『バーナデット ママは行方不明』 天才はつらいよ

外国映画

原作はアメリカではベストセラーとなったマリア・センプル『バーナデットをさがせ!』

監督・脚本は『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイター

原題は「Where’d You Go, Bernadette」。

物語

シアトルに暮らす主婦のバーナデット。夫のエルジーは一流IT企業に勤め、娘のビーとは親友のような関係で、幸せな毎日を送っているように見えた。
だが、バーナデットは極度の人間嫌いで、隣人やママ友たちとうまく付き合えない。
かつて天才建築家としてもてはやされたが、夢を諦めた過去があった。
日に日に息苦しさが募る中、ある事件をきっかけに、この退屈な世界に生きることに限界を感じたバーナデットは、忽然と姿を消す。
彼女が向かった先、それは南極だった──!

(公式サイトより抜粋)

主婦に疲れた人の自分探し?

『バーナデット ママは行方不明』の予告編を観ていると、主婦業に疲れたバーナデット(ケイト・ブランシェット)が、家庭を捨ててかつて憧れた南極へ旅をする話みたいにも思える。もしかしたらこれは意図的なミスリードだったのかもしれない。そもそもバーナデットはごく普通の主婦とはちょっと違うのだ。

また、予告編だとバーナデットは南極に行くことを望んでいるようにも見えるのだが、それも間違いだったことが明らかになる。南極行きを望んだのは娘のビー(エマ・ネルソン)で、逆にバーナデットはそれを嫌がっていて、何とか行かないで済むように画策しようとまでする。なぜそこまで南極旅行が嫌なのかと言えば、彼女は極端な人間嫌いで人混みというものが大嫌いだからだ。

ちなみにバーナデットという名前は、ある聖人に基づいている。19世紀のベルナデッタ・スビルーという聖人だ。この人のおかげでルルドの泉という場所が聖地になったとのこと。

ちょっと前に何となく語感が似ている『ベネデッタ』というヴァーホーベン監督作品があったけれど、あちらはベネデッタ・カルリーニという聖人の話をモデルにしていた。とはいえ、このベネデッタはいかがわしい噂のある修道女だった。

一方のベルナデッタ(映画の中ではバーナデットと呼ばれている)のほうは正真正銘の聖人ということになるらしい。この聖人バーナデットは18回も奇跡に遭遇したと言われているのだ。そして、主婦バーナデットも2回の奇跡があったという。それがかつての建築家時代の話ということになる。

(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

天才はつらいよ

今のバーナデットはかなりの早口でママ友やシアトルの悪口をまくし立てる病んだ女性ということになるのかもしれない。旦那のエルジー(ビリー・クラダップ)からすると、それはすでにメンタルヘルスケアが必要な状態ということになる。

一方でかつての建築家時代を知っているポール(ローレンス・フィッシュバーン)からすれば、それは創造することを止めてしまったことの弊害ということになる。バーナデットはかつては天才と呼ばれた建築家だったのだ。

バーナデットに起きた2回の奇跡というのは、彼女が建築した2つの建物のことだった。ところがその建築物のひとつ「20マイルの家」は、隣人の悪意ある行動によって取り壊されることになってしまい、その失意によってバーナデットは建築を止めてしまったのだ。ポールからすれば、バーナデットは創造を止めてしまった天才であり、彼女を救うには創造に戻ることしかないということになる。

つまりは本作は「天才はつらいよ」という話なのだ。ところがその頃、バーナデットをいくつかのトラブルが襲う。隣家のオードリー(クリステン・ウィグ)とのトラブルに加え、FBIまで絡んでくる詐欺未遂事件に巻き込まれたことも発覚する。それらはバーナデットの行動が原因となっており、それによってバーナデットはメンタルヘルスケアが必要だということ証明した形になってしまう。そのためエルジーは彼女を病院へと入れようとするのだが……。

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バカと天才は紙一重?

バーナデットは天賦の才能を受けたけれど、それはすべてにおいてではないわけで、バーナデットの才能は建築の才能ということになる。

バカと天才は紙一重」とも言うけれど、建築という創造を止めてしまったバーナデットは、ちょっと変わり者で病んでいるようにも見える厄介者ということになってしまう。もしかしたらすべてにおいて完璧な天才もいるのかもしれないけれど、バーナデットはそうではないわけでそんな厄介な天才にはサポートが必要なのだ。

たとえば『ビューティフル・マインド』では、数学の天才の姿が描かれたけれど、この人物も厄介な問題を抱えていて、それを献身的に妻が支えるという麗しい話になっていた。それに対して本作の場合は、エルジーがバーナデットのことをうまく支えきれていなかったということだろう。

エルジーはバーナデットの美しさとその才能に惹かれて結婚することになった。その後はエルジーのほうがたまたま稼げる仕事(マイクロソフト社のエンジニア)を手にすることになったこともあり、バーナデットは専業主婦としてやってきていたけれど、エルジーには天才というものの扱いがわからなかったのだ。

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支え合う母と娘

それでも本作には、エルジーとは別にバーナデットを支えている人物がいる。それが娘のビーなのだろう。そもそも本作において、冒頭などで登場するナレーションを務めているのはビーの声だ。つまりはビーから見た母親の話であるのだろう。

そして、本作で二度に渡って印象的に使われることになるシンディ・ローパーの「Time After Time」の歌詞は、バーナデットとビーの関係を示しているようにも感じられる。

この曲では「道に迷ったら何度でも私を探して、倒れたら何度でも私があなたを受け止めるから」と歌われる。本作においては、“私”がビーであり、“あなた”がバーナデットということなのだろう。あるいは逆なのかもしれないけれど、どちらにしてもこの母と娘は互いを支え合っているのだ(主婦バーナデットの残り16回の奇跡は、娘のビーの存在だとも言っていた)。

バーナデットがあれほど嫌がっていた南極に行くことになったのは、バーナデットがビーの願いを叶えたかったからだし、家から逃走して連絡がつかなくなったバーナデットの意図を正確に読み取り、彼女を追いかけて南極へと向かったのはビーの発案だった。バーナデットは南極で建築への情熱を取り戻すことになり、エルジーと再びやり直すことが可能になったのも、ビーがいたからこそなのだ。

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バーナデットを演じたケイト・ブランシェットは相変わらずうまい。『TAR/ター』とは全然違うけれど、バーナデットの不安定な感じはかつてアカデミー賞の主演女優賞を獲得した『ブルージャスミン』を思わせるかもしれない。

本作はバーナデットを支えるビーとエルジーという家族の姿がとてもいい。ラストが感動的なものになったのは、支える側のふたりの雰囲気がとてもよかったからかもしれない。

冒頭でビーが語るダイヤモンドの話がある。ダイヤをもらえば当然嬉しいだろう。ところがそれは永遠には続かない。その喜びは次第に低減していき、普通のことになってしまう。これは「人間の戦略」だという。人間はそんな喜びの中に浸っているだけでは生きてはいけないということだろうか。

この話は本作のキモなのかもしれないのだけれど、バーナデットのどのエピソードと結びつくのかはよくわからなかった。前半はバーナデットはかなりの早口でまくし立てるために、台詞が過剰でちょっとついていけてない部分があるのかもしれないけれど……。

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