『1秒先の彼』 “愛らしい”から“ウザい”へ

日本映画

2021年の台湾映画『1秒先の彼女』のリメイク。

監督は『天然コケッコー』『オーバー・フェンス』などの山下敦弘

脚本は連続テレビ小説『あまちゃん』などの宮藤官九郎

物語

街中で路上ミュージシャン・桜子の歌声に惹かれて恋に落ちるハジメ。早速、花火大会デートの約束をするも、目覚めるとなぜか翌日に。“大切な1日”が消えてしまった…!? 秘密を握るのは、毎日郵便局にやってくるレイカらしい。ハジメは街中の写真店で、目を見開いている見覚えのない自分の写真を偶然見つけるが…。

(公式サイトより抜粋)

オリジナルとの違い

本作は『1秒先の彼女』のリメイクだ。しかしタイトルはちょっと変わっている。『1秒先のなのだ。というのもオリジナルの設定から男女を逆転させているからだ。

本作ではある不思議な出来事が起きることになるのだが、それに関しては『1秒先の彼女』のレビューの方を見てもらうとして、以下はオリジナルとリメイクとの違いを中心して書いていく。

オリジナルの『1秒先の彼女』はかなりキワドイところがある作品だ。しかし、それを補って余りあるほど素晴らしいところがあるからこそリメイクされたということになるだろう。私もオリジナル版がツッコミどころの多い作品であることは感じていたけれど、それでもやはり愛らしい作品であるから「2021年のベスト10」の1作として選んでもいた。

リメイク版の『1秒先の彼』の基本的な設定はオリジナルと同じだ。しかし主人公と言える二人の性別は逆転している。オリジナルのワンテンポ早い女性と、ワンテンポ遅い男性という関係性が、リメイク版ではワンテンポ早い男性と、ワンテンポ遅い女性というふうに、男女が入れ替わっているのだ。

これはなぜかと言えば、オリジナルのキワドイ部分に関わってくる。リメイクを製作する方向性としては、キワドイ部分を和らげてより一般受けするような映画を目指したということなのだろう。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2023「1秒先の彼」製作委員会

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オリジナルのキワドサ

早々にネタバレしてしまうけれど、本作はオリジナルと同じように「時が止まる」ことになる。オリジナルでキワドイ部分と感じられたのはここに尽きるだろう。

オリジナルでは、男性であるグアタイが時が止まった世界で動くことができるキャラとなっている。この世界ではグアタイ以外の人間は時が止まっていて、記憶にも残らないし動くこともできない。そんな世界でグアタイがやったことは、動かないシャオチーを勝手に海へと連れ出すことだったわけだ。

この設定はかなり都合がいいし、やっていることも危なっかしい。グアタイ自身も変態チックだと反省もしているわけで、ここはオリジナルのツッコミどころでもあるし、もしかするとそれがネックとなって受け入れがたいと感じる人もいるかもしれない。それにも関わらずオリジナルは感動的だったと私は感じたし、リメイクを製作することになった製作陣もそんなふうに感じていたということだろうと思う。

それでもやはりリメイクを製作するとなれば、この部分は気になるということになったのか、二人の主人公の性別を逆転させるということになったというわけだ。

リメイクでは時が止まった世界で動くことができるのは、女性であるレイカ(清原果耶)ということになる。レイカがある協力者の手を借りてハジメ(岡田将生)を海へと連れ出すことになるわけだが、男性が女性を自由に扱うのと、女性が男性を自由に扱うのでは意味合いも変わってくるということかもしれない。

(C)2023「1秒先の彼」製作委員会

新たに加わったネタ

もちろんほかにも差異はある。舞台は台湾から日本の京都になっている。オリジナルの撮影場所は海抜の低い地域らしく、バスが海の中を走っていくようにも見えるのが印象的だった。一方のリメイク版は、京都市内と天橋立が舞台となっていて、人力車なども活用して京都をアピールする映画となっている。

それからオリジナルから受け継いだ二人のテンポの差だが、リメイクではそれに名前の画数というネタが加わっているのがおもしろい。人よりワンテンポ早いハジメは、本名を「皇一」と書いて「スメラギハジメ」と読む。一方で人よりワンテンポ遅いレイカは、本名を「長宗我部麗華」と書いて「チョウソカベレイカ」と読む。

名前を書く機会は、テストや何らかの書類など数切れないほどある。しかしその労力は段違いだ。ハジメは一瞬で書き終わるけれど、レイカはのんびり屋さんで慎重だからより一層時間がかかることになる。

リメイクではテンポの違いに名前の画数問題を加え、二人の差を際立せているのだ。そして、神様はいつも人より損しているレイカに味方したのか、レイカに時が止まった1日をプレゼントしてくれることになるのだ(逆にハジメの方は1日を飛び越してしまうことになる)。

日本人の苗字は数限りなくあるようで、その種類は10万とか30万とか言われたりもするようで、聞いたこともない苗字というのはまだまだいくらでもあるようだ。ハジメの「」という苗字も珍しいけれど、レイカに協力することなるバス運転手(荒川良々)も画数が多い苗字で、それは「釈迦牟尼仏」と書いて「ミクルベ」と読むらしい(なぜかフリガナの方が少ないというのも珍しい)。

それからハジメの失踪した父親(加藤雅也)の元の苗字もすごい画数だった(ハジメの父親は婿様だったのだ)。たしか「勘解由小路」と書いて「カデノコウジ」と読む苗字だった気がするのだけれど……。

(C)2023「1秒先の彼」製作委員会

“愛らしい”から“ウザい”へ

オリジナルが愛らしい作品だと評したのは、シャオチーのキャラクターに負っている。映画全体の雰囲気がシャオチーのキャラによって決定されているのだ。となるとリメイクでもそれを誰が演じるかは重要な要素になってくる。リメイクでシャオチーの代わりであるハジメを演じたのは岡田将生だ。

オリジナルのシャオチーが愛らしいヒロインだったとすれば、リメイクのハジメはちょっとウザいヒロインと言えるかもしれない(製作陣はハジメのことをヒロインと呼んでいる)。ハジメは見た目は100点だけれど、中身がダメというキャラクターだ。

しかもそのことを元カノでもある同僚エミリ(松本妃代)と、お局様の小沢(伊勢志摩)にいじられても許されるようなキャラだと認識されている。ハジメのウザい感じがそうさせているのだろう。ハジメは京都人としての誇りなのか、洛中と洛外についての講釈を何度もやり始める。このあたりにもハジメのウザさが感じられるだろう。このハジメのキャラクター造形はうまく作品にマッチしていたんじゃないかと思う。

(C)2023「1秒先の彼」製作委員会

しかし一方でグアタイの代わりとなったレイカの方には疑問を感じた。これはオリジナルのキワドサにも関わってくることだが、グアタイのやっていることは危なっかしい。それでも彼は純情素朴だから、変態一歩手前で踏み止まったとも言える。何でもできるような状況にも関わらず、何もしなかったという点でかえってグアタイの人の良さが際立ったとも言えるかもしれない。

一方でリメイクはそのキワドサを消してしまったために、そのあたりがぼやけてしまいレイカのキャラもぼやけてしまっていたようにも感じられた(身体の小さなレイカが一生懸命にハジメを運ぶ姿はいじらしいのだけれど)。

オリジナルではシャオチーの妄想のような形でラジオのDJが部屋の中に出現したり、クローゼットの中に人の姿をしたヤモリが住み着いていたりもした。一方のリメイクではそうしたオリジナルの突拍子のなさを消して、ギャル風の妹カップル(片山友希しみけん)と賑やかに暮らしているというごく普通の京町家の生活が描かれる。

もちろんこれらの改変は、より一般受けする形にしようという意図だとは思うのだが、オリジナルのキワドイ部分を削ってしまったことで、リメイクでは“何か”が損なわれてしまったような気もした。というよりも、このことはオリジナルの方がかなりキワドイ絶妙なバランスでもって成立していたということのあかしでもあるのかもしれないとも感じた。

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