか。レア・セドゥの裸を見せつつも、その美しい胸にまでメスを入れてしまうわけで、やはり常軌を逸している気がする。

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