『カラオケ行こ!』 組み合わせの妙?

日本映画

原作は和山やまの同名漫画。

監督は『どんてん生活』『1秒先の彼』などの山下敦弘

脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』『罪の声』などの野木亜紀子

主演は『ヤクザと家族 The Family』などの綾野剛

物語

合唱部部長の岡聡実(おかさとみ)はヤクザの成田狂児(なりたきょうじ)に突然カラオケに誘われ、歌のレッスンを頼まれる。組のカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける“恐怖”を回避するため、何が何でも上達しなければならないというのだ。狂児の勝負曲はX JAPANの「紅」。聡実は、狂児に嫌々ながらも歌唱指導を行うのだが、いつしかふたりの関係には変化が・・・。聡実の運命や如何に? そして狂児は最下位を免れることができるのか?

(公式サイトより抜粋)

カラオケに行くだけの映画

本作の設定はあり得ないかもしれない。ヤクザが中学生に歌のレッスンを乞うというのだから。「そんな話をよくも漫画にしようと思ったなあ」などと、漫画原作者に対して感心しはしたものの、さほど期待もせずに観に行ったのだが、予想に反してとても楽しかった。綾野剛の度重なる絶叫には思わず笑ってしまったし、ラストのX JAPANの「紅」には感動さえ覚えた。

正直に言えば、感想としては「以上がすべて」とも言える。ただ、映画ブログとしてそれなりにページの要件を成立させるにはそれだけではダメなので、以下を続けるけれど、言ってみれば以下は「埋め草」でしかなく、あまり意味はない。

そもそもコメディ映画の感想について多くの人が知りたいのは、「良い」のか「悪い」のかという評価だけなのかもしれない。コメディを分析するというのは何だか無粋な気もするし、そんなものは読みたくもないだろう。

もしも本作の評価が「悪い」とするならば、わざわざ映画館に足を運ぶ必要もないという判断になるかもしれず、だとすれば「悪口くらいなら読んでみてもいい」ということになるかもしれないとも思う。しかしながら、『カラオケ行こ!』は面白かったのだ。

そんな場合はどうなるか? もしかすると映画館に観に行こうと思うかもしれない。しかし、そうだとすれば観る前に余計な感想など読みたくはないし、観てからわざわざ人の感想を確認するまでもないということになるだろう。そんなわけでコメディ映画を褒める文章なんて誰も必要としない気もするわけで、まあ、以下はそんな類いの文章ということになる。

©2024『カラオケ行こ!』製作委員会  ©和山やま/KADOKAWA

組み合わせの妙?

ヤクザとカラオケ。それだけでもなかなか意外だが、そこに中学生が入ってくると余計にそれは際立つ。本作はヤクザの狂児(綾野剛)が、合唱部の部長である聡実(齋藤潤)に「カラオケ行こ!」と声をかけるところから始まる。

狂児が聡実に声をかけたのはたまたまなのだろう。それでも聡実は妙に図太いところがあって、物怖じせずにヤクザにズケズケと物を言ってしまう。狂児の歌を最初に聴いた聡実の評は、「終始裏声で気持ち悪い」というものだった。これは極めて真っ当で、そんな客観的評価ができたからこそ、狂児は聡実のことを信用することになったのかもしれない。

狂児は嘘つきだ。「ブラック企業に勤めていて、社長のカラオケ大会の罰ゲームが」などと言うのだけれど、名刺には「四代目祭林組若頭補佐」と記されていて、ヤクザ者だということは明らかなのだ。

聡実としてはヤクザと付き合うことに何らかのメリットがあるわけもなく、それでもふたりの関係が続いていくのはなぜだろうか? もしかしたらそれは「愛」なのかもしれない。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

©2024『カラオケ行こ!』製作委員会  ©和山やま/KADOKAWA

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愛とは与えること

聡実が所属する合唱部には“ももちゃん”と呼ばれる先生がいる。このちょっと能天気な先生はさして重要なキャラとは言えないのだけれど、なぜか芳根京子が演じていてとても魅力的だ。

とりあえずはそれは措いておくとして、ももちゃんは合唱部がコンクールで三位になってしまった要因を「愛が足りない」と分析することになる。これは部員たちには不評で、ももちゃんは「お花畑」と揶揄されることになる。それでもここでは愛が足りないことが示唆されていることになる。

本作ではさらに「愛とは何か」が定義される。聡実は“映画を観る部”の幽霊部員としても活動している。要は合唱部をサボって映画を観ているということだ(聡実は声変わりによってソプラノの声が出せなくなりつつあったのだ)。そんな中で名作『カサブランカ』を観るのだが、“映画を観る部”の唯一の正式部員は「愛とは与えること」だと語る。

この言葉によって聡実はある発見をする。夕食の席での両親の行動に愛を見出すことになるのだ。それは聡実の母親(坂井真紀)が旦那(宮崎吐夢)に“シャケの皮”を与えるシーンだ。本作ではそれを「これ見よがしに」スローモーションで捉えている。

そして、「愛とは与えること」であると知った聡実は、それを行動に移すことになる。それが父親からもらった大事なお守りを狂児に譲る行動になるというわけで、本作は愛についての映画ということになるのだ。

©2024『カラオケ行こ!』製作委員会  ©和山やま/KADOKAWA

実はすべてが嘘?

上記にはかなりの嘘が混じっている。本作での愛の象徴は“シャケの皮”だが、こんなアホな象徴があるだろうか。多分、聡実の母親は“シャケの皮”が嫌いなだけだろう。要らない物を旦那に差し出しただけだったのだ。そして、聡実もいつもおかしな物を買ってきてしまう父親からもらった要らないお守りを狂児に投げつけることになる。

それではなぜそんな嘘を書いてみたのかと言えば、本作の感動的な場面は嘘によって成り立っているからだ。たとえばそれは狂児が「紅」を歌うことに対するこだわりとか、ラストで聡実が「紅」を絶唱することになる場面などだ。ところがそれは後になってひっくり返される。ほとんどすべては嘘であり、観客は騙されて感動していただけというのが本作なのだ。

しかし、嘘の中に真実が見えることもある。ほとんどすべてが嘘でも、ほんの少し嘘ではない部分もあるのだ。それが聡実の狂児に対する真摯な感情だったりする。嘘があってもそんな部分だけは信じられるわけで、だからそんな嘘は許せてしまうというわけだ。

エンドロール後のおまけシーンでは、狂児は組長(北村一輝)に苦手なものを刺青いれずみされるという罰ゲームを受けていたことが示される。その刺青には“聡実”と記されていたわけで、狂児は聡実と示し合わせていた作戦を実行したということになる。「まんじゅうこわい」作戦だ。狂児は組長に散々聡実の“怖さ”を言い募っていたというわけで、どこまでも狂児は嘘つきということになる。

それでも騙されても気持ちがいい嘘というものもあるわけで、組長も狂児の嘘を知りつつ騙されてくれたということなのだろう。本作の嘘はそんな気持ちがいい嘘ということになる。

ちなみに原作漫画には続編もあるとのこと。観た人たちの評判は上々みたいだし、ひょっとすると続編もやるのかもしれない?

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