『みなに幸あれ』 理不尽な現実を受け入れろ

日本映画

「第1回日本ホラー映画大賞」で大賞を受賞した下津優太による初監督作品。

主演は『偶然と想像』などの古川琴音

物語

看護学生の孫は、ひょんなことから田舎に住む祖父母に会いに行く。久しぶりの再会、家族水入らずで幸せな時間を過ごす。しかし、どこか違和感を覚える孫。祖父母の家には「何か」がいる。そしてある時から、人間の存在自体を揺るがすような根源的な恐怖が迫って来る…。

(公式サイトより抜粋)

「開かずの扉」の奥に…

田舎の祖父母の家には「開かずの扉」があって、という田舎ホラー作品。古川琴音が演じる主人公は“孫”と名付けられている。

“孫”というのは祖父母の側から見た呼び方ということになるわけだけれど、本作の視点人物であり主人公は“孫”のほうになる。しかしながら一番あやしげなのが祖父母ということになる。

“孫”は子供の頃にも祖父母の家に来ていて、その時も何か恐ろしい体験をしたらしい。その記憶は今では曖昧になっているのだけれど、その恐怖だけは覚えていて、“孫”は久しぶりに祖父母の家に行くことになると昔の恐怖を夢の中で再現してしまったりしているのだ。

そして、実際に“孫”は久しぶりに祖父母の家に行くことになるわけだが、2階の奥にある「開かずの扉」は昔のままで、“孫”としてはそれが気になって仕方がない。祖父母たちは「開かずの扉」のことを隠しているふうでもあり、妙な行動をして「開かずの扉」の中を見られることを防いでいるようでもある。あるいはもしかしたら認知症が始ったということなのかもしれない。

そんな異様な雰囲気の田舎の家なのだが、意図的と思しきおばあさんを演じる素人役者さんのぎごちなさもあって、もしかすると祖父母は中身が別の“何か”に入れ替わっているんじゃないか、といった気持ちにすらなってくる。

おばあさんは“孫”に「幸せかい?」などと聞いてくる。どう考えても普段自然に使うような台詞ではないわけで、その異様さが際立つことになる。設定的にシャマラン『ヴィレッジ』あたりを思わせ、祖父母たちは「一体、何者なのか?」という疑念が湧いてくるわけだが……。

※ 以下、ネタバレもあり!

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

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何のメタファー?

ネタバレをしてしまうと、奥の部屋にいたのはオムツ姿のおじさんだ。そのおじさんはなぜか目も口も糸で縫い込まれて閉じられてしまっている。その状態では食事をすることもできないわけで、おじさんは胃ろうによって栄養を得ているらしい。とはいえおじさんは身体が悪いわけではないらしく、突然、部屋から這い出てきて“孫”のことをビックリさせることになる。

この異様な設定はもちろんメタファーということになる。「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」ということだ。これはある種の都市伝説らしいのだが、地球上の幸せと不幸せの総量は一定になっていて、誰かが不幸になることで誰かが幸せになるということらしい。

『みなに幸あれ』では、それが家族単位で測られることになる。祖父母の家には知らないおじさんが自由を奪われ監禁されている。これによって彼は一家の不幸を一身に背負っているということになる。そのおかげで“孫”の一家は幸福を享受できることになっているということなのだ。

なぜか“孫”だけはその真相を知らされていなかったのだが、このことは世間的には常識らしい。多分、大っぴらには言わないけれど誰もが知っていることなのだろう。それでも“孫”はその真相に抗うことになる。監禁されていたおじさんを解放してしまうのだ。誰かの犠牲によって自分たちの幸福が成り立っているという事実が我慢ならなかったからだろう。

ところがそうすると彼が請け負っていた不幸が、一気にその一家に押し寄せてくることになる。新たな犠牲者を用意しなければ、家族は目から血を流し始め、間もなく死んでしまうことになるらしい。こうした設定は『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』にもよく似ていて、笑えないコメディといった雰囲気も共通している。

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

理不尽な現実

“孫”は最終的には犠牲となる男を準備することになる。彼女の幼なじみの男(松大航也)を身代わりに立てるのだ。そうして“孫”は世間並の幸せを手に入れることになるというのがラストだ。

下津優太監督は「まずは理不尽な現実を受け入れろ」と言いたいらしい。本作では“孫”がいじめられている中学生を助けるエピソードがあるのだが、その中学生は最終的にいじめる側に回ることでいじめを回避することになる。世の中にいじめはつきものであり、それから逃れるためには、その理不尽な世界そのものを受け入れるほかないということになる。

下津優太監督のインタビューによれば「その現実をまず受け入れて、その上で理想を描く」ことが大事ということらしい。とはいうものの、本作にはその理想までは描かれていなかったような気もするのだけれど……。

理不尽な現実をグロテスクに描いたということは理解できる。それでもおばあさんが子供を産んだりする部分は意味不明だし、味噌のネタは何だったのかもわからぬままだった。

冒頭から意味ありげに味噌汁が登場するところからすると、おばあさんが言うところの自家製味噌というのは、監禁していたおじさんのクソだったということを仄めかしているということなのだろう。「味噌もクソも一緒」ということだろうか。これが一体何のメタファーなのかはよくわからないけれど、何だかおぞましい感じは伝わってきた。

「日本ホラー映画大賞」というものがあるのだそうで、このコンペティションではホラー映画に特化した作品を募集し、ホラー映画の監督を発掘することを目指しているということらしい。そして、このコンペで大賞を受賞すれば、いきなり商業映画の監督になれる。そんな夢のような企画でデビューしたのが下津優太という監督ということになる。ホラー映画を丹念に追っているわけでもないのでトレンドはよくわからないけれど、これまでにない感覚はあるのかもしれない。

本作に興味を持ったのは古川琴音が出ていたからで、いたいけな(?)女の子が悲惨な目に遭うといった系統のホラー映画としてはそれなりに楽しめる作品にはなっているような気もするけれど、それ以上にイヤ~な気持ちにさせられるような気もした。

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