『Swallow/スワロウ』 病という意味

外国映画

監督・脚本のカーロ・ミラベラ=デイヴィスは、本作がデビュー作とのこと。

原題の「Swallow」は「飲み込む」という意味だが、「鵜呑みにする」とか「耐える」という意味もあるらしい。

物語

ハドソン川が近くを流れる高台にある瀟洒な邸宅は、広いバルコニーにプール付きの庭があり、部屋は塵ひとつないほどに整然と片付いている。そこに住むハンター(ヘイリー・ベネット)は、結婚して誰もがうらやむような生活を手に入れたのだ。

夫のリッチー・コンラッド(オースティン・ストウェル)が望むことは、彼にふさわしい“美しい妻”であることだけだ。もはやそれ以上望むものなどないようにも見えるのだが、ハンターはあることをきっかけにビー玉を飲み込みたいという衝動に駆られ、やがて次々と異物を飲み込むことになる。

異食症とは?

ハンターの異常な行動は“異食症”という病だ。「栄養価の無いものを無性に食べたくなる」という症状なのだそうだ。一般に小児や妊婦に多いとされる。『Swallow/スワロウ』の主人公ハンターもビー玉から始まり、様々な物を飲み込んでいく。

栄養にもならなければ、美味しいだろうとも思えない物を食べてしまうというのはどこか異常なわけで、ハンターがそんなことをしてしまうのには原因がある。それはその邸宅の退屈さと、嫁ぎ先のコンラッド家の彼女に対する態度だろう。

もともとはバス用品の販売員をしていたハンターは、夫と結婚したことで誰もがうらやむ生活を手に入れた。それは表向きは優雅な生活だが、人里離れた邸宅にたった独りで暮らすのは一種の囚われの身になったようなものだろう。さらに生活の糧を得るくびきからも解放されたハンターは、夫の夕飯をこしらえたりはするものの時間を持て余してしまう。スマホのゲームで時間を潰す姿は、上流階級の世界には似つかわしくない振舞いだからか、夫の前ではそれを隠しているのだ。

ハンターが夫やその両親から求められているのは、コンラッド家の跡取りを産むことであり、ハンターはそのための道具のように扱われている。ハンターの話を遮って義父が仕事の話をするのも、ハンターが義父から家族の一員として認められていないと感じることとなった一件だっただろう。そうしたことがストレスになり、ハンターには異食症の症状が現れ始めるのだ。

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戦争と退屈

最初のビー玉から始まり、ハンターは次々と異物を飲み込んでいく。消化されることのない異物は胃や消化器官を通って排出されることになる。ハンターはそれを便の中から取り出し、キレイに洗浄してオブジェのように飾っていく。塵ひとつない清潔な邸宅の中にあるそれらは、ハンターにとっての密かな抵抗にも見える。

典型的な異食症がどんなものを飲み込むものなのかはわからないが、本作のハンターはなぜか画鋲や安全ピンなど尖った物も口に入れる。そして、それは排出される時にハンター自身を傷つけることになる。これは「肉体の痛みで心の痛みをごまかす」(町山智浩の指摘)ような行為なのだろうし、前回取り上げた『本気のしるし』の主人公が予想がつく退屈な日々よりも、地獄のような日々を求めてしまうことにも通じることなのかもしれない。

異食症が夫にバレてからは、監視役としてルアイ(ライト・ナクリ)というシリア出身の男性が付くことになるのだが、ルアイは最初ハンターの精神的な病が理解できない。戦争をしている国にいたルアイからすれば、生きるか死ぬかという状況にあり、弾を避けることで精一杯だったら精神を病んでいる暇などないからだ。しかし、そんなルアイがのちにハンターに同情を示していることからすると、ルアイもその邸宅でしばらく暮らすうちに“退屈”というのも“戦争”と同様にキツイものだと知ったのだろう。

※ 以下、ネタバレもあり!

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病という意味

本作が意外だったのは、精神的な病を患うことになったハンターが誰かの支えを頼ったりもせず、彼女のトラウマと向き合うことで病からの快復を図るところだろうか。

人間は食事をしたら排泄する。栄養を取り入れ、余分なものは排出するわけだ。同じように、ストレスを抱えてしまったなら、それを何らかの方法で解消して排除しなければならない。本作のラストはなぜか女子トイレの風景を延々と映し出すのだが、そうした場所は普段は秘すべきこととされあまり見えることはないのだが、人間は身体に何か取り入れることと同様に排出することも重要だということを示しているのだろう。

異食症も自分の身体の中に異物を取り込み、それを排出する点では同様だが、それによって得るものがない物をわざわざ取り入れる点で異様な行動とも思える。しかし、ハンターがなぜその病から快復したのかを見れば、異食症という病にも何らかの意味があったように思えてくるのだ。

ハンターの異食行動は妊娠をきっかけに始まり、堕胎をすることで快復することになる。ハンターにとって最大の異物だったのは、自分の体内に孕まれてしまった子供だったということなのだ。しかし、それを簡単に排出するわけにもいかないわけで、堕胎の代替行為として異食症は発症していたということなのだ。

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反面教師に学んだこと

ハンターが堕胎を決断するきっかけになったのは、彼女の父親との出会いだ。ハンターの父親はレイプ犯として収監された過去を持つ。実はハンターは母親がレイプされた時に出来た子供だったのだ。もちろんそのことがトラウマとなり、異食症への遠因となっている可能性もあるだろう。ハンターは初めてそんな父親と向き合うことになるのだが、そこで父親が吐露したのは、かつての間違った全能感についてだった。

ハンターはリッチーと結婚できたことを「ラッキーだった」と語っていた。自分に与えられた幸福がどこか望外なものに思え、与えられた環境も不釣り合いなものに感じられていたのだろう。ハンターが背伸びを止めるように、未来の優雅な生活を約束するであろう子供を堕胎する決断をしたのは、反面教師としての父親から学んだことなのだ。

義母はハンターがそんな優雅な生活を居心地悪く感じていたことに気づいていたのだろう。ハンターが幸せだと語るのに対し、それが本音なのかどうかを問い質し、義母が一番役に立った助言は「フリをする」ということだと語るのだ。義母は今ではリッチーの母親として、コンラッド家に溶け込んでいるわけだが、最初は外部から入ってきた嫁として幸せなフリをしてやり過ごしてきたことが推測されるのだ。

しかし、ハンターは義母のやり方を見習うことはなかった。自分を偽りフリをし続けるほどの価値をコンラッド家の生活には見出だせなかったのだろう。

ハンターはコンラッド家の中の異物として、キレイな邸宅の中で唯一汚れた存在であるかのように感じていたのだろう。そのことを隠して幸せなフリをして生き続けることは無理だと悟ったのだ。だからハンターはその家を飛び出し、自分の中に抱え込んでしまった異物であるコンラッド家の子供を排出することで、本来の自分を取り戻すことになったのだ。

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注目の新人監督

『Swallow/スワロウ』のアイディアは、監督カーロ・ミラベラ=デイヴィスの祖母の病にあったらしい。その祖母の症状は極端な潔癖症で、1日に4個の石鹸を使うほど手洗いをしなければならなかったとのこと。

しかし、それを異食症という病に変えたことが、観客に訴えかける恐怖となって迫ってくることになっていたと思う。冷たくて固い物が歯に当たりコツコツとした音を立てるのも、尖った物を飲み込むという行動も直接的に観客の五感に働きかけてくる要素があるからだ。

また、ハンターが異物を飲み込むシーンでは、背景が赤く彩られた窓になったり、緑の壁となったり、黄色く照らされた部屋だったりするのも、ハンターの精神的な不安定さを示しているようで効果的だったと思う。カーロ・ミラベラ=デイヴィス監督は本作がデビュー作だというのだが、とても完成度の高い作品だったと思う。

それから主役のヘイリー・ベネットは、『マグニフィセント・セブン』『ガール・オン・ザ・トレイン』などにも出演していたらしいのだがほとんど記憶にないし、最近では『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』のぽっちゃり家族の一員として顔を出していたものの大物女優に隠れてそれほど出番は多くなかったわけで、本作で初めて主役としてその存在を強くアピールすることになったのではないだろうか。最後にすべてを捨てた後の、どこかあどけなさが残る表情も印象的だった。

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